美柑は、それまでよりもずっと道場に通う頻度を増やしていた。
「強くなりたい」
その気持ちが、生まれて初めて本物になったからだった。
祖父・大重灌流の道場、「一心堂」。
そこでは、毎日厳しい稽古が行われていた。
朝は基本の型。
昼は体捌きと組技。
夕方は実戦稽古。
——でも、美柑は気づき始めていた。
自分には、「超えられない壁」があることを。
「美柑、お前は力で勝とうとしすぎや」
祖父の言葉が、稽古のたびに突き刺さる。
どれだけ鍛えても、どうしても敵わない相手がいる。
特に、相手が男だった場合——
体格、腕力、骨格の強さ。
それらが根本的に違うせいで、技をかけても抑え込まれてしまうことが多かった。
「クソッ……」
道場の隅で、美柑は畳を拳で叩いた。
「なんで……」
どれだけ鍛えても、どうしても勝てない相手がいる。
それが悔しくて仕方がなかった。
ある日の稽古後、美柑は祖父に直接尋ねた。
「じいちゃん、女の子でも、男に勝てる方法ってあるん?」
祖父は、美柑の真剣な目を見つめた後、静かに頷いた。
「ある」
「ほんまに?」
「ただし、力で勝とうとする限り、お前は一生負け続ける」
美柑は、思わず言葉を詰まらせた。
「武道はな、力で殴るもんちゃう」
祖父は、道場の中央に立ち、ゆっくりと構えを取った。
「流れを読め」
「相手の動きを感じろ」
「力ではなく、相手の力を利用するんや」
そう言って、祖父は美柑に手招きした。
「攻撃してみろ」
「……わかった」
美柑は、全力で突きを繰り出した。
——しかし、次の瞬間。
祖父の体がふっと消えたように見えた。
——次に気づいた時、美柑は畳の上に転がされていた。
「え……?」
何が起こったのかわからなかった。
「今のは、お前の力を使わせてもろたんや」
祖父は、淡々とした表情で言った。
「力で勝とうとするな」
「大きな力には、大きな流れがある」
「その流れを利用するんや」
——武道とは、力ではなく“技”である。
その言葉が、美柑の胸に刻まれた。
それからの美柑は、力に頼らない戦い方を学び始めた。
・相手の攻撃の“初動”を読む。
・相手が動いた方向に流れを作る。
・重心を崩し、相手の体勢をコントロールする。
「お前は、力がない分、動きを研ぎ澄ませ」
祖父の言葉を思い出しながら、美柑はひたすら反復練習を続けた。
自分の体の軽さを活かすこと。
相手の力を利用し、最小限の動きで崩すこと。
「……なるほど」
何度も何度も失敗しながら、少しずつコツを掴んでいった。
そして——
ある日。
「お前、やるやん」
兄弟子の1人を投げ飛ばした時、道場の皆が驚いた顔をした。
「やっと掴んだな」
祖父が微笑む。
——私は、“強く”なれる。
その実感が、美柑の心に生まれ始めていた。
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