「治安維持を名目に兵を増やしたし、周辺の足場固めも終えた。食料だけはどうにもできないが、基盤はできたわけだ」
「はい、閣下」
時期は春を通り過ぎて、二年目の夏を迎えた。
もう領内の収穫だけでは食を賄えないので、今年の収穫が例年通りなら売却できるという領地や商会を新規に掘り起こし。
細々とした政務は片付けてきたものの、できたことはそれくらいだ。
「ラグナ侯爵家が何を仕掛けてくることもなく、財力も兵力も補充できているな」
「ええ。表面上は平穏で、良いことかと」
今回の人生。26回目は死ぬこともなく長生きができているし、兵士は順調に増えている。
三年間ほぼ無税という政策を実行した結果、荒れ果てた北部地域も再建が進んでいるので。
アースガルド領では全ての物事が順調に進んでいた。
「となれば次は、旗印の殿下と歩調を合わせていきたいんだが。……王都の方はどうなっている?」
クレインの領地は人口8万人ほどとなり、最大兵力は8千を数えるようになった。
しかしラグナ侯爵家の最大動員数は推定20万。
過去に送ってきた軍勢だけでも3万という大所帯だ。
単独で戦っては勝ち目が無いので、クレインとしても王子の味方集めに期待したいところだったのだが。
「成果は芳しくないようですね」
「……そりゃそうだ。中央を牛耳っているラグナ侯爵家と、真っ向から事を構えようとする奴なんてそうそういない」
トレックたちだけでなく。アースガルド領へ古くから出入りしている商人たちも、定期的にラグナ侯爵家の黒い噂を持ってくるようになっていた。
敵対すればどんな末路が待っているかも分からないので、中立を維持しようとする者が大半だろうなと、クレインにも予想はできる。
しかし彼がそう言えば、ブリュンヒルデは不思議そうな顔をしていた。
「閣下はすぐに殿下のお味方となられましたが、何故でしょうか?」
味方になって一年が経つので、今さらではある。
しかし確かに、これはもっともな質問だった。
王子は中立でも許すと言い、暗殺されかけていた事実は無かったことになっている。
クレインは中央へ興味が無いことなど既に知れているので、本格的に味方となるメリットは何も無い状況だ。
――まさかループの事情を話すわけにもいかないので、彼はそれらしい言い訳を咄嗟に考えていく。
「そうだな……侯爵家が拡大路線を続けるとしたら、対抗勢力はどこだ?」
「まずは近場の北伯、そして領地が隣接している西伯でしょうか」
いずれも名の知れた大貴族だが、仮にラグナ侯爵家が謀反を起こせばロクに抵抗はできない。
現時点でもそうだが、再来年にはもっと差が広がっているからだ。
「しかし、いきなり大物に手は出さないだろう。東西、それと北の伯爵は隣国と国境を接しているし、放置しても問題ない」
基本的に各方角の伯爵は辺境伯だ。
東の情報はそれほど入ってこないが、クレインが伝え聞く話では異民族との闘いに明け暮れているらしかった。
西と北は落ち着いているものの。
それでも何かあれば外国に攻め込まれるのだから、下手に動くことはできない。
南伯は海沿いまでの領地を持っており、外国とは海を越えて貿易をしている。
つまり南伯以外の大勢力は、いずれも背後に敵を抱えている状態だ。
「伯爵家より少し内側に侯爵家。そんな配置になっているのだから、いざとなれば外国の勢力を利用して立ち回れる。すると手を付けやすいのは西側か、東方面だ」
北伯は言わずもがな。西へ拡大しすぎれば外国と接することになり、上策とは言えない。
クレインがラグナ侯爵の立場だったとしても、西伯は圧迫せずに、防波堤として残しておくはずだ。
ならば東しかないのだが、東へ行く道は大まかに二つある。
王国の北にある険しい山脈を通行するか。
王都から東へ伸びる街道を出て、どこかの領地を経由していくかの二択だ。
そこまで状況を確認してから、クレインは面倒くさそうに言った。
「東へ行くルートはいくつかあるが。一番道が整備されていて、大軍が通るのに便利な場所はうちだからな」
「将来的に、目を付けられる可能性があったということでしょうか」
「そうだ。アースガルド領と東の男爵領を制圧してしまえば、東側の勢力もブロックできるし。北、西、東の要所を押さえたら中央で好きにできるだろ?」
事実として将来はそうなる。
そこまで勢力を広げれば王家よりも力を持ちそうなものだが、そこまで来たら南伯と南候の力だけではどうしようもない。
