幼い頃に一度だけ、金魚の形をした飴を見たことがある。艶やかに輝いているその造形物を飴菓子だと認知したのは、中学生の頃の夏の夜だった。
いつにも増して暑い暑い夏。日傘がなければ体が一気に溶けてなくなってしまいそうだ。
「悠華、こっちこっち!」幼馴染の美代が小柄な体で手を大きく振りながら公園のベンチに座っていた。
「美代、早かったね。バス早かったの?」私が駆け寄ると美代はへへっと笑いながら頷いた。
美代と会うのはいつぶりだろうか。
高校を卒業して、上京してから一度も会っていなかったかな。
美代との再会を喜んでいると「おーい、美代!悠華!」聞き慣れた明るい男子の声が聞こえた。
「圭吾!」
美代は立ち上がって大きく手を振った。
私たちのもう一人の幼馴染、圭吾だった。
すっかり背が伸び、髪色も明るい茶髪になって随分と垢抜けた姿がそこにはあった。
「美代も悠華も雰囲気変わったな」
圭吾がしみじみと言うと、美代は耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに下を向いた。
照れ屋で素直なところは相変わらずだ。
いつもの可愛らしい美代が見られて少し安心した。
夏祭りか。そう思うと自然と視線があちらを向く。
私は広場の方をじっと見つめた。
今日は神社祭。町の一大イベントである。
夏祭り、飴、千鶴……。
「どうしたんだよ悠華、ぼーっとしちゃって」
圭吾に肩を叩かれ、我に帰った。
はっと振り返るなり額に手を当てられて思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
「あ、ごめんごめん。熱中症かと思ってさ。でも熱は無さそうだな」
圭吾が申し訳無さそうに軽く頭を下げた。
美代も「悠華、無理しないでね。移動も大変だっただろうし、無理に誘ったのは美代だからもしあれだったら、明日でもいいよ」
こんな潤んだ瞳で言われちゃあ、たとえ無理でも行きたくなる。
まるで可愛くてコロコロしたポメラニアンに「ボクを拾ってくれないの?」と問いかけられているような気持ちになる。
「行けるよ、ただ色々思い出してただけ」
私が必死の作り笑顔でそう言うと二人は少しだけ黙ってしまった。
「ごめんな、悠華」
圭吾は俯きながらそう言った。
自身の服の裾をぎゅっと握ったままのそのゴツい手は小刻みに震えていた。
美代もその横で気まずそうに視線を外していた。
みんな分かってるんだ。そうだ、分かってるんだ。
私はそんな気持ちを胸に押し込めて、沈んだ顔の二人の肩を叩いた。
「ほら!行くよ、夏祭り!」
真っ白で大きな入道雲が冴えた色の青空を堂々と覆っていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!