「待て、しかして希望せよ」
モンテ・クリスト伯の言葉だ。「困難や逆境にあっても、あきらめないで、明るい未来を信じろ」という意味が込められている。巌窟王を今日読んだというわけではない。本当だ。
この言葉を思い出した理由は他にある。そう、今僕は諦めようとしているからだ。
「ソウスケくん、ただいまー……って、誰だ!?ついに私まで幻覚が視え始めたのか!?」
「あ、どうも。勝手にお邪魔してすみません。友達《・・》の竜田です」
……この状況を乗り越える手段なんて、習った覚えなんて無い。まず、事の発端だが。
「ねーねー加茂川くん」
「竜田、どうした?」
「今日さ、加茂川くんの家って行ってもいい?急に聞いちゃってごめん」
「え!?あ、いや……よ、用事はない……けど」
「けど?」
「うっ……いや、問題ない。……い、いいよ」
「ありがとう!……ホントにごめんね?」
……という感じで、家へ行ってもいいかなんて聞かれたことがない僕は根気負けしてしまい、絶体絶命の危機に瀕している。
何が絶体絶命かというと……まず、会話が思いつかない。下手に接触しても嫌われるだけだ。次に、葵さんが帰ってきた。僕が話さない分、葵さんが話すだろうから、僕のことについてあること無いこと言われるだろう。
つまり、どうあがいても変なやつになってしまうのだ。神よ、どうして僕のコミュ力はこの程度なのでしょうか。いや、理由は自分の努力不足だと思うけど。
「はぁ〜、ソウスケくんの友達かぁ〜。そっかそっか。ふはは」
「はい。校外学習からの付き合いですけど、加茂川……宗介君はいい子だと思ってます」
そういう恥ずかしいことを淡々と言えるのか、陽キャってやつは。恐ろしい。
「ふーん……悪い気はしないな。だが、良い気もしない」
「ぼ、僕なにかやってしまいましたか!?」
竜田が取り乱す。というか、竜田って教室では基本おっとりしてるのに今はしっかりしてるよな……その切替能力は見習いたいものだ。
僕は葵さんは何が気に食わなかったのかを、オドオドしている竜田の代わりに聞く。
「何が駄目だったのさ、葵さん」
「いや……私以外にこのような素晴らしい話し相手がいるというのに、私から話しかけないと話してくれないんだよな、と……。
はは。私よりもそんな男のほうが良いんだな。いや、ソウスケくんが選択することだ。私は何も言わない……うん」
拗ねてる。勝手に嫉妬している。女子からの嫉妬は嬉しいものだと思っていたが、これは想像していた嫉妬とは少し違う気がする。ちっとも嬉しくない。なんなら少しムカつく。
「あ、いや、その……そ、そうです!宗介君はきっと葵さんがキレイなので緊張しているんですよ!」
「なっ!?」
何を言ってるんだ!と言おうとしたが、緊張してしまい言葉が詰まる。……こういうとき、どう否定すれば良いのだろうか。
「……そうだな、あぁ。私が悪かった。そんなに私のことを綺麗と思ってくれていたとは」
「ソウデスネ」
取り敢えず心を込めずに反応しておく。綺麗だけど認めたくない。気が合わないし。変に似てるのに違うからムカつく。
「おぉ……悲しい!冷たくあしらわれた!なんだったか……竜田君か。どうだ、卒業したら私と結婚でもするか?」
「葵さん!何言ってるんですか!……あ」
つい、反応してしまった。いや、タイミング的にはあってるはずだし、もし竜田が友達ならこの対応が正しいはずだ。でも、竜田を守ろうとした、それだけの理由でこんなに怒ったのか……?
「そ、宗介君。僕はダイジョーブだよ。好きな人他にいるし」
「おお、詳しく聞かせてくれないか竜田君よ!」
話は竜田との恋バナに移った。
……さっきの感情が何だったのか。自分の中で上手く答えが出せないまま色々考えていたら、いつの間にか次の日の朝になっていた。
いつか、この答えも出したいと思った。こんなに考えて答えを出すのが得意なんだ。それに、自分の考えや心に関しては更に得意。すぐに答えは見つかるだろう。
……このときは、そんな軽い気持ちでこの感情を知ろうとしていた。
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