能力強化屋。読んで字のごとく能力を強化してくれる場所だ。現在、俺の所持金は三十万を少し超えるほど。ダンジョン攻略を始めて七日でこの値段。なかなかの稼ぎだと思う。一日あたり四万は稼ぐことになる。
俺のスーパーのバイトが一日で八千円から九千円ぐらいだから単純計算で四倍以上だ。そう考えると凄そうに思えるが、各種保険が無いし、命がけの仕事と考えると……
あれ? 妥当なお値段に見える?
何だかショックだ。
俺の命の値段と考えると高いんだか安いんだか……
「これは考えるのは止めた方がいいな」
俺は思考を放棄した。
まぁ他のチームのことはわからないが、今のところ怪我もなくこれだけ稼げているのだ。十分だろう。
そんな事を考えながら、能力強化屋の前に並んでいると他のプレイヤーの声が聞こえてきた。
「やっぱ力だろ! 圧倒的な力こそ正義だ!」
「いやいや。どんな力も数の力の前じゃ無力だよ。数の暴力。これこそ最強!」
面白い議論をしている。
「ゴミがどれだけ集まってもゴミはゴミだろ? 数の暴力は力にそれほど差がない場合にのみ発揮されるんだぜ」
「はっは。戦略とは相手を倒す事にのみあるんじゃないんだ。最強の一人が数に圧倒されている間に他の目的を達成させれてしまったら戦術的には勝てるが戦略的には負けなんだ。色んな戦略が使える数こそ正義!」
時と場合によりけりだが、どっちも正論で、結局は好みの問題だろう。
夢があるのは万夫不当のワンマンアーミーだよな。やっぱ男だもの。強さに痺れるし憧れる。でも現実的には数の力だよなぁ。
俺は自分の持つ携帯端末を取り出してアプリを起動した。起動したアプリには能力の強化についての記述がある。握力強化レベル1→握力強化レベル2→握力強化レベル3…… と言った具合。他にも大きくする。数を増やす。精密動作性を上げる。有効射程距離を伸ばす。筋力を上げる。と言った具合だ。
そこで先程のプレイヤーの会話を思い出した。
圧倒的な力で敵をねじ伏せるか、数で敵を封じるか。
現在の俺の能力は数を増やす方向性で進めていた。銃火器という力を手に入れたからだ。その銃火器の手数で敵を圧倒する方向だったのだ。
現在の手の数は八本ある。
「このまま最低限、銃を固定する握力を有した手の数を増やしていく方向性で……いいのか?」
俺は先程のプレイヤーの言葉で圧倒的な力で敵をねじ伏せるという魅力に興味を持ってしまった。
「八本もあるんだ。そのうち二本だけ筋力と握力を上げまくってみるか?」
俺の能力『マジックハンド』は一本一本の腕ごとに役割をもたせて個別に力を設定できる。その分お金もかかるが、それでも戦略の幅が出るのも確かだ。
俺は悩んだ末に、八本ある腕の大きさを自分の背丈ほどに。そして握力と筋力に関しては上げられる限界まで上げてみようと思った。
やはり男の子。万夫不当には憧れるのだ。
そうして現在出来るギリギリまで能力を上げた俺は意気揚々と仲間の元へ戻った。ちなみに八本全部の力を上げるのは無理だったので二本だけ握力と筋力と大きさを上げた。おかげでお金はすっからかんだ。
「ごきげんですね?」
ヒメが僅かばかりに微笑んでいる。珍しいものを見た気がした。俺は上機嫌のまま仲間に報告をする。
「実はさ。手の数を増やすのはやめて、大きさと筋力と握力をあげようと思ったんだ」
そうしてそう思った経緯を皆に話した。すると段々と仲間の反応が重くなっていく。
「えっと、どしたん?」
俺の質問に三人が顔を見合わせた。そして意を決したようにハルが言った。
「えっと前に話しましたよね? 銃の力を最大限に活かす方向で能力を上げてくださいって? それにジンさんのマジックハンドの握力や筋力を上げたとして、何処のどんな場面で使うんですか?」
俺はシドロモドロに戸惑いながらも状況の想定を話して聞かせた。
「た、例えば……その、そう! 道が瓦礫で塞がれていたら退かすとか? そうだ! 誰かが瓦礫の下敷きになった時に持ち上げるとか! どう?」
すると三人が三人とも呆れた様子で俺に視線を向けて言い放った。
「一対一を想定するなら力を上げるのは有りです。でも私たちチームですよね?」
「そんなにきわめて限定的な状況に対応するためだけに力を上げるのは止めてください」
「……ジンさんって脳筋だったんですね」
順番的にハル。ヒメ。カズの順での発言。涙目の俺は皆に謝ったのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!