百メートル級の山の頂上に到着するまでおよそ四時間かかった。道が整備されていないので、まぁこんなものだろう。
途中で出てきたオオカミやゴブリンは難なく処理されて、お金に変わった。
俺の口から思わず「簡単すぎないか?」という感想が漏れた。ヒメが無言で頷き、ハルも苦笑いを浮かべながら答える。
「市街地でみっちり銃とフォーメーションの訓練をしたからこその自信と安全だよ。あとは森を歩く訓練をこなしつつ、体力をつければ大体の状況に対応できるはず」
本来ならこういうときこそ、チームを引き締める立場のはずのハルでさえ油断するぐらいの簡単さ。
確かにGPS端末で常に位置を確認しながらの移動は安全とはいえ、ここはダンジョン。それも前情報が完全には出揃っていないという状況。
そんな状況の中で、全員が眼下ヘと視線を向けて油断していた俺たちは、登ってきた方に死角を作り出してしまった。
すると突然。俺の隣りにいたヒメが視界から消えたのだ。そして直後に悲鳴。何事だと振り返った俺達が見たもの。それはヒメが人間の大人ぐらいの大きさのカマキリに囚われた姿だった。
ハルが即座に銃を構えて戦闘態勢へ入る。が、しかしカマキリの鎌に捉えられ正面に盾のようにされては銃が撃てない。
俺もハルに遅れて銃を構えるが、撃てる箇所がなかった。カマキリの細い体はヒメの体の影に隠れてしまいどうすることも出来ないのだ。思わず悪態をつく。
「クソ! 何処を撃ちゃいいんだ!」
ヒメの鎌に挟まれている肩の部分からは出血も見られる。このままじゃカマキリの顎に頭から齧られるだろう。いや柔らかそうな首を噛み切られるか。俺はハルを見る。しかし銃を構えたまま動こうとしない。ハルも戸惑っているようだ。
俺はハルの指示を待つ。銃だけは何時でも発砲できるように構えたままで膠着してしまう。この状況は拙い。どんどん不利になっていくだけだ。そう思った。
すると俺の右隣に居たカズが声を上げた。
「能力を使います! スロウの効果は十秒っす!」
切迫した、それでいて強い意志のこもった声を確認した瞬間。ハルが「ジンさん! ヒメちゃんを!」と言って、カマキリの側面に向かって走りだした。俺は指示通りヒメを鎌から引きずり出すために走った。
カズの時間を操作する能力で対象のカマキリの時間がゆっくりになった。カマキリの動き、または認識能力が落ちる。向こうからしたら俺たちが超高速で動いたように見えるかも知れない。
カマキリの腕からヒメを強引に引き抜いた。肩の傷が開き出血が酷くなる。
痛みでヒメがうめいた。
だが、今はとにかく救うことを優先した。捕らえられたままじゃあ、こっちはどうすることも出来ないからだ。
俺がヒメを引きずってカマキリの射程圏内から脱出したのを確認したハルが即座に発砲を開始。アサルトライフルから大量の弾がばら撒かれる。フルオートで撃っているのだ。
三十発もの弾はあっという間に撃ち尽くされた。カマキリの軽い身体は吹き飛び、ぼろぼろになっている。
ハルはそこでアサルトライフルを捨てて、更に銃を召喚した。出てきたのは散弾銃だ。
元折式というタイプだったと思う。銃身は上下に二本。俺はハルから受けた講義の記憶を頼りに判断した。さすがに名称まではわからない。だがハルが銃の根本を折り、スラッグと呼ばれる弾を二発装填。弾を込め終えると元に戻して発砲を開始。ハルはさらに前進しながら距離を詰める。二発の弾を撃つたびに、銃の根本を折って弾を込め直しては発砲。
それを三度繰り返した所でカマキリが崩れ落ちた。
合計八発ものスラッグ弾に耐えたことになる。
昆虫というのは脳が小さく複雑な構造はしていないと言われている。そのため、ほとんどの機能が身体の各パーツに分散して組み込まれていて、反射だけで行動していると何かで読んだことがある。だから頭が取れてもすぐには死なず身体だけでも動くのだそうだ。
なので体が動いている間は油断ができない。
しばらくカマキリの様子を見ていた俺たちだったが、動く様子が無くなったので、痛みで呻くヒメの方へと意識を移した。
ハルが指示を出す。
「ジンさんは私と周囲の警戒。カズ君はヒメの治療を!」
言われて俺はカズにヒメを託し、そして周囲の警戒にあたった。一人あたり警戒する範囲は180度。ハルと背中合わせになりながら警戒をする。
そんな中でカズが再度、能力を使う。
カズの二つ目の能力だ。現在の彼の能力は、ここ最近の間にだいぶ強化されて時間遡行も可能にしている。つまりどういうことかというと……
「ヒメさんの肉体時間を遡行させます!」
そう言ってカズがヒメにタイムリープをかけた。すると流れていた血が巻き戻っていく。このタイムリープは肉体のみに作用するという限定的な物だ。周囲の時間や精神の時間と言ったものは巻き戻さない。
なので精神が亡くなった死亡状態でない限り、何でも元に戻ってしまうのだ。
とんでもない能力だと思う。
こうして戦闘開始直後まで肉体の時間だけが巻き戻ったヒメは、精神的な疲労と恐怖や記憶は残っているが、怪我は完治した状態に戻ったのだった。
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