夢を見た。明晰夢というやつだ。そこで白い毛の赤い目をしたウサギに話しかけられた。
「お金が欲しいか?」
現在三十ニ歳のフリーターである俺に、それを聞くのかと思った。わずかに沈黙した俺に向かって、目の前の高級そうな椅子に鎮座しているウサギが偉そうに再度、口を開いた。
「樫木仁。お金が欲しくないか?」
俺は周囲を見回した。ウサギの後ろには大きな窓ガラスがあり、そこには地球の一部が映っている。どうやらここは地球の大気圏よりさらに高い位置にある宇宙のようだ。ということはここは宇宙船という設定なのだろう。
とりあえず俺はウサギの質問に答えた。
「欲しいです。お金」
するとウサギが更に質問をしてきた。
「なぜお金が欲しい?」
俺は少し考えて答えた。
「生活するため。少しでもお金が欲しい。正直、余裕がないんですよ。保険料とか税金とか高すぎて」
ウサギ相手に何を言ってんだってもんだが、まぁ夢だしどうでも良いだろう。するとウサギはさらに質問を重ねてきた。
「手に入れたお金をどう使う?」
間髪入れずに答える。
「貯金。将来に備えて。あぁ、でもパソコンも欲しいしモニタも欲しいな。うぅん。そだ。とりあえず、それらを買ってから余った分は貯金する」
ウサギが頷いた。
するとその瞬間。俺は目が覚めた。スマホで時間を確認すると朝の四時。
「変な夢」
ポリポリと頭をかきながら、とりあえずトイレへと向かい用を足す。オシッコを終えて、もう一度寝ようと思った。その際に視線が自然と窓へと向かった。するとまだ暗い空に大きな宇宙船が浮かんでいた。
「……インディペンデンス・デイ?」
20年以上前にあった映画のような光景だ。俺はどうやらまだ夢を見ているらしい。
「寝よ」
夢を見ているのに更に寝ようとする俺。とりあえず眠れば何とかなるし、何とでもなると思ったんだ。
しかし気が付いたら、さきほど夢で見た場所に立っていた。目の前には白い仮面を被ったバニースーツを着た、いわゆるバニーガールが立っていた。正直、白い仮面が不気味だ。さっきからおかしなことばかり起こっている。感覚が麻痺しているようだ。驚くことも忘れて俺は小さくため息を吐いた。
「はぁ…… で?」
少し間をおいて俺は口を開いた。こんな手の混んだことを繰り返すんだ。何か用があるのだろうと思ったのだ。というか夢ならいい加減に覚めてくれと思うが、たぶん夢ではないだろう。なのに俺が冷静でいられるのは少々変かもしれない。
状況が異常すぎて、頭の処理が追いつかないからなのだが。まぁパニックに陥って右往左往するよりは良いかも知れない。なんかカッコいいじゃん? クールな俺、カッコイイ。みたいな?
そんな俺の心情など、お構いなしに事態が動き出した。目の前にいる白い仮面のバニーガールが話し始めたのだ。
「おはようございます。樫木様」
「……おはようございます。バニーさん?」
何と呼べば良いのか分からないが、とりあえずバニーさんと読んでみた。すると目の前のバニーガールが自己紹介を始めた。
「私は当ダンジョンの総支配人を務めさせていただいていますフルフェイスと言います。お見知りおきを」
俺は気の抜けたような答えを返す。
「はぁ…… ダンジョン、ですか……?」
すると総支配人を名乗るフルフェイスが説明を始めた。
「当ダンジョンで、樫木様にはモンスター退治をしていただきます。その報酬として現金。日本円が支払われます。こちらのお金は税の対象外となっています」
いきなり話が始まってしまった。状況に流されているな俺。これってまずくね? とは思うが、どう対処すれば良いのか皆目検討もつかない。自宅にいたのに布団に潜り込んだら拉致られたのだ。そんな超技術を持つ存在を相手にどうすれば良いのやら。
とりあえず主導権を握るために抵抗を試みることにした。
「えっと、とりあえず家に帰してもらっていいですか?」
するとフルフェイスが答える。
「お帰りは何時でも可能ですが、説明を聞いた後にしたほうがよろしいと思いますよ?」
有無を言わせないとはこのことか。言葉に脅迫の念がこもっている。聞かなきゃ不利な状況に置かれるぞと案に匂わせている。
「ふぅ……」
クールに。冷静に対処しろ。慌てるな。
しかしそんな戒めは、どっかに飛んでいってしまった。
「ふざけんな! いきなり拉致って、そのうえに脅迫まがいの行為! 喧嘩売ってんのか!」
しかしフルフェイスは全く動じること無く答えた。
「お帰りになりますか?」
俺は沈黙する。脅迫されたばかりだ。不利な状況に追い込まるぞと。俺に抗うすべは最初から無かったようだ。
「説明を続けてください」
目の前の異様な存在に敗北した瞬間だった。
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