要するに、現状でアースガルド家がラグナ侯爵家の手に落ちれば相当な痛手だ。
第一王子というか王家は、ほぼほぼ詰むことになる。
「つまりラグナ侯爵家の天下を阻もうと思ったら、うちが陥落するわけにはいかないんだ。殿下もそこを理解されていたから、俺に声をかけたんだろう」
「そうですね。一因ではあるかと」
実際には。
銀山を持った新進気鋭の子爵家が敵に回ると厄介だ。
という理由で探りを入れられたと知っているクレインだが、地政学的にはかなりの重要ポジションにいることも理解していた。
「俺が侯爵家に付けば甘い汁も吸えそうだが、彼らのやり方はあまり好きではないからね。どうにかするならあのタイミングしかなかった、というのが本音だよ」
侯爵家をどうにかするには、第一王子が密談を仕掛けた来た時しかない。
それは事実だし、クレインも領地を守るためにはそれが最善だと思っていた。
言い訳を並べたが、ほとんどは事実と本心だ。
ここまで聞けばブリュンヒルデも納得が行ったらしく、静かに頷く。
しかし王子側に付いたはいいが。
味方の勢力が整わないのでは、ただ侯爵家から敵視されるだけの結果になってしまう。
「というわけで、殿下に支援を送ろうと思う。人材は……まだ文官不足だからな。金銭を運び入れてくれ。マリウスの奴に準備させているから、すぐにでも出せる」
「畏まりました。では、早速取り掛かります」
金で転ぶような味方は信用できないとして、工作活動や社交には金がかかるのだ。
パイプとなっているブリュンヒルデに資金を持たせて送り出せば、あとは王子の方で上手くやるだろう。
そんなことを考えながらも手は動かす。
クレインは裏方のマリウスへ、裏金拠出を命じる命令書を書き上げてブリュンヒルデに渡した。
「これは内密の話でもあるし……近況報告がてら、君が直接向かってくれ」
「承知致しました。支度が終わり次第ここを発ちます」
足早に輸送の準備へ向かったブリュンヒルデを見送りながら、クレインはボヤく。
「南伯とのやり取りは親密になってきたから、今度は東伯を味方につけたいところだが。あちらもヘルメス商会の手が伸びているとすれば……さて、どう動くか」
頭を悩ませながらも、ブリュンヒルデの圧力から一時的に開放されたのだ。
この日から数日間のクレインは、いつもよりぐっすりと、スヤスヤ眠れたらしい。
◇
ラグナ侯爵家の手足となって動く商会が邪魔だが、何とかして出し抜けないか。
その方法を思案しつつ内政を回して、数日が経った頃。
クレインにとってはトラウマ物の事件。
本来の時期通りに、その話はやってきた。
「アースガルド子爵、ご無沙汰しております」
「ええ、お久しぶりです。直接お越しになるとは、何か重要なお話ですか?」
「まあまあ、お話に入る前に。まずは近況のご報告でも」
商隊と共にやって来たのは、南伯と呼ばれるヨトゥン伯家の文官だ。
三代に渡り伯爵家に仕えてきた重鎮であり、懐刀とも呼べる人物である。
彼は今年の収穫が例年通りのため、食料の買い付けを増やせること。
外国産の麦など輸入できる算段が整ったので、そちらも融通できることなどを告げてきた。
もちろん嬉しいニュースなのだが。
重要な話が待っていると聞いたクレインはもう内心でビクビクしていた。
まさか、アレかと。
「ヨトゥン伯爵は、今後も良きお付き合いを続けていきたいとお考えでして」
「え、ええ。それはこちらも同じですが」
「結構。では、本日はめでたき話をお持ちしました」
付き合えば色々といいことがあるよ。
今まで語ったことは全て、メリットを示すための前置きであり。
にっこりと笑う男は――
「いかがでしょう、アースガルド子爵。当家のお嬢様とご婚約を結ばれては」
という。
クレインがずっと警戒していた即死カードを切ってきた。
応じれば東伯と全面戦争。
応じなければ南伯の不興を買う。
少し前なら話は別だったが。北部に飢えた領地を抱えた今、南伯との関係が途切れたら本格的に詰むだろう。
ここに来て生じた大問題に、クレインの心臓がバクバクと音を立て始めていた。
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受け入れる → 伯爵襲来
拒否する → 食料危機
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