クラスメイトたちがどよめていている。それはそうだろう、今まで何をされても無抵抗だった僕が、初めて扇綾香に反撃したのだから。 彼らも何が起こったのかと目を丸くしている。僕はそんなクラスメイトたちに声をかけた。
「どうしたの? このクラスじゃ誰かが殴られるのなんて日常でしょ? それとも君たちも殴りたいの?」
そう言うと、クラスメイトたちは気まずそうに顔を背け、それ以上僕たちを見ることはなくなった。うん、そうしてもらった方が、こっちとしても好都合だ。彼らにとって、萱愛先生にこのことがバレることの方が面倒なはずだし。
それより今は扇綾香だ。彼女はまだ僕に反抗的な目を向けている。ダメだなあ。今はどっちが上なのか、ちゃんと思い知らせないと。
「扇綾香、今まで散々僕のことを下僕扱いしてくれたよね。でもね、今なら君の気持ちがちょっとわかるんだ」
「……?」
怪訝な顔を向けてくるが、どちらにしろ自分が不利な立場に置かれていることは悟ったようだ。だけどそんなことは知らない。
「僕はさあ、今まで思ってたんだよね。なんで自分がこんなにひどい目に遭わなくちゃいけないんだって。どうして何も悪くないはずの僕が、こんなに殴られるんだって。でもね、考えてみれば当たり前なんだよねえ。だって……」
僕は再度、扇綾香の腹を殴る。
「がはあっ!!」
「こっちに反撃してこない相手を、一方的に蹂躙するのって、すごく気分がいいからね」
「ぐ、あ……」
そう、僕はさっき暴力を振るったばかりだが、その快感に酔いしれていた。だってそうだろう? 自分より弱い人間、自分に刃向かってこない人間を一方的にいたぶる。自分が目の前の相手より絶対的な強者だという優越感に浸れる。こんなに気持ちのいいことが他にあるだろうか。
きっと扇綾香も同じ気持ちだったのだろう。僕への暴力が快感で仕方なかったのだろう。だから今、彼女の気持ちはすごくわかる。
それでコイツを許すかどうかは別問題だけど。
「はあ……はあ……」
苦しそうに呻く扇綾香の口から唾液が垂れ流され、僕の袖にかかる。ああ、汚いなあ。僕に蹂躙される分際で、こんな行いは許せないなあ。
「あのさあ、誰がお前の汚い唾液を僕にかけていいって言ったかなあ?」
「え……?」
額に汗を浮かべてこちらを見上げる扇綾香の頬を、右手で挟む。
「ぐうっ!」
「ほらほら、だらしない口を開けてんじゃないよ。しっかり閉めて……」
僕はそう言って、扇綾香の顔を固定し……
「がぶっ!!」
その顔面を左手で思い切り殴った。
「ひ、ひぐう……」
僕に顔面を掴まれているから、倒れはしなかったものの、鼻からは血が溢れ出し、両目からは痛みのためなのか涙が流れ出していた。
ああ、泣いてるんだ。僕も暴力を振るわれて泣いてたけど、そんなことお構いなしだったよね? じゃあ僕も遠慮しなくていいよねえ? だけど涙と血で顔をグチャグチャにした扇綾香は、まだ僕に反抗的な目を向けていた。
「ほ、ほう、らい……アンタ、こんなことして、いいと思ってるの……?」
ここまでされて、まだそんな口がきけるのか。ダメだなあ、もっと言うこと聞かせないと。
そして僕は顔を掴んでいた手を放す。すると支えが無くなったことにより、扇綾香はその場にへたり込んだ。
「うう、ぐすっ……」
顔中に流れた涙を拭おうとするが、そこですかさず、僕は扇綾香の後頭部を足で踏みつけた。
「あぐっ!」
僕の行動を予期していなかったのか、扇綾香は簡単にその頭を床に叩きつけられた。長い銀髪に覆われた後頭部は、踏みつけられたことによって、どんどん汚れていく。その様が、どうにも気持ちよかった。
「あう、痛い、痛いよぉ!」
グリグリと頭を踏みつけられて、痛みを訴えてくる。だからなんだというのか。『痛い』と言えば、こちらがやめてくれると思っているのだろうか。そんなわけがない。僕の怒りは、こんなものじゃ収まらない。
「扇綾香、僕はお前をまだ許すつもりはないよ。でもね、君が誠心誠意謝ってくれれば、許してあげようと思っているんだ」
「……」
「だからさ、言ってみな? 『ごめんなさい』って」
「……あ、あの」
地面に頭をつけた状態で、扇綾香は何かを言おうとしている。くぐもってよく聞こえなかったが、次の言葉ははっきりと聞こえた。
「ごめんなさい……」
泣きじゃくった声で、謝罪をしてきた。正直、この言葉には僕も少し面食らった。なにせ、あの扇綾香がこんなにもあっさりと謝ってくるとは思わなかったからだ。
「ごめんなさい……私、あなたにとんでもないことをしました……どんなに謝っても、許してもらえないことはわかっています……だから……」
そして扇綾香は、予想外の言葉を口にする。
「私を、絶対に許さないでください……」
……なにそれ?
なんだよそれ、『私を絶対に許すな』? そんなこと言われなくても、そうするつもりだった。どんなに謝っても、絶対に許すつもりなんて無かった。
だけど、扇綾香の方から、自分を許すななんて言葉を口にしてきた。まるで、僕の考えを読んでいたかのように。
……気に入らない。気に入らない。気に入らないなあ!
だから僕は足に力を入れて、強く踏みつける。
「あぐうぅぅぅ……!」
「お前に言われなくても! 僕はお前を許すつもりなんてないよ! お前が僕に命令するな! 僕はもう、お前より上なんだ! 僕の方がお前を蹂躙するんだ!」
「は、はいぃぃぃ……」
扇綾香は力の無い声で、僕に返事をする。……なんだこの違和感は? 僕の意志でこいつを蹂躙しているはずなのに、まるで誰かの予定通りに事が進んでいるかのような、この気持ち悪さはなんなんだ。 まあいい、とりあえず扇綾香を屈服させることはできた。あとはこいつに対する復讐をどう進めていくかだ。
そう、僕の人生はやっと再開したんだ。記憶を失って止まっていた僕の時間が、やっと動き出した。
これからは、存分に復讐の炎の赴くままに生きよう。
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