弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

第一章 生存戦略開始

2回目 悪い夢

公開日時: 2021年5月1日(土) 17:34
更新日時: 2021年5月4日(火) 18:21
文字数:2,247


「――うわぁぁああ!? ……あっ。ゆ、夢?」



 大軍が攻めてきて、領地が滅びた。

 人生の最後にそんな映像を見た気がしたものの、飛び起きてみれば自宅の寝室だった。


「……はぁ、なんて縁起の悪い夢だったんだ」


 ボヤきながら、クレインはベッドから身体を起こして溜息を吐く。


 十四歳で父の跡を継いでから四年間、無理をし過ぎただろうか?

 あんな夢を見るなんて相当疲れているな。


 などと思いつつ伸びをしてから――すぐに、彼はそこら中へ違和感を覚えた。


「……あれ? 何か変だ」


 どこが普段と違うのか。


 考えながら部屋を見渡せば、まず家具がおかしい。

 いつもと配置が違えば、数年前に捨てたはずのソファまで置いてある。


「買い直したんだっけ? いや、そもそも模様替えした覚えは無いんだが」


 寝ぼけた頭で考えてみても、気分転換に部屋の模様替えをしたという記憶はない。


 しかも記憶を辿ろうとすれば。

 頭の中はやけにリアルな虐殺の光景で埋め尽くされてきたので、彼は少し吐き気を覚えた。


「うっ、思い出すのはよそう。……夢見が悪かったけど、体調はいいな」


 思考を切り換えようと他の違和感を探せば。

 次に、何となく身体が軽いと気づく。


 日ごろのデスクワークで凝った肩が、嘘のように軽くなっているのだ。


「日課の畑いじりで健康的になってきたってことか。うん、まあ、いいことだ」


 そんなことを呟きつつ、ベッドから降りてみれば。クレインはとうとう、違和感の決定打を見つけた。

 見つけたというより、見えている景色そのものだ。


 立ち上がってみれば、いつもと比べて視線が頭一つ分ほど低かった。


「え、おいおい、ちょっと待てよ……」


 クレインが自分の足元を見れば、少し短足になっており。

 慌てて部屋の鏡を見れば、そこには信じられないものが映っている。


「こ、子どもの頃の、俺!?」


 そこまで子どもではないが――見た目は十四、五歳といったところだろうか。

 十六歳を越えた頃から急に背が伸び始めたので、昨日まで・・・・見ていた光景と比べれば視界が低くなっていたのだ。


 若返った自分の姿を見てから部屋を見渡せば。確かに二、三年前まで家具の配置はこんな風だったかとも気づく。


「な、なんだこりゃあ!?」

「クレイン様、どうされましたか!?」


 そしてドアがノックされて、クレインが返事をする前に、メイドのマリーが入ってきた。

 彼女はいつも通りモーニングコールへ来たのだが。領主の様子がいつもと違い、驚いた顔をしていた。


「え、あ、ああ。いや、何でもない」


 クレインがマリーの声に振り返った時、彼女が何者かに殺害されるビジョンがチラついたが――それは夢の話だと思い直して、思考を目の前の少女に切り換える。


「そうですか? それならいいんですが……」

「大丈夫だって。少し夢見が悪かっただけだから」


 きょとんとした顔をしながら寝室に入ったマリーは、新しい水差しを枕元のテーブルに置く。

 毎朝一杯水を飲むのがアースガルド家の家訓であり、それは今日も変わりない。


 しかし本当にいつも通り・・・・・の朝を迎えていることに、クレインは困惑していた。


「……さて、こいつはどちら・・・が現実かな」


 領地が滅びるという悪夢を見たのか。

 それとも死に際に、幸せだった頃の夢を見ているのか。


 果たして現実はどちらかと思案したが、クレインの感覚としてはどちらも現実に思えた。


 既に意識はハッキリしているし。試しに自分の頬をつねれば痛みを感じる。


 それにマリーが持ってきた水を飲んで、完全に目が覚めたところでもある。

 夢特有のぼやける感覚は、もうどこにもない。


「冷静に考えれば、あの光景は出来のいい夢なんだけど」


 そうは言いつつも、思い返せば今後・・の記憶は存在していた。

 まだ頭が働いていないせいか朧気おぼろげな部分は多いが。クレインを取り巻く環境の変化や、どの時期に何が起きるかは大体把握しているのだ。


 それなりに激動の人生を送ってきたクレインは、ここで現実的に考えてみるが。


 例えば今の環境が現実で、滅亡したという悪夢を見ただけならいい。

 それならクレインが怖い夢を見ただけの話になる。


 反対に。今の状況が夢の中なら、全力で今を楽しめばいい。

 あの地獄のような絵面が現実になっていたのだとすれば、夢の中でくらい幸せになってもいいだろう。



「だけど、もし……両方違っていたらどうするか 」


 もしも、そのどちらにも当て嵌まらない場合。

 例えば何らかの力が働いて、おとぎ話のように時間が巻き戻ったのだとすると――


 クレインが何も手を打たなければ、この領地は数年後に滅亡する。


 クレインの感覚としては、今の環境と未来の映像。どちらも現実・・としか思えないのだ。


 その感覚が正しいとするならば、時間遡行そこう

 つまりはタイムスリップという選択肢も出てきた。


「そうだな……。マリー、新聞を持ってきてくれ」

「珍しいですね、クレイン様が新聞に興味を持つだなんて」

「たまにはいいだろ?」

「ええ。ただ今お持ちしますねー」


 新聞は主に王都のことしか載っていないし、クレインが王都まで行くことは稀だ。だから興味は薄く、いつもは一面記事に目を通すくらいで投げ捨てている。


 そんなクレインが自分から新聞を読みたいと言い出したのを見て、マリーは「珍しいものを見たなぁ」くらいの温度感で部屋を出て行ったのだが。

 クレインとしては真剣だった。

 状況が飲み込めないなりに、情報収集はしておくべきだと考えていた。


「あれが、ただの夢なら……。取り越し苦労だったらいいんだけどな」


 そう呟くクレインは、屋敷の窓から外を見て。

 平和で、今日も何もなく暮らす人々の姿を眺めてから――深い溜息を吐いた。



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