五話 外界
僕は父さんの後を追い、家の庭へと出る。
「おしっ!ヴィタ!散歩行くぞ。」
「散歩?」
ディルックは首を傾げる僕を掴み上げ、頭の上へ置く。
「よし!出発!」
「おー!」
僕は父さんのノリに合わせて声を上げた。
「ねぇ父さん散歩って一体どこに行くの?」
「何言ってんだ。散歩なんて何も考えなしに動くもんだ。」
「はは、」
嘘をつけ、何かしらの目的がある様な会話をさっきアルナとしてだろうに、
「そうか!ヴィタはまだ散歩した事はなかったな。どうだ?地に足をつけ、初めての地を見る気持ちは!」
「最高だろう?」
楽しそうにする父とは裏腹に僕は冷静に心の中で返答する。
僕今、あんたの頭に乗ってるから地に足はついていないんだがね。確かに初めての外は楽しい。新しいものばかりが目に入る。僕の住む村は[ウルフエル]と呼ばれる村で主に民家は木造で住人の数は五百人ほどだそうだ。主食はやはり肉や魚などで狩猟が主な仕事とされている。他にも大工、薬師、道具商、鍛冶屋などがあり、生活するには困っていない。やっぱり現世に比べれば原始的なものではあるが僕は特に困っていない。
そんなこんなでしばらく歩くと村の繁盛している区域に差し掛かった。ザワザワの賑わう広場には多くの狼人(ワーウルフ)がいた。
すると一人の狼人(ワーウルフ)が僕たちに話しかけてきた。
「何だディルックじゃねぇか!」
「今日は子供連れか?」
広場の中から父と同じ朱色の毛並みをした小柄な狼人(ワーウルフ)がこちらに近寄ってきた。
「おうルーぺ!見ろ、俺の子供だ。」
父さんは少し屈みルーペの顔に僕の目線を合わせる。
「ヴィタ、挨拶しろ。」
「どうも、父がお世話になってます。」
僕は久しぶりの知らない人との会話で緊張しているのか僕は簡単に挨拶を済ませてしまった。
「ほぅコイツが本ばっか読んでるっ言うヴィタか、」
「そうなんだよヴィタは賢いいい子なんだよ。」
ディルックは頭の上にいる僕をわしゃわしゃと撫でる。
「で、この子幾つだ?」
「明日で二歳だ。」
「おっ、半狼(ハルフ)じゃねぇか。」
「そうなんだ、だから連れ出したんだ。」
「まあ良いきっかけだ。家の中で本ばっかり読んでいても実際に体験してみないと何もできないしな。」
「ディルック、じゃあ今からあそこに連れてくんだな?」
ルーペは急に険しい顔になる。
「ああ、心が痛むがしょうがない、連れていかないと。」
ん?
「じゃあヴィタ頑張るんだぞ?」
ルーペは僕を労るように撫でる。
「えっ、何を?」
そう言い残すとルーペは広場の中に消えていった。
「よし、ヴィタ今から俺のおすすめの場所に連れていってやる。」
ディルックはルーペとの会話を無かったことの様に振る舞った。
「ねぇ父さん。」
僕は声のトーンを少し落とし、ディルックに質問する。
「な、なんだ?」
僕の心情を知ってからディルックは少し言葉に詰まった。
「ねぇ僕になんか隠してる事ない?」
僕は優しく問いかける。
「いや?別に何も?」
僕は優しく父さんの頭で爪を立てる。
「はは、辞めろをヴィタ。」
「フフ、何か隠してるだろ?」
「い、いや?」
ここまで聞いてもシラを切るディルックに何かが僕の中で切れた。
「おい!早く吐けジジイ!」
「なっ、反抗期か?早すぎるだろ!!」
ディルックは僕を掴み引き剥がそうとするが僕は爪を食い込ませ、剥がされんとばかりにする。
「早く吐け!」
「い、言わないぞ!」
「早く吐け!」
ガブッ!!
