「う、あ、ああああああっ!」
扇さんから語られた真実。それを聞き終えた僕は、思わず叫びながら崩れ落ちてしまった。
信じられない、信じたくない。だけどこれはきっと真実だ。僕はそれを直感してしまった。だってそうじゃないか。こんな真実、とても僕に聞かせられるものじゃない。だから扇さんはそれを隠していたんだ。僕がこうなるのを防ぐために。
「僕が、瀧くんを殺したんだ……!」
そうだ、これが扇さんがずっと隠していた真実。僕が都合良く忘れてしまった、許されざる罪。僕はそのことを記憶から消して、自分が被害者だと思い込んでいたんだ。
扇さんから僕の過去を聞かされても、僕の記憶が戻るわけではなかった。以前の僕の人となりを聞かされても、今の僕とは別人のようにしか感じなかった。
だけど実感がある。あの終業式の日、僕は瀧くんともみ合って、一緒に階段から転落した。そして瀧くんは命を落とした。その実感だけは、僕の頭に蘇ってしまった。
「僕は……! 瀧くんを……!」
しかし、頭を抱えて暴れる僕を、扇さんが抱きとめた。
「蓬莱くん、あなたのせいじゃありません」
その声は、以前僕を下僕扱いしている時とは比べものにならないほど、弱い声だった。やはりこれが、本来の扇さんなのだろう。
「私が、あなたに助けを求められなかったのが悪いのです。あなたは私に手を差し伸べてくれました。だけど、臆病な私は、助けを求められなかった……だからあんなことに……」
「扇さん……君は僕に憎まれることで、僕の生きる目的になろうとしたんだね……?」
「はい……あなたにとってこれが救いになると思ったというのもあります。ですがこれは、私の願いでもあったのです」
「願い……?」
僕に憎まれることが、願い?
「私は結果的にですが、あなたに救われました。瀧くんがいなくなったことで、私が虐げられることはなくなりました。ですが代わりに、あなたに消せない過去を刻んでしまった……それは自分が暴力を振るわれるより遙かに辛いものでした」
「そう、なの?」
「はい。あなたが全ての過去を失ってしまった。そしてその過去を思い出してしまえば、さらに辛い傷を負ってしまう。これが私にとって何よりも辛いものだったのです。だから私は……」
そして扇さんは、自分の銀髪を手で掴みながら言う。
「例え憎まれるという形であっても、あなたの生きる目的になりたかった……」
「……!」
そうだ、そうなんだ。
扇さんはただ僕に復讐されていたわけではなかった。きっと扇さんは自分自身に復讐していたんだ。彼女はずっと、自分を助けてくれた蓬莱実嵯人を結果的に傷つけてしまった扇綾香を許せなかったんだ。 だから扇さんは、僕に自分を憎ませた。きっとそれが僕の生きる目的になり、同時に自分の生きる目的になったから。僕に復讐されることで、自分自身の復讐も果たそうとしていた。
この復讐は、最初から扇綾香のものだったんだ。
「……扇綾香、それに蓬莱くん。私からしてみれば、君たちは二人ともバカだと思うけどねぇ」
そんな僕たちを見下ろしていた赤尾さんは、厳しい言葉を投げかけた。
「もちろん私もバカだったよぉ。こんな復讐、最初から上手くいくわけなかったんだねぇ。それに気づかず、自分の罪悪感から逃れるために扇綾香に協力した私が一番のバカだったねぇ……」
赤尾さんは頭を振って、ため息をつく。もしかしたら彼女も、自分を責め続けていたのかもしれない。瀧くんの彼女という立場でありながら、彼の暴虐を止めようとは思わなかった。それが彼女を責め続けていた。
「ええ、ですがもう、全て終わりです。蓬莱くんに終業式の日の真実を知られてしまいましたし、この復讐はもう達成できません。つまりもう、私は用済みということです」
「え……?」
扇さんが突然立ち上がり、その顔から感情が消えていた。
「だってそうでしょう? 私は蓬莱くんの憎い相手にはなれなかった。私はそのために存在していたのに、その役目を最後まで務められなかった。ですからもう、この復讐は終わりです。私がここにいる理由はありません」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
扇さんが何をしようとしているのか察した僕は、慌てて彼女の腕を掴む。
「なんでそういうことになるの!? 僕は、僕はまだ君に……!」
「生きていてもらいたいですか? こんなに罪深い私に?」
「……っ! 僕は……!」
僕は彼女にどうしてほしいのかわからない。だけど僕が彼女になんて言葉をかけられる? 瀧くんを殺し、見当違いな復讐をしていた僕が、彼女になんて言える? 彼女は今、自分に絶望している。僕の生きる目的になれなかった自分に絶望している。
ダメだ。このまま彼女を放っておくのは絶対にダメだ。そして同時に、僕がこのまま何もかも見失ったまま生きるのもダメだ。なら、どうすれば……!?
