さて、どうにかこうにか朝食を済ませたあと。
ブリュンヒルデに執務の代行を頼み、クレインは一人で部屋に籠った。
今日は8月19日。
毒殺が起きるまでに、あと三日は時間がある。
「サーガとヘルメスの間に、どんな密約があったのかは知りたいところだな」
クレインは机に向かうと、改めて、今回の事件で不明な点を洗い出していった。
一、そもそも何故サーガたちは、クレインの毒殺を目論んだのか
二、毒殺によって、誰にメリットがあるのか
三、ブリュンヒルデは何故クレインを殺害したのか。
調べたい項目は、大きく分ければこの三点だ。
クレインとしても無駄に死にたくはないので、できることなら今回のループで片付けるつもりでいた。
不明点をあらかた書き出してから、クレインは順番に推測を立てていく。
「あいつらが俺を殺したところで、金になるわけじゃない。となれば俺の暗殺を誰かに頼まれて、その見返りが用意されていると考えるのが自然か」
商業的にはかなり優遇しているはずなので、一番目の疑問にはそう予想がつく。
それがそのまま二番に繋がり、「クレインを暗殺することで、誰が得をするのか」を。つまりは依頼主を考えてみる。
しかしいくら頭を回してみても、彼には一向に分からない。
「ラグナは論外だ。西部で手に入れた領地がまだ安定していないから、東に手を付けられる時期じゃない。東伯からすればアースガルド家は飛び地になるし、東伯のものにする大義名分も無い」
自分の命を狙う存在を想像した時。
彼は真っ先に、対立したことのある二家を思い浮かべた。
しかしどちらも、今の時期に手を出してくる可能性は低いように思える。
そうして別な可能性を考えれば――もう一つしかない。
「ブリュンヒルデが襲って来たところを見ても、殿下の思惑はどこかで絡んでいるはず、っと」
消去法で選ばれた大本命は、最近友好関係を築いた第一王子周辺ということになる。
だが、仮に王子が黒幕だったとしたら別な問題が出てくる。
クレインには自分が狙われる理由が、さっぱり分からないのだ。
確かに莫大な富を生む銀山は魅力的だろう。
だが、まだ整備は全く終わっていない。
仮にクレインが王子の立場に居たなら、少なくとも鉱山をいくつか作り終えたところを狙う。
それか、安定した利益が上げられる体制が整った段階で手を出す。
「育っていないものを奪い取っても、管理の手間が増えるだけだ。銀山を欲しがっているわけではないとすれば……なんだろうな」
銀山を今の時期に奪うメリットは薄いという、利益的な部分を置いておくとしても。
そもそも今のクレインは、王子と共闘関係にある。
彼が見たところ、味方探しに苦心していたようなので。
折角結んだ関係を、わざわざぶち壊しに来るだろうかという疑問も残った。
――表面上は友好的だが、裏で暗殺を目論んでいる。
などという話がクレインに知れたら、そんな関係はすぐに崩れ去るのだ。
自分の手足となる領地持ちの子爵を見捨ててまで、子飼いの商会に己を殺させることのメリット。
そんなものは、クレインには考えつかなかった。
「だあああ! 分からん! 殺される意味が分からなければ、今の時期っていうのが分からん! 誰が得するんだよこれ!?」
結果としては容疑者全滅である。
怪しい人間は山ほどいるが、動機が分からないのだ。
――サーガが実行犯で、どこかにヘルメスが絡んできそう。
毒殺事件の経緯にそんな推測を立ててから、何も進んでいない。
小声で喋ることも忘れて――クレインは頭を抱えていた。
誰にどんな目的があって、どう得をするのかを考えてみても、一向に答えは見えてこない。
「サーガ商会、ヘルメス商会、ブリュンヒルデ……