ディルックの頭に噛み付く。
「イテッ!辞めろヴィタ!」
「はやく吐け!」
「言えないんだ!でもお前には必要な事なんだ!」
「悪いっ!ヴィタ!」
ドカッ
「あ、」
ディルックは僕の頭を殴り、意識を刈り取った。目を覚ますと見たことのない部屋に閉じ込められていた。そこでは僕一人でようやく動ける様なスペースしかなく、部屋には窓がないようで黒く硬い何かで覆われている部屋に閉じ込められている様だった。その部屋は昔の黒い部屋を思い出させる空間だった。
「父さん!どうゆうつもりだよ!ここから出してよ!」
僕は腹の底から声を捻り出す。
すると、部屋の天井から微かに父の声が聞こえる。
「ヴィタ起きたのか?」
「起きたから早く出してよ!」
「すまん無理だ!」
父の声の小ささからして僕は地下に閉じこえられている様だ。
「なんでこんなことするのさ!!どうしてか理由を教えてよ!!」
「これは半狼(ハルフ)なる為の儀式だ。」
儀式?
「儀式で地下に閉じ込めるなんてあるわけないだろ!!」
「すまない、これは半狼(ハルフ)に成る上では必要なことなんだ。二歳を迎えた狼人(ワーウルフ)は半狼(ハルフ)なる時に体の構造そのものが変体する。その際に起こる激痛から狼人は自我を失い、暴走してしまうだ。だからその部屋に閉じ込めるのは必要な事なんだ。」
暴走するから閉じ込める?何で荒療治なんだ!!
「なっ!僕痛いの嫌だよ!!」
「すまんヴィタ、、でも安心しろ今日は付きっきりでお前の側に居てやるから!」
「そんなの要らないから、痛みを軽減する薬ぐらい頂戴よ!!」
「すまん、我慢しろ!」
「なっ!!」
そんな、、何て親だ。
それからどれぐらい経っただろうか、僕にはもう今は夜なのか昼なのかも分からない。
「ねぇ父さん、半狼(ハルフ)の変化はいつ来るの?」
「もう時期だ、すまんが父さんからは頑張れとしか言えない。がんばれ!」
おい、使えなさすぎるだろ、、
「おい!ふざけんっ」
バキッ
体の中で骨が砕けた音がした。
「イタッ」
なんだ?
次瞬間、僕の全身に激痛が襲った。それは絶え間なく起き、体の内部構造そのものが変化している様だった。破壊と修復が永遠と繰り返され、それは数時間にも及んだ。激痛の中、微かに聞こえる父の声には憤りを感じさせた。父は嘘をついたのだ。苦しみの中、僕は自らの意識を保っていた。暴走などしなかったみたいだった。僕は永遠と続く絶望の中、意識を失うことが出来なかったのだ。僕はホラを吹いた父を恨んだ。その時、痛みのあまり「ディルック!殺してやる!!!」と叫んでいたかもしれない。
朝になって変体が終わり僕は半狼(ハルフ)と成った。僕は自分の使い慣れた五本指を見て歓喜する。半狼(ハルフ)になったおかげで自分が人間だった事を実感する。すると部屋の天井が開き、地下の部屋に眩い光とディルックが見えた。僕は条件反射なのかディルックに目掛けて硬く握りしめた拳で殴りつけた。
「いたっ!」
「これで許してあげるよ。」
「あ、ありがとう。」
ディルックは八つ当たりをした僕を許してくれた。
「じゃあ帰るか。手を伸ばせ、まだ歩けないだろう?帰りもおんぶしてやる。」
「良いよ自分の足で歩くよ。」
そういうと伸ばされたディルックの手を掴み、地下の部屋を脱出する。
ディルックはヴィタがまだ拗ねていると思っていた。
「無茶言うな、歩けないだろう?」
ディルックは僕に背を向ける。
「ホラ乗れよ。」
「だから良いって、自分で歩くよ。」
「何言ってっ、」
「!!!」
ディルックが振り向いたそこには平然と自らの足で立つヴィタの姿があった。
「ヴィタ、お前どうやって、、」
「どうやっても何も自分の足なんだから自分で歩けるよ。」
ディルックは自分の息子の行動に混乱する。
ヴィタ、お前がやって見せてるのは生まれたての赤子が自分の足で立って歩いている様なもんだぞ、、
「早く帰ろうよ。」
「あ、ああ。」
父の気持ちを知らず僕は久しぶりの手足の感覚に喜びを噛み締めながら帰路についた。
