六話 残火
「あれ、僕生きてる。」
目を覚ますと僕は家の中にいた。
「ヴィタ起きたの?」
バタバタとアルナが近寄ってきた。
「はぁ~よかった~」
そういうアルナは僕の手を握り締める。
「どうして僕生きてるの?」
「この村の薬師に助けてもらったんだ。」
アルナの後ろからは父のディルックの姿が見えた。
「・・・」
父と目が合うと部屋にはピリついた空気が流れる。
「起きて早々喧嘩しないで頂戴、ほらディルックはあなたは仕事に行きなさい。」
「あ、ああ。」
そう言うとディルックは家から出ていった。
はぁ、
僕は大きなため息を付いた。
「元気無さそうね、まだ傷が痛むの?」
アルナは僕の怪我した腹部を抑える。
「ううん、違うよ。父さんだよ。」
「僕もうあの人の訓練についていけないよ。」
「そうね、最近のディルックは私の目から見てもおかしいわ。」
「だよね?」
「ねぇそれって村の近くにいあ人間を見逃してたことと関係があるの?」
「もう、貴方はなんでそんないらないことまで気がつくのよ。」
アルナは僕のほっぺをむにゅりと引っ張る。
「ええそうね。父さんにも色々あるのよ。」
「私達はゆっくり父さんが落ち着くまで待ってあげましょう?」
「いや、僕はその間もとばっちり受けるんだけど。」
「フフ、それもそうね。」
いやいやいや、母さん勘弁してよ、、
「そうだ、今日は訓練は無いんだし、散歩でもいってきたら?」
「え、嫌だよ。今日はまだ寝てたい。」
「あっ、でも村の外れには出てはダメよ?」
あれ、僕の声は無視ですか?
「ほら行ってらっしゃい。」
「あ、はい行ってきます。」
そう言うと僕は家を追い出させる様に散歩を始めさせられた。
僕は村の中心部へと歩き出し、その頃にはすれ違う人が多くなってきた、するとふと僕の耳の中にある会話が聞こえてきた。
「なぁ聞いたか?グリエルの奴、またあの話を持ち出してたぜ?」
「ああ、あれか、村を守るはずのディルックが人を見逃していたって言うやつか。まあどうせアイツの嘘だろ?グリエルのやつなんか信用しちゃダメだ。」
「でもな、流石のディルックもそろそろ弁明の一つでもしないとあいつの立場は悪くなっていく一方だぜ?」
「まあな、、」
「でもお前は嬉しいだろ?アイツが居なくなったらアルナが独り身になるんだぜ?」
「何言って、」
「良かったな、もしかしたらお前の大好きなアルナと結婚できるかもしれねぇぞ?」
「いや、それは、、」
小汚い朱色の二人の狼人(ワーウルフ)はニタニタと笑っていた。
「わかるぞ!!お前の気持ち!母さんは美人だからな。」
僕はその男達の会話に割り込む様に入る。
「何だコイツ。」
「コイツは!ディルックのとこの、、」
「そうだよ。」
「いや、さっきのは冗談だ、、」
「本当かよ、それにしてはえらく、」
僕はニヤニヤと詰め寄る。
「あ、当たり前じゃねぇか!」
「ほぅ、」
僕は一人の狼人(ワーウルフ)をじーと睨みつける。
「な、何だよ。」
「君の名前は何と言うんだい?」
「何で言わないといけないんだ!」
「いいのかそんな態度で?」
「あ、アルバスだよ。」
「で、隣の君は?」
「ゼスだ、だから何なんだよ。」
「おい、口の聞き方に気をつけろ?父さんに言いつけるぞ?おじさん達がこんなこと言ってたって。」
「なっ、勘弁してくれよ。」
「お前、子供の癖に悪魔みたいなことを言うな。」
「だから何だよ。」
「い、いや文句があるわけじゃなくてだな。」
そんなこんなで小汚いおじさん二人を虐めているとそこに演技くさい怒号が響き渡った。
「な、何だ?今の声は?」
「おいお前ら、僕を今の声の場所まで連れて行けよ。」
「分かったよ、これでチャラだぞ?」
「ほら早く、僕を持ち上げろ。」
「はいはい。」
おじさん二人に連れられ、先ほどの声の在処まで運ばれる僕だったがそこで僕が目にしたのは、ディルックとグリエルの姿だった。
「ディルック!!お前が人間のスパイだって事は割れてんだよ。」
「お前は何を根拠にそんな事を言っているんだ。グリエル」
