「頼もう! 仕官に参った!」
午前中に、荒武者が一人訪ねてきた。
「武官を募集していると伺いましたので、売り込みに参りました」
「やあやあ我こそは――!」
午後に、知的そうな青年と、どことなく高貴そうな中年が訪ねてきた。
ここ最近ではこれが日常だ。
別にクレインが追加募集をかけたわけでもないのに、どんどん仕官希望者が訪れている。
「しかもほとんど暑苦しい! まともな頭脳を持っていそうなの、今日の午後に来た奴だけだぞ!?」
「は、はは……類は友を呼ぶと申しますからな」
ブリュンヒルデが仕官希望者たちを選抜している間に、クレインは執事長のクラウスと共に執務を片付けていた。
しかし定期的に手が止まり、新たなる客人の来訪が告げられているのだ。
「クレイン様ー。トレックさんと、新しい仕官希望者の方がお見えです」
「トレックと先に会う! 希望者の方には茶でも出して、時間を稼いでくれ!」
「はーい」
ひょっこり姿を現したマリーが、パタパタと廊下を駆けて行く。
普段ならはしたないと叱る執事長のクラウスも、最近では怒る気力が衰えていた。
「ここのところ、毎日ですな……」
「役職なんてもう無いんだが……」
原因の半分はランドルフだ。
彼が仕官に成功してからすぐに、故郷の家族や友人に手紙を書いていた。
『素性の知れない浪人を、こんな待遇で出迎えてくれた』
そんな連絡が友人の友人にまで回り。
ランドルフの友人は誰もが外向的というか、暑苦しいというか。
まあ、類友がたくさんいたわけだ。
そしてこの不景気に、何の実績も無い平民を隊長待遇で迎えたという景気のいい話が拡散された結果。
「仕官の求人を出していると聞きました! 俺は良い働きしますよ!」
噂が噂を呼んで千客万来。
そんな状況だった。
「衛兵隊を一つ増やそうってだけの話だったのに、どうしてこうなった……」
「ランドルフ殿を、いきなり隊長にするからですよ……」
ランドルフを雇ってから二ヵ月ほどが経つ。
雇った当初は、約束通り衛兵隊の副隊長としてハンスの元へ配置した。
そうしてからすぐに、アースガルド領東部へ盗賊団が現れたのだ。
そこそこ統率の取れた五十人の賊。
田舎だったアースガルド領で、こんな規模の山賊が現れたことはない。
緊張で震える衛兵隊を、全員出撃させる勢いで迎撃に出たのだが。
そこでのランドルフはまあ凄まじかった
『この狼藉者ぐぅぁあああああ!! 子爵領の土は踏ませんぞぉぉおおおッッ!!』
山中に響き渡るほどの雄叫びを上げながら、逃げて行く山賊たちを追撃し。
山を二つ越えて怒涛の進撃をした結果、最後の一人まで根絶やしにしてきたのだ。
『首だぁぁああああッ!! 首を置いていけぇぇえええええッッ!!』
『ひぃぃいいいい!?』
『バッ、バケモノだぁぁああ!!』
終いには付いていける者がいなくなったので、まさかの単騎特攻である。
部隊を率いて三十人討伐してから、単独で盗賊十五人を討ち取ってきたのだから、隊長のハンスも半笑いだった。
『クレイン様、もうアイツ一人でいいんじゃないですか?』
帰って来て早々に、ランドルフを指してそんなことを言い始める始末だ。
武力的にはハンスが四人分くらいかと思ったクレインだが、どうやらハンス十人分ほどの働きができるらしい。
「確かに。出世させるとしても、もう少し段階は踏もうと思ってたよ」
「それなら、何故……」
「だってハンスの奴、あんな猛獣を御せる自信が無いとか言うんだもの」
だから、予定よりも早めに衛兵隊を分けた。
治安維持に特化した警邏隊と、盗賊などに対抗するための警備隊だ。
今では街の中がハンスの管轄になり、街の外はランドルフの管轄となっている。
衛兵隊が全員出動していたので、盗賊を相手に大暴れをしたランドルフの姿は誰もが見ていた。
だからこの人事に対して、特に異議は出なかったらしい。
そんなわけでランドルフは、仕官から僅か二週間で子爵家の軍事責任者にまで上り詰めたのだ。
生活に困っていた、ただの平民が。二週間で貴族の側近である。
この英雄譚のような話が「才能ある者は重く用いる」という噂で市井に回った結果が、大量の仕官希望者発生の原因でもある。
「でも。おかげで盗賊の数、減っただろ?」
「……減りましたなぁ」
