十一月。二学期が始まって三ヶ月が経ち、衣替えがすっかり終わって冷たい風が校内に吹き始めた。
その風を感じ、俺は……蓬莱実嵯人は、小さな身体を震わせる。
昔から小柄な身体が少しコンプレックスではあった。そのためか、他人に舐められないために口調が荒くなってしまった。それが理由で余計なトラブルに巻き込まれることが多かったが、今回のケースは少し事が大きすぎた。なんせ記憶を失う羽目になってしまったのだから。 教室に入って、あたりを見渡す。クラスメイトたちももう、俺が記憶を取り戻したことにもすっかり慣れたようで、物珍しい目で見られることはなくなった。その代わり、萱愛先生がしばらく休職することとなったので、代わりの担任の先生が若くて綺麗な女の人だという話題がしばらく続いていた。
自分の席について、あの頃のことを思い出す。記憶が戻っても、記憶を失っていた頃のことを忘れるわけではなかった。あの時の俺の行動も、ちゃんと自分の体験として残っている。しかし、どうしても自分とは違う人間の体験のように感じてしまう。だって仕方がないだろう。性格がまるで違うんだから。
でも、自分の行動の結果だと刻まなければならない事実もある。俺のせいで瀧秀輝が死んだという事実だ。
新たにわかったことだが、瀧秀輝が自宅に残していた遺書は、扇さんの遺書として書かれたものだった。瀧は本気で扇さんを疎ましく思っていたようで、扇さんを殺してそのポケットに遺書を忍ばせることで、俺の犯行に見せかけようとしていたらしい。瀧と仲の良かったクラスメイトが、冗談だと思ってその計画を聞いていたことを告白した。それを考えると、結果的に俺は扇さんの命を救ったのかもしれない。 だとしても、俺ともみ合った結果、瀧秀輝が命を落としたのは間違いない。俺はそれを瀧の両親に告白し、『お前を殺してやりたい』『二度と姿を現すな』と言われた。当然の結果だ。
そして、この数週間で変わったことがもう一つある。
「蓬莱くん!」
教室に高い声が響き渡る。入り口を見ると、長い銀髪を靡かせ、以前よりも少し人なつっこくなった扇さんが入ってきた。そして……
「おはようございます! 今日も格好いいです!」
なぜか俺の腕に抱きついてきた。同じクラスの女子にこうも大胆にされるのは、未だに慣れない。
「お、扇さん。ちょっと、皆の目が痛いんだが……」
「あ、すみません! 私、今日も蓬莱くんと会えるのが嬉しくて……」
「そ、そうか……」
扇さんは顔を赤くして、両腕を後ろに組む。だけどやはりその顔は、以前より可愛く見えてしまう。
「だけどさ、そんなに俺と会えるのが嬉しいか? いつも会ってるじゃないか!」
「いつも会えることが嬉しいのです。だって……」
扇さんは、俺と目を合わせる。
「蓬莱くんは、私の友達になってくれた人なんですから……」
そう、俺の記憶が戻る直前。俺は『記憶を失った俺』に託された。
『あの時、『僕』は言ったでしょ? 『瀧くんが扇さんの面倒を見るつもりがないなら、俺が扇さんの友達になる』って。記憶が戻っても、僕は扇さんの傍にいるよ』
『記憶を失った俺』は、わかっていたのだ。例え自分が消えて、『俺』が戻ったとしても、変わらず扇さんを助けようとするだろうと。だから『俺』に扇さんを託した。俺はそれに応えなければならない。
「扇さん、俺はどこにもいかないからさ。そんなに心配するなよ」
俺としては自然と口にしたセリフだったが、なぜか扇さんは真っ赤になった。
「……ほ、蓬莱くん。やっぱり格好良いです……」
……なんだこの反応は。
「やあやあお二人さん、相変わらず仲がいいねぇ」
そんな俺たちの間に、赤尾さんが入ってきた。相変わらず手には豆乳飲料のパックを持っている。どんだけ好きなんだろうか。
「赤尾さんも相変わらず元気そうだな」
「んん……そうでもないよぉ、新しい彼氏が見つからなくてねぇ。よかったら蓬莱くんがなってくれないかなぁ?」
「え?」
「だ、ダメです!」
赤尾さんのからかいに、扇さんが必死になって俺の前に立ちはだかった。
「ほ、蓬莱くんは! 私の、友達なんですから!」
「扇綾香……やっぱり私は君のことを好きなれそうにないねぇ」
「ちょ、ちょっと、ストップ!」
なぜか険悪な雰囲気になる二人を諫める。
「と、とにかくさ、赤尾さんももう始業時間だから、自分の教室に戻った方がいいだろ?」
「……君がそういうなら、素直に従うさぁ」
いたずらっぽく笑った赤尾さんは、素直に教室を出て行った。
「ふう……あの人のことはどうもわかんねえな」
「蓬莱くん……やっぱりその、私より赤尾さんの方が魅力的ですか?」
「ん?」
扇さんは不安そうに俺を見つめてくる。だけど俺はこう答える。
「扇さん……俺はアンタに感謝しているんだ」
「え?」
「アンタがいなかったら、『記憶を失った俺』は死を選んでいたかもしれない。アンタが俺の生きる目的になってくれたから、今も俺はここにいる。そこまで他人のために動けるアンタは、とても魅力的だと思う」
「……!」
それを聞いた扇さんは、なぜか俺の腕にまた抱きついてきた。
「お、扇さん?」
「蓬莱くん……私は……」
そして俺を見つめて、微笑んだ。
「ちゃんと、生きる目的を見つけました」
この復讐は扇綾香の提供でお送りします 完
イラスト作者:アナ様
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