「そんなの簡単だ!お前が人間の集団を見逃していた事にあるだろうが!!」
「それは申し訳ないが俺が発見できてなかっただけだ。その一度の失敗に対して揚げ足を取るのはもうやめろグリエル。」
「じゃあ証明して見せろ!ディルック!!人間のスパイじゃ無いことを!」
「分かった。俺はどうすれば良いんだ?」
「ギャハハ!コイツを殺して見せろ!!」
そこでグリエルが連れてきたのは磔にされた若い女性だった。服は切り裂かれ、グリエルに乱暴されたのだろう後なのだろう。その女性はまだ幼さの抜けぬ若い女の子だった。
「ほら殺して見せろ!一人だけ生き残してやったんだ。お前の始末はお前でつけろよディルック!!」
「何を、、」
ディルックは明らかに動揺している素振りをみせる。
「なんだ、やっぱり殺せないねぇじゃねぇか!!」
すると一連の話を聞いた野次馬達は皆、ディルックを疑い出してしまった。
「ディルック、やっぱりアイツはスパイだったのか?」
「グリエルの話が本当のことだったなんて、」
「全くだ、、」
その後もガヤガヤと皆が騒ぎ出した。
「ど、どうする?ディルックのガキンチョ。」
「うるさい僕はヴィタだ。」
「じゃどうすんだよヴィタの旦那。」
「どうするって、、」
僕は何も言えず黙り込んでしまった。するとそこに畳み掛ける様にグリエルがトドメを指す。
「お前がスパイだとしたらお前の家族はどうなるんだろうな?」
「うるさい。」
「どうやら察しが悪いな。スパイの家族が村に住めるわけないだろう?アルナもあのムカつくガキも!!村から追い出されて行き場を失っちまうなぁ!」
「どうすんだよディルックやって見ろ!!」
父さんは手に硬い拳を握り締め、爪が手のひらに食い込み、血が滴る。
「ほらやれよ!!」
「onegaitasukete」
「お願い助けて」確かに女性そう言った。彼女が力なく言ったその言葉は以前いた世界で僕が使い慣れた言語だった。
次の瞬間、ディルックは女の首を切り落とし、足元に転がった。
「なっ、」
グリエルは計画と違ったのか顔色が悪くなっていった。
そしてディルックは頭部を拾い上げ一言いった。
「これで満足か?」
その時の父の顔は冷徹で抜け殻の様に表情が抜けていた。
「くっ、なんだよ!!殺せるんなら早く殺せよ!!クソがっ!」
グリエルは悔しそうにその場を立ち去り、周りの野次馬もどこかへと散っていった。
僕は呆然としていた。頭の中でぐるぐると同じことが回る。
父が人を殺した。
それはどの様な理由があれど僕が飲み込める事ではなかった。そしてディルックはその首を地面に落とし、その場を立ち去った。
「うわやっちまったか、しっかし汚ねぇな、」
「で、どうするんで?ヴィタの旦那?」
僕は目の前の現実を目にして体が震えた。
「なぁお前らにとって人間って何だ?」
「人間ですかい?そんなの憎むべき相手ですよ。」
「あっちから戦争を仕掛けてきて何千と同胞が死ん出るんですから。」
「なぁゼス?」
「ああ、アイツらを殺さないとこっちが殺されんですよ。」
「どうしてこんな事を聞くんです?」
「ヴィタさんはどう思っているんですか?」
僕も彼等の様に淡々と答える。
「僕も同じだよ。アイツらは小汚い猿だと思ってるよ。」
「お、俺らより酷いや!うはははは!」
笑うこける二人だったが僕は目の前に転がるかつて人間だったものを拾い上げる。
「それを、どうするんですか?ヴィタさん」
「汚いから村の外に捨ててくる。」
「俺らも手伝いますぜ!!」
「いやいい、お前らはこれには触るな。もって臭くなるぞ。」
「え、俺らって臭いんですか?」
「ああ風呂に入れ、その汚い朱色を落としてこい。」
「いや、これはもとから、、」
「もう行けよ。」
「じゃあ失礼しますね。あ、ディルックの大旦那にさっきのこと言わんで下さいね?」
「ああ、でも母さんはやらんからな。」
「いやいやいやいや、では失礼しますね。おい!いくぞゼス!」
「おう。」
僕は彼女の遺体を拾い上げ、抜け道を使い、誰にも知られる事なく、村の外へと歩き出した。