大森林に逃げても、山奥まで逃げてもお構いなし。
どこまでも執拗に追いすがり、必ず根絶やしにする姿勢を見てか。以前にも増して盗賊は近寄って来なくなった。
「そう考えると、仕官希望者が来るだけで治安維持に一役買ってくれるわけだ」
「……効率的ではあります」
手土産と言わんばかりに盗賊の首を持って現れる武人もおり、それが成功談として広まったのも、盗賊減少に拍車をかけた。
この地に集う武官たちにとって。もう盗賊という生物は、就活のアピールに持参するための獲物でしかない。
そんなことが続いていたから、子爵領内での盗賊はもう絶滅危惧種となっていた。
少しでも雇って貰える確率を上げるため、武芸者が勝手に山狩りをしているのだから――確かに効率的ではある。
「ついでに街の治安も良くなった」
「ハンスは、畑に顔を出す時間が増えたそうですが」
「……そこはまた注意しておくよ」
恐ろしい守備隊がいるのだから、他所の街から来た出稼ぎ労働者もいくらかはお行儀が良くなって、街中でのトラブルも減りつつある。
治安的にも兵力的にも、上向いてはいる。
下向いているのは定期的に仕官希望者の突撃を受けることになった、屋敷で勤める人間のメンタルだけだ。
「まあ、ブリュンヒルデのお眼鏡に叶うような人材がいれば雇うとして。まずは商談を済ませてくるかな」
「承知致しました。重要事項以外の決裁は済ませておきます」
「ああ。頼む、爺」
執務室を離れたクレインは、廊下を歩きながらトレックに話す内容を整理していたのだが。
考えるうちに、頼む胃薬の量が増えていることに気づき――深い溜息を吐いた。
「……まあ。半分は自業自得だから仕方ない、か」
仕官希望者が殺到した原因の、半分はランドルフにあると言ったが。
責任のもう半分はクレインにある。
というのも。彼は武闘トーナメントのあとに仕官を断られた者たちに、誘いを出していた。
ダメ元で、一度断られていた面々にも仕官の打診を送っていたのだ。
そうして十三通の手紙を送ったところ――まさかの全員が承諾である。
冬になれば不作の影響で貧乏になり、仕官に応じる奴は増えるかな?
そんな予測は間違っていたのだ。
「貰った賞金で生活していけるんだから、受賞者の中に切羽詰まった奴がいなかったんだよな」
やるせなさそうに呟くが、その通りだった。
武闘トーナメントの入賞者は皆、数年は暮らしていけそうな金を手にしている。
急いで鞍替えする必要の無かった武士が、何人もいたのだ。
しかし今回はトーナメントを開いていないので、巨額の賞金を手に入れた者などはいない。
全員、生活に困ったままだ。
金に困っているから大会に訪れたのだし。
献策大会にやって来た者のほとんとが、あの時点でもう経済的に苦しかったのだ。
しかも大会が開かれたのは8月。本格的な不況が訪れる前でそれだった。
「先に思い出せよ俺。自分で言ってたじゃん……。冬になれば、もっと安く人材を買い叩けるって」
賞金を手に入れる機会が無く。
大会があった時期より貧乏になっており。
しかも仕官者の待遇は思ったよりもいい。
「いや、本当にダメ元だったのに……。王都の名門道場で師範をやっていた人間が、小隊長の誘いに乗るとか何の冗談だよ」
色々な条件が揃った結果、クレインが「これは足元を見過ぎかなぁ?」と思う求人でも、相手から見れば好条件に見えたらしい。
「あー、むしろ、あいつらに対応する事務方がほしい」
そんな願いも空しく、集まってくる人間の大半は、脳みそまで筋肉でできていそうな猛者ばかりである。
そんなことをボヤキつつ、トレックが待つであろう応接室に歩みを進めたクレインだが。
玄関の方からまた、「たのもーう!」という声が聞こえて来て、彼は右手を顔面に当てながら天を仰いだ。
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実務経験が無く、どこからも推薦が無く、小学校すら卒業していない男。
ランドルフ程度の者であそこまでの好待遇が得られるならば、自分も厚遇してもらえるはずだ。
そう考えた腕自慢たちが集って来ました。「隗より始めよ」の武人版です。
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