震えるヒメをハルが肩を抱いて、励ましながら初級の森林ダンジョンから戻った。俺とカズが周囲の警戒を担いながらだ。
襲われた恐怖。死にかけた恐怖がヒメの心を縛る。今まで危機的な状況に陥ることがなかった俺たちに初めての試練が訪れた。ヒメが泣きながら喚き叫んだ。
「もうやだ! もう戦いたくない! もういや! もう帰る!」
そう言って船を降りるといい出した。俺たち三人はどうするか少し悩んだがハルが提案した。
「私が、しばらくヒメさんに付いていますから。二人は休んでいて下さい」
こんな時に何の役にもたてない自分に不甲斐なさと情けなさを感じつつ、カズと二人で宿泊施設のロビーでジュースを飲んだ。
しばらくは、お互いに沈黙で過ごした。疲れていたのもあるが、それ以上にショックだったのだ。
この三週間ほどで初めて仲間が命の危機に陥って、ようやく俺たちは自分たちが何をしていたのかを、心の底から理解したのだ。カズも同様だったらしく珍しくよく喋った。
「俺たちって、かなりヤバいことに首を突っ込んでいたんっすね。分かっては居たつもりだったけど、分かっていなかったっす」
俺は頷く。
「あぁ」
「死ぬかも知れない。それは自分かもしれないし仲間の誰かかも知れない。俺…… 怖いっす」
同感だ。俺は再度、頷いた。
「あぁ。俺もだよ。今回の件で、本当の意味で理解したかもしれない」
「っす。何となくゲームのつもりで居たっす」
「あぁ」
「主人公のつもりでいました」
「あぁ」
「違うんっすね」
カズの身体が震えている。たぶん俺もだろう。苦笑いをしながら答えた。
「何となく…… この物語の主人公になれるんじゃないかって思ってた」
するとカズも苦笑いを浮かべて答えた。
「ジンさんは脇役っすよ。どう考えても俺の方が主人公っす」
「はは。カズも脇役だよ。ちょい役かも知れない」
「俺。イケメンっすよ? 主人公向きっす。やれやれ系の主人公っす」
「いやいや。それなら喋り方を変えろ。その語尾の『っす』は止めた方がいい。脇役っぽい」
しばらく二人でどっちが脇役かを話し合い、そして最終的に笑いあった。
「ジンさん」
「あん?」
「俺たち二人で主人公になりませんか?」
「二人でか?」
「はい。バディっす。いえ。バディです」
カズの言葉に沈黙する俺。彼の次の言葉を待つ。
「そんで二人でヒロインを守るんです」
「お前はハルか?」
「どっちもです」
「どっちもって、おい! 一人はこっちによこせ!」
俺がそう言うと、カズが笑った。
「まぁ、そうですね。ハーレム系主人公もいいですね」
「いいですねじぇねぇよ! 俺にもよこせって言ってんだろ! っていうかバディの件はどこに行った!」
そう言って二人でじゃれ合っているとハルが戻ってきた。俺とカズが視線をハルに向ける。
「ヒメさんには、船の道具屋で扱っていた鎮静剤を飲んで寝てもらいました」
「そうか……」
俺が答えると、ハルが俺とカズを見て首を傾げた。
「何かありました?」
俺はカズを見る。カズも視線をこっちに向けた。するとハルがくすっと笑う。
「何、男同士で通じ合っているんですか?」
俺が答える。
「何でも無いよ」
するとハル。
「お二人は大丈夫そうですね」
俺が笑顔で頷くと、ハルが笑顔で席を立った。
「ヒメさんの様子を見てきます」
その笑顔が痛々しかった。できれば普通に笑っていてもらいたいものだ。カズもそう思ったのだろう。小さくだが確かに聞こえた。
「守ってみせますよ。二人共」
「俺たち二人でな?」
「えぇ、二人でです」
「強くならなきゃな!」
「はい」
決意と覚悟が決まった瞬間だ。主人公。なってみせようじゃないか!
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