空色デイズ -音のない世界の中心で-

ただ頷いてくれればよかったのに
平木明日香
平木明日香

第22話

公開日時: 2025年2月22日(土) 01:00
文字数:1,091


美柑は、それまでよりもずっと道場に通う頻度を増やしていた。


「強くなりたい」


その気持ちが、生まれて初めて本物になったからだった。


祖父・大重灌流の道場、「一心堂」。

そこでは、毎日厳しい稽古が行われていた。


朝は基本の型。

昼は体捌きと組技。

夕方は実戦稽古。


——でも、美柑は気づき始めていた。


自分には、「超えられない壁」があることを。


「美柑、お前は力で勝とうとしすぎや」


祖父の言葉が、稽古のたびに突き刺さる。


どれだけ鍛えても、どうしても敵わない相手がいる。

特に、相手が男だった場合——


体格、腕力、骨格の強さ。


それらが根本的に違うせいで、技をかけても抑え込まれてしまうことが多かった。


「クソッ……」


道場の隅で、美柑は畳を拳で叩いた。


「なんで……」


どれだけ鍛えても、どうしても勝てない相手がいる。


それが悔しくて仕方がなかった。



ある日の稽古後、美柑は祖父に直接尋ねた。


「じいちゃん、女の子でも、男に勝てる方法ってあるん?」


祖父は、美柑の真剣な目を見つめた後、静かに頷いた。


「ある」


「ほんまに?」


「ただし、力で勝とうとする限り、お前は一生負け続ける」


美柑は、思わず言葉を詰まらせた。


「武道はな、力で殴るもんちゃう」


祖父は、道場の中央に立ち、ゆっくりと構えを取った。


「流れを読め」


「相手の動きを感じろ」


「力ではなく、相手の力を利用するんや」


そう言って、祖父は美柑に手招きした。


「攻撃してみろ」


「……わかった」


美柑は、全力で突きを繰り出した。


——しかし、次の瞬間。


祖父の体がふっと消えたように見えた。


——次に気づいた時、美柑は畳の上に転がされていた。


「え……?」


何が起こったのかわからなかった。


「今のは、お前の力を使わせてもろたんや」


祖父は、淡々とした表情で言った。


「力で勝とうとするな」


「大きな力には、大きな流れがある」


「その流れを利用するんや」


——武道とは、力ではなく“技”である。


その言葉が、美柑の胸に刻まれた。



それからの美柑は、力に頼らない戦い方を学び始めた。


・相手の攻撃の“初動”を読む。

・相手が動いた方向に流れを作る。

・重心を崩し、相手の体勢をコントロールする。


「お前は、力がない分、動きを研ぎ澄ませ」


祖父の言葉を思い出しながら、美柑はひたすら反復練習を続けた。


自分の体の軽さを活かすこと。

相手の力を利用し、最小限の動きで崩すこと。


「……なるほど」


何度も何度も失敗しながら、少しずつコツを掴んでいった。


そして——


ある日。


「お前、やるやん」


兄弟子の1人を投げ飛ばした時、道場の皆が驚いた顔をした。


「やっと掴んだな」


祖父が微笑む。


——私は、“強く”なれる。


その実感が、美柑の心に生まれ始めていた。

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