「――うわぁぁああ!? ……あっ。ゆ、夢?」
大軍が攻めてきて、領地が滅びた。
人生の最後にそんな映像を見た気がしたものの、飛び起きてみれば自宅の寝室だった。
「……はぁ、なんて縁起の悪い夢だったんだ」
ボヤきながら、クレインはベッドから身体を起こして溜息を吐く。
十四歳で父の跡を継いでから四年間、無理をし過ぎただろうか?
あんな夢を見るなんて相当疲れているな。
などと思いつつ伸びをしてから――すぐに、彼はそこら中へ違和感を覚えた。
「……あれ? 何か変だ」
どこが普段と違うのか。
考えながら部屋を見渡せば、まず家具がおかしい。
いつもと配置が違えば、数年前に捨てたはずのソファまで置いてある。
「買い直したんだっけ? いや、そもそも模様替えした覚えは無いんだが」
寝ぼけた頭で考えてみても、気分転換に部屋の模様替えをしたという記憶はない。
しかも記憶を辿ろうとすれば。
頭の中はやけにリアルな虐殺の光景で埋め尽くされてきたので、彼は少し吐き気を覚えた。
「うっ、思い出すのはよそう。……夢見が悪かったけど、体調はいいな」
思考を切り換えようと他の違和感を探せば。
次に、何となく身体が軽いと気づく。
日ごろのデスクワークで凝った肩が、嘘のように軽くなっているのだ。
「日課の畑いじりで健康的になってきたってことか。うん、まあ、いいことだ」
そんなことを呟きつつ、ベッドから降りてみれば。クレインはとうとう、違和感の決定打を見つけた。
見つけたというより、見えている景色そのものだ。
立ち上がってみれば、いつもと比べて視線が頭一つ分ほど低かった。
「え、おいおい、ちょっと待てよ……」
クレインが自分の足元を見れば、少し短足になっており。
慌てて部屋の鏡を見れば、そこには信じられないものが映っている。
「こ、子どもの頃の、俺!?」
そこまで子どもではないが――見た目は十四、五歳といったところだろうか。
十六歳を越えた頃から急に背が伸び始めたので、昨日まで見ていた光景と比べれば視界が低くなっていたのだ。
若返った自分の姿を見てから部屋を見渡せば。確かに二、三年前まで家具の配置はこんな風だったかとも気づく。
「な、なんだこりゃあ!?」
「クレイン様、どうされましたか!?」
そしてドアがノックされて、クレインが返事をする前に、メイドのマリーが入ってきた。
彼女はいつも通りモーニングコールへ来たのだが。領主の様子がいつもと違い、驚いた顔をしていた。
「え、あ、ああ。いや、何でもない」
クレインがマリーの声に振り返った時、彼女が何者かに殺害されるビジョンがチラついたが――それは夢の話だと思い直して、思考を目の前の少女に切り換える。
「そうですか? それならいいんですが……」
「大丈夫だって。少し夢見が悪かっただけだから」
きょとんとした顔をしながら寝室に入ったマリーは、新しい水差しを枕元のテーブルに置く。
毎朝一杯水を飲むのがアースガルド家の家訓であり、それは今日も変わりない。
しかし本当にいつも通りの朝を迎えていることに、クレインは困惑していた。
「……さて、こいつはどちらが現実かな」
領地が滅びるという悪夢を見たのか。
それとも死に際に、幸せだった頃の夢を見ているのか。
果たして現実はどちらかと思案したが、クレインの感覚としてはどちらも現実に思えた。
既に意識はハッキリしているし。試しに自分の頬をつねれば痛みを感じる。
それにマリーが持ってきた水を飲んで、完全に目が覚めたところでもある。
夢特有のぼやける感覚は、もうどこにもない。
「冷静に考えれば、あの光景は出来のいい夢なんだけど」
そうは言いつつも、思い返せば今後の記憶は存在していた。
まだ頭が働いていないせいか朧気な部分は多いが。クレインを取り巻く環境の変化や、どの時期に何が起きるかは大体把握しているのだ。
それなりに激動の人生を送ってきたクレインは、ここで現実的に考えてみるが。
例えば今の環境が現実で、滅亡したという悪夢を見ただけならいい。
それならクレインが怖い夢を見ただけの話になる。
反対に。今の状況が夢の中なら、全力で今を楽しめばいい。
あの地獄のような絵面が現実になっていたのだとすれば、夢の中でくらい幸せになってもいいだろう。
「だけど、もし……両方違っていたらどうするか 」
もしも、そのどちらにも当て嵌まらない場合。
例えば何らかの力が働いて、おとぎ話のように時間が巻き戻ったのだとすると――
クレインが何も手を打たなければ、この領地は数年後に滅亡する。
クレインの感覚としては、今の環境と未来の映像。どちらも現実としか思えないのだ。
その感覚が正しいとするならば、時間遡行。
つまりはタイムスリップという選択肢も出てきた。
「そうだな……。マリー、新聞を持ってきてくれ」
「珍しいですね、クレイン様が新聞に興味を持つだなんて」
「たまにはいいだろ?」
「ええ。ただ今お持ちしますねー」
新聞は主に王都のことしか載っていないし、クレインが王都まで行くことは稀だ。だから興味は薄く、いつもは一面記事に目を通すくらいで投げ捨てている。
そんなクレインが自分から新聞を読みたいと言い出したのを見て、マリーは「珍しいものを見たなぁ」くらいの温度感で部屋を出て行ったのだが。
クレインとしては真剣だった。
状況が飲み込めないなりに、情報収集はしておくべきだと考えていた。
「あれが、ただの夢なら……。取り越し苦労だったらいいんだけどな」
そう呟くクレインは、屋敷の窓から外を見て。
平和で、今日も何もなく暮らす人々の姿を眺めてから――深い溜息を吐いた。
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