弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

26回目 当たり前の話

公開日時: 2021年5月6日(木) 13:31
文字数:4,220



 思わぬ反撃を受けて撃沈しかけたクレインだが、よくよく考えれば今日は毒殺事件の三日前だと思い出した。


 トレックに手紙を出したあと、彼は寝室に戻り。

 前回までの反省を活かして今回の行動指針を決めるべく、いつものメモ帖を取り出して机に向かう。



「まず、トレックを味方に付けること。これは間違い無くやっておくべきだ。同じ流れになるように気を付けなきゃな」


 思わぬ・・・敵対勢力が出現して顔色が悪くなるところまで、再現できるだろうか?

 そう不安になるが、気分がいいことではないのは事実なのだ。

 恐らく問題はないと片付けて次に進む。


「毒殺を暴くまでの動きは完璧。問題は、その後どう動くかなんだが……」


 ここまで集めた情報から、クレインの上司となっている第一王子はヘルメス商会が敵だと分かった上で、今後も利用していく方針のようだ。


 そして、ここで前回の動きを振り返ってみると。

 サーガを拷問にかけた時点で、ヘルメスは早々に損切りを開始していた。


 例えば東の情勢であるとか、ラグナ侯爵家とのつながりであるとか。

 何らかの情報が漏れると判断した瞬間。ヘルメスは前回同様、一気に手を打ってくることだろう。


 クレインとしてはそれを避けたい。

 つまり、毒殺未遂を起こしたサーガを拘束して、尋問するという選択肢は消える。


「いっそのこと何も知らない無能な坊ちゃんを演じた方がいいか? いや、しかしそれで本当に無能に見られると……制裁が待っていそうな気もする」


 例えば丸く収めるために、毒殺を初めて防いだ直後と同じ動きをしたとして。



『サーガ商会の陰謀に巻き込まれたが、敵は倒した! いやあ良かった!』



 それでノコノコと引き下がれば、無能の烙印を押されて上司から消されかねない。


 仮に今回は生き残れたとして。ブリュンヒルデから王子へ出される報告書へは、確実に失点として書き記されるだろう。

 つまり、次回以降に詰む確率が高くなってくる。


「えっと……。つまりトレックを味方に付けたあとは毒殺を防ぎつつもサーガは捕えない。その後どうするかだな」


 毒殺を防いだ時点で加点してほしいクレインだが、そこまで甘くはないと分かっている。


 敵だと分かっている勢力からの助力を受けさせた時点で、「気が付くかどうか」と、「気づいてからどう動くか」を見られているのは間違いないのだ。


「どうすればいい? 真犯人に気づいているが、敢えて見逃しました。という雰囲気をかもし出すには、一体どうすれば……」


 クレインが机に向かって唸っていれば。

 やがてバケツと雑巾を手にマリーがやって来た。


 手早く拭き掃除を済ませていくが、彼女は明らかに動揺している。

 ノックを忘れて入ってきた上に、時折横目でチラチラとクレインを見るという挙動不審ぶりだ。


「……なあ、マリー」

「ひゃいっ!」


 声を裏返しながら、ビクっと全身を震わせたマリーは。頬を赤く染め上げ、もじもじと手先を遊ばせつつクレインの方を見た。

 ただし目線は合わせず、どことなくぎこちないままで。


「な、なんですかぁ? そんなに私の髪に触れたいんですかぁーもうー」

「いや、それは一旦置いておきだな」

「あ……いえ、一旦・・なんですね」


 恥ずかしい思いをした手前、クレインとしても役得は欲しいところだった。

 殺伐としたループに、彼は癒しを求め始めたのだ。


 とまあ、そんな話はさておき。

 銀山の時はマリーの発言から活路を見出した経験があるクレインは、今回も何らかの発想が出てこないかと期待していた。


「うーん、どう聞こうか」


 クレインは何とかして言葉を捻り出そうとしたのだが。

 しかしこれは、意外と難題だった。


 商会長たちが俺を暗殺しに来ていて、下っ端が役目を押し付けられた。

 しかし首謀者は別にいる。


 事件を追求することはできない。

 やれば上司である第一王子と、侯爵家を巻き込んで全面戦争に突入する可能性が大だからだ。


 しかし真犯人に気づいていることをアピールしておかないと、自分の身が危ない。


 置かれた状況を整理すれば、関係がかなり複雑に絡まっている。

 そんな話をどう例えたらいいのかは、彼にも分からなかったのだ。



「……あー、マリー。例えば、よその貴族が、うちに遊びに来ていたとしてだ」

「え? はい」

「その貴族の息子が屋敷にイタズラをして、ハンスの奴がそれに気づいたとする」


 この例えで合っているのかは分からないとして、ダメなら別の例えを出せばいい。

 そう思い、微妙な表情でクレインは続ける。


「で、実はそのイタズラは。親の貴族が俺のことを気に入らなくて、評判を下げてやりたくて息子に命じたことなんだ」

「ん、んんー?」

「……俺としては親と揉めたくない。しかし俺は、親が敵対的な行動に出ていることを知っているとしたら。ハンスが評価を下げずに済む方法は何か無いかな?」


 この例え話が実際にどうなっているのかと言えば。


 クレイン=第一王子で。

 ハンス=クレインだ。

 屋敷に遊びに来た貴族はヘルメスで、子どもはサーガになる。


 しかし何という頓珍漢な質問なのだろう。

 クレイン自身がそう思っても、これ以上の言葉がぱっと出てこなかった。


「クレイン様は、親が主犯だと知っている……?」

「ああそうだ。ハンスもそれは分かっているからさ、子どもを捕まえて終わりだと「お前は真犯人を見抜けなかったのか?」って俺からの評価が下がるだろ?」