村の外には初めて出たがそこはとても美しかった。辺りは一面は自然に覆われ、普段外壁に覆われて見ることのできぬその景色は以前の世界とは違うと髪が僕に言い聞かせている様だった。
しばらく歩くと崖に差し掛かった。そこは周知を一望でき僕はそこに彼女を埋葬すると決めた。近くに転がる大きな石を担ぎ上げ彼女を埋めた地面の上に置き、僕は石に昔の言語で「名もなき女性、ここに眠る。」と書き込んだ。ここなら彼女を知る誰かがこれを見つけてくれるかも知れない、そう薄い願いを込めて、
僕は胸の思いを墓標に語りかける。
「なぁ僕はどうすればいい?教えてくれ、、」
当たり前の様に返ってくることのない返答と共に、その時久しぶりに孤独が僕を襲った。
いや僕は思い出しただけなのかも知れない。僕はこの世界に罪を償うために送り込まれたのだと、そう悲観に浸っていると近くの木々から男の声が聞こえた。僕はこの場を見られては行けないと思い、近くにあった草むらに体を隠した。
その草むらの中から覗き込んだ先にはディルックがいた。
父の姿を見た僕には何とも名状し難い気持ちが押し寄せた。彼は僕の父親であり、大切な存在ではあるが、それと同時に彼は人殺しだと言うどうしようもない気持ちが僕を襲った。
次の瞬間ディルックの噛み締めた声が聞こえた。
「くそっ!!」
「どうしてだ!!」
「何で!!躊躇したんだ!!」
「何が俺をそうさせたんだ!!」
ディルックは辺りの木に当たる様に薙ぎ倒していく。
「なんでなんだ俺は人が憎くて殺したい筈なのに、どうして、彼女らを憎めなかったんだ、」
それはディルックの悲痛の叫びだった。ディルックは膝から崩れ落ち、うずくまる。
「俺は戦士じゃない、父親にもなれない、ただの臆病ものだ、でも、ヴィタに、アルナに、会いたい、俺はただ家族をもう奪われたくないだけなんだ。」
「うぅぅぅぅぅぅぅ」
「分かってるんだ!!もう!!」
「彼女らを殺すのを躊躇したのは彼女らを俺の家族と重ねたからだ!!」
「うぅ、俺はもう子供は殺せない、戦う力すらない貧弱な子供を殺せない、もう俺には無理だ、俺は戦士の前でしか戦士になれない、、偽物でしかない。」
ああそうか、ディルックを追い詰めたのは僕たち家族だったのか。僕たちがいるからディルックいや、父は彼女を殺さなくてはいけなかった。彼女を殺さなければスパイの容疑によって僕たち諸共、村を追い出されてしまっていた。まだ外の世界では生きていけない弱い僕がいるからこそ父はこれを苦しんでいたのだろう。アルナもそれを分かっていた筈だ。なのに僕はそれを他人事の様に吐き捨て、父を責めてしまっていた。何処かで彼を知らない世界での仮初めの父親とでも位置付けていたのだと思う。でもそれは違った。僕にとってディルックは正真正銘の父親で家族だ。なんで気づけなかったんだ。
最近訓練が厳しくなったのも全部家族のためだ。彼女を殺したのも家族のためだ。なのに父を責めてしまうなんて、、
僕は目から溢れる大粒の涙を抑えることができなかった。
僕も早く見つけなくては行けない。この世界での生き方を。
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*ルーペ・父の同僚の門番、朱色の毛並みをしている。
*アルバス・汚い朱色の狼人(ワーウルフ)で双子の兄。普段は横柄だが、権力、金にめっぽう弱い。
*ゼス・アルバスの双子の弟で見た目はアルバスによく似ている。そしてヴィタの母親のアルナに好意を抱いてる。根は真面目で優しい性格をしているがアルバスに悪い影響を受けている。
*グリエル・薄緑色の毛並みの狼人(ワーウルフ)。人を痛ぶるのも犯すもの大好きで過激派な思想を持っている。そしてディルックの一家を恨んでいる。彼は昔ある画策をしてディルックの大切なものを奪った事がある。
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