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*半狼(ハルフ)・狼人が成長の過程で成る変体。外見とともに人間に近い性質を持つ合わせる様になった姿。
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あれから一年が経とうとしていた。今でもう狼人の生活には慣れ、日々を楽しんでいる。一つを除いて、、
「ヴィタ!早く来い!訓練だ!」
ディルックの声が聞こえる。
「まだ無理!本読んでる!」
「たく、ホラ早く来い!」
庭にいる父は僕のいる部屋めがけて石を投げ入れる。
「痛たっ!」
その石は見事に僕の眉間へと命中した。
「おい!痛いぞジジイ!」
「早く来ないともっと投げるぞ」
そういうディルックの手には10を超える石が握られていた。
「わぁ!辞めて!今行くから!」
僕は素早く家の中を走り回る。するとそこには昼ごはんの準備をするアルナの姿があった。
「おはようヴィタ。」
「おはようアルナ!」
「こら!母さんでしょ!」
僕は母に捕まり、僕を抱きしめるアルナだったが、そこにディルックの声が聞こえる。
「おい!ヴィタ!早く来い!」
「やばい殺される!!」
「フフ、ホラ早くいってらっしゃい。」
「行ってきます。」
バタンッ
僕は勢いよく家の扉を開ける。
するとドアの向こうには皮の小手をつけた父の姿があった。
「遅い、」
「ごめんなさい。」
「まあいい、今日は回避の訓練だ。」
「また?」
今週で3度目だ。
「ああ、今日は少し本気で殴るから考えて避けろよ?」
「あ、うん。」
「じゃあ初め!」
いきなり始まった回避の訓練は開始早々ディルックの拳が僕の顔面に命中した。
「グヘッ」
早すぎ、、、
僕は勢いのまま吹き飛ばされ、仰向けで空を見上げる。
「父さん、今日は空が青いね。」
すると視界の隅からディルックが現れる。そして僕に追撃を仕掛ける。
「ちょっと!!」
僕はスンデのところで避け、立ち上がる。
「ストップ!ストップ!タンマ!」
「これは実践での対処訓練でもある!生き残れヴィタ!」
そう言うディルックは僕への攻撃を再開する。
そう言えば考えて避けろって言ってたな、じゃあこれはアリか?
ディルックの右ストレートが僕に当たる瞬間僕はそれにカウンターを合わせる。
ドカッ!
僕の膝が父の顔面へと差し込まれる。
「で、反撃はアリ?」
僕は調子に乗りながらニヤニヤと笑いながら言ってやった。
するとディルックの鼻から流れる血が唇を伝う。
「やってから言うな!」
ディルックはそれでムキになったのか、こんだは僕の目追えぬ速度で近すぎ、またもや僕の顔面へと黄金の右ストレートを差し込む。
バキッ!
僕はそこで倒れ込んだ。
「クソいてぇ!!もう良いだろ!!ぼくが父さんの攻撃を避けれるわけがないじゃないか!!」
「父さんはこの村を一人で守り切れるぐらいの化け物なんだよ?それを避けろとか無茶言うなよ!!」
ズレた小手を治し、ディルックはまた拳を構える。
「立て、まだ続けるぞ。」
「嫌だ!もうお前に付き合ってやれるか!」
僕は家を飛び出し、村の外れへと向かった。
「ディルック?やりすぎじゃ無い?」
家の中をからアルナ心配そうに問いかける。
「まだまだだ。」
ディルックは小手を外し、流れ出る鼻血を手で拭き取った。
「あなた少しムキになったわね?」
「そんな事ないよ、ちょっと待っててくれ。ヴィタを捕まえてくる。」
「いいえ、今日の訓練はこれで終わりよ。貴方は少し頭を冷やしさい。」
アルナはポケットから取り出した布でディルックの鼻血を抑える。
「私が連れ戻すわ。貴方はここにいなさい。」
「・・・分かったよ。」
一方その頃、ヴィタはキレ散らかしていた。
「あのジジイ本気になりやがって、、」
「大人のくせに、うざすぎるだろ!」
「くそっ!」
最近父さんは訓練の途中で急にムキになって僕を当たる様になった。あれは訓練とは言わないよ。
ヴィタは足元に転がる石を蹴り上げる。そしてその石は高く放物線を描き、それは薄緑色の毛並みをした狼人(ワーウルフ)に命中した。
まずい!やらかした!!
「あ?誰だ!」
「お前か?ディルックのとこのガキが。」
するとその狼人(ワーウルフ)は僕の胸ぐらを掴み持ち上げる。
確かコイツは、、人殺しのグルエル。
先日数十人にも及ぶ無実の人間の女子供を殺したと村で有名な奴だ!!
「どうされたい?クソガキ!」
「おい、その汚い手を離せ。」
「はぁ?それは俺に言ってんのか?」
「ああ、お前グルエルだろ?僕はその薄汚れた手を離せって言ったんだ。」
「英雄グルエル様だぞ?!感謝しろ。俺様のおかげで人間どもからの襲撃を回避出来たんだ!」
「まあそれも全部お前の親父が人間の集団を見逃していなかったら事前に回避できたことだかな!!」
「お前の親父は本当に狼人(ワーウルフ)の味方なのか?あ?」
「うるさい、」
「はぁ?テメェが先に俺様に石を当ててきたんだろうが!!」
「お前の汚い手を離せって言ってんだ。石を当てたことと僕がお前を毛嫌いしていることとはなんの関係のないことだからな。」
「何を無茶苦茶言ってんだ!」
感情的になり、冷静さを失ったグルエルは僕を殴りつけようとした。その瞬間、僕は父にやった様にグルエルの顔面に膝を打ち込む。
突然の反撃にグルエルは掴み上げた僕の胸ぐらを離した。
「お前、女子供を犯しながら殺したらしいな。」
グルエルは顔を覆い流れるでる鼻血を抑えながら言う。
「だからなんだよ!ぶち殺しただけだろうが!!」
「それが問題なんだよ!クソカス!!」
「このクソガキ!ぶっ殺してやる!」
「切切(キリキリ)」
突如グルエルの手に風の膜で覆われる。
「死ねオラ!!」
グルエルは僕の腹部目掛けて殴りつける。
僕はその拳を既の所で左に避け躱し、またもやグルエルの顔面目掛けてカウンターを合わせる。
しかしそう簡単には行かなかった。
僕の動きは激痛のあまりに止まった。
それは避けたはずのグルエルの拳によって右の脇腹が切り裂かれていた。
「なっ、どうやって、、」
僕は口から吐血し、膝から崩れ落ちた。切り裂かれた脇腹を抑える。
どうやって、僕は攻撃されたんだ、、確かに躱した筈なのに、、
「それでお前はどうされたい?半狼(ハルフ)の僕ちゃん」
ニヤニヤと僕を嘲笑うグリエルは、僕の傷口に蹴りを入れる。
「くっ、、」
「どう殺されたい?クソガキ」
「ほらほらほらほらほらほら」
僕の傷口に蹴りを何発を繰り出す。
「ほら言えよ、僕が負けました。奴隷にならせてくださいって、ほら言えよ!!!」
「お前が奴隷になれブス。」
「くそが!殺してやるクソガキ!!」
「貴方こそどう死にたい?」
この声はアルナ?
「水琉監獄(スパイラルジェイル)」
次の瞬間グリエルの足元に水の渦が発生する。
「なっ、お前は「水琉」か!」
グリエルは次第に水の渦へと引き込まれる。
「やめろ!俺を殺したら村から追い出されるぞ!」
「良いのか?周囲の領土は人間に奪われていっているんだぞ?果たして村を追い出されたお前らに住む場所があると思うか?あ?」
グリエルは追い詰められている状況にありながらも高圧的な態度を崩さなかった。
「貴方眠りなさい。不快だわ。」
「ま、て、、、」
バタンッ、
グリエルそこで意識が無くなった。
「大丈夫?ヴィタ?」
「うん、いや、死ぬ所だった。ありがとうアルナ。」
「か、あ、さ、ん!でしょ?」
アルナは僕を強く抱きしめる。僕を抱きしめるアルナの腕は震えている様だ。
「ごめん母さん。無茶しちゃった。」
「うん。無茶をするなら加減を知らないとね。」
「うん。」
僕は目からは大粒の涙が溢れる。するとアルナはより一層僕を強く抱きしめた。
「母さん。」
「なに?」
「本当に死にそう。」
僕の顔色はみるみる青くなっていく。
「え?」
「血が止まんない、、」
「大変!!ローバを呼んでこなくちゃ!」
僕の瞼は次第に落ちていく、、
「ああ、待って!」
僕の意識はそこで無くなった。
気を失うのなんてこれで何度目だよ、、、
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