 マリーも不思議そうな顔をしたり。

 そもそも「質問の意図がまるで分からない」という顔をしたり。


 まあとにかく反応は微妙だったが、彼女なりの答えはすぐに見つかったらしい。



「えっと、クレイン様に報告すればいいんじゃないでしょうか。ハンスさんが」

「……うん。そうだよな」


 相手が貴族大商会という時点でハンスクレインの手に余る。

 そんな状況になれば間違い無く、上司であるクレイン第一王子の判断に委ねるのが正解だ。


 相手が貴族だろうと、その子どもだろうと関係ない。

 取り敢えずクレイン第一王子に報告だ。


「当たり前の話、だよな」

「当たり前の話ですねぇ」


 何を聞いているのだろう。

 という顔をしているクレイン。


 何を聞かれているのだろう。

 という顔をしているマリー。


 両者は一瞬見つめ合い。

 朝の一幕を思い出して、すぐに目を逸らす。

 そしてマリーは仕事が終わったと言わんばかりの顔をして、バケツを回収した。


「さ、さー。次は廊下の窓を、拭きにいかなくちゃ」

「そ、そうだな。お勤めご苦労様」


 実際にはクレインの部屋の拭き掃除が、ほとんど何もされていないのだが。

 とにかく、問題の解決方法は見つかった。



「報告する。それで終わりだ」



 何も自分で全部処理をする必要は無い。

 ヘルメス商会をアースガルド領へ送った時点で、王子の方に何らかの考えがあるのだろう。


 であれば、「犯人には気づいています」と報告して。

 その後の処理はブリュンヒルデに任せてしまえばいい。

 それが彼の下した結論だった。


「そうだよな。冷静に考えたら俺、あの人たちの争いに巻き込まれただけなんだし」


 これが、自分が関わる利権争いならまた話は変わるだろうが。

 今回についてはクレインの与り知らないところで発生した政治的な問題、その余波を食らっただけになる。

 これは別段、彼に責任は無い事件だ。


「トレックの言う通りだ。支援してくれる商会が一つ減りましたってだけの話だよ。俺は一体何に悩んでいたんだろう?」


 理性が崩壊して暴走していたからと、慎重になり過ぎただろうか。

 それともブリュンヒルデの圧倒的戦闘力に恐れを為して、確実に穏便に行ける道を探して――考え過ぎたのだろうか。

 そう自問自答するが、いずれにせよ答えは簡単だった。


 やろうと思えば徹底的にヘルメスを叩ける場面だが、叩けば争いは激化する可能性が高い。


「それを理解した上で見逃しましたが、何か行動の指示があるなら別途お知らせくださいってところか。どう伝えようかな。……というか……なんだ?」


 つまり今回の最適解は、適切なタイミングまで動かないこと。

 ベストを尽くさずに、待機すること。


 そんな結論になった。

 どう見ても、これが正しいと分かる。

 しかしクレインはモヤモヤしている。


「なんでかな。どうしてか違和感があるんだが……」


 これが正解のはずなのに、何故かしっくりとこないクレインは――少し考えてみた。

 そして、五分ほどして考えがまとまる。



「ああ、そうか。今までの繰り返しの中では、ずっと答えを探してきたからか」


 今までは、死なないような選択肢。つまり正解の道を選びながら進んできたのだ。

 ところが今回は全問正解すると、逆に0点へ戻されるトラップ付きになる。


「満点を取らないことが最上。八割で止めるのが最高得点って感じだな。そりゃあ違和感もあるわ」


 ラグナ侯爵家との戦力差は三十倍ほどあり、これを埋めるのは容易ではない。

 生き残りのためには全身全霊を籠めて、最短かつ最高に発展する道を選ばなければいけなかったものが。


 ここにきて急に、手を抜く必要が出てきたのだ。


 今までは百点を超えて二百点、三百点と稼げる道を探して進んでいたのだから、八十点でいいと言われて困惑している。

 自分の置かれた状況はそんなものだろうと推測してクレインは頷く。


「よし、整理ができた。納得もできた。だがいきなり報告書を出しても不自然だからな。毒殺事件の状況を見て、自分なりに推理してみました……というてい・・でいくか」


 必要であれば、追加の情報を出してもいい。


 サーガ商会が東方でどんな扱いを受けているのか。

 暗殺に成功した場合、ヘルメス商会の展望はどうなっていたか。


 それくらいの情報を出して、評価の加点を狙ってみてもいいだろう。

 そう決断してから、クレインはふと思う。


「あまり気を張り過ぎてもいいことは無いな。少し遊び心を出してみよう」


 むしろ遊び心を出した結果、役得はあった。


 マリーと甘酸っぱい雰囲気になったり。

 ブリュンヒルデとイチャイチャできそうだったりと、いいことはあったのだ。


 それを思い返して表情が緩みそうになったクレインは――すぐに気を取り直す。


「ブリュンヒルデとイチャイチャってなんだよ……。まあいい、そうだな、彼女への報告は、推理小説風でいってみるか?」


 そうすれば、切れ者で優秀っぽく見えるかなー。

 などと呟きながら。彼は三日後の推理披露に向けた、台本を作り始めた。



 結果としてはブリュンヒルデから合格判定が出て。


 政治的な問題をクリアしつつ、領内の発展は急速に進んでいくことになった。



――――――――――――


 そして話は「26回目 困ったこと」へ戻る。


 ということで、二章終了。

 次話から始まる三章は、軍備編になります。

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