「見つけましたよ!」
その時、僕たちに声をかける人がいた。その声は聞き覚えがあった。そういえば僕たちは、彼女に怒られている最中に教室を抜け出してきたんだ。
「萱愛先生……」
体育館の脇から僕たちに向かってくる彼女は、見るからに怒り心頭といった表情だった。
「蓬莱くん、それに扇さん! もう昼休みは終わってますよ! 一体何をしていたんですか!」
「……萱愛先生。僕たちは……」
「言い訳しない! とにかく教室に戻りなさい!」
萱愛先生は僕たちの言うことを何も聞かず、強引に教室に戻そうとする。その姿を見て、僕はある疑問を抱いた。
「萱愛先生、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」
「なんですか! 時間がないんですから、早くしなさい!」
「先生は、瀧くんが扇さんに暴力を振るっていたことに気づいていたんですか?」
そう、そもそもそこが引っかかっていた。なぜ萱愛先生は、瀧くんの暴力に気づかなかったのだろうか。確かに先生が教室の全てを見渡すのは不可能だろう。だけど、記憶を失う前の僕が気づいたように、扇さんの様子がおかしいことに気づかなかったのだろうか。
だけど萱愛先生の返答は、僕の期待に応えるものではなかった。
「何を言っているの、蓬莱くん! 瀧くんがそんなことをするわけがないでしょ!」
「え……?」
「先生のクラスの生徒たちは、みんな良い子なの。同じクラスの仲間に暴力を振るうなんてことはあり得ないわ。そう、先生はみんなを信じているもの。蓬莱くん、君はきっと何か勘違いをしているのね」
「……」
ちょっと待て。なんだこれは。
「萱愛先生、もう一つ聞きます」
「今度はなに?」
「扇さんが瀧くんに心を開かなかったのは、どうしてだと思いますか?」
萱愛先生は、『扇さんが瀧くんに心を開かなかったから、二人は仲
良くなれなかった』と言っていたらしい。この事実を萱愛先生が知っていたならば、瀧くんが扇さんに暴力を振るっていた可能性にも辿り着いてもおかしくはない。
「ああ、そんなこと。それは扇さんが、ちょっと皆と仲良くするのが苦手な子だからよ」
「……!」
「だから先生は、扇さんの手助けをしようと思ったの。瀧くんみたいに明るい子だったら、扇さんみたいな一人でいる子をきっと仲間に受け入れてくれると思ったわ。先生の思ったとおり、瀧くんと扇さんは仲良しになったのに、どうして瀧くんがあんなことに……」
「……」
やっぱり、そうか……僕の思った通りだ。
萱愛キリカという教師は、無意識に生徒を差別している。
萱愛先生にとっての『いい生徒』は、表面上は明るく友達が多い生徒だけに限られる。それ以外の生徒は全て、問題のある生徒として扱っている。だけど彼女自身はそれに気づいていない。自分が生徒を平等に扱っていると思っている。
だから萱愛先生は、無意識に扇さんを無理矢理自分にとっての『いい生徒』に当てはめようとした。自分の理想に合わない者を、排除しようとした。その結果が、あの終業式の日に繋がったんだ。
もし萱愛先生が、瀧秀輝の本質に気づいていたなら……そもそも扇さんを無理矢理『いい生徒』の枠に当てはめようとしなかったら……僕はどうしてもそれを考えてしまう。
だから僕は、扇さんに向き直った。
「扇さん……もしかしたら、僕も君も生きる目的を見失う必要は無いのかもしれない」
「え……?」
首を傾げる扇さんだったけど、僕は思った。
これは間違っているかもしれない。ただの八つ当たりかもしれない。だけど今の僕は……
萱愛キリカに、復讐したくて仕方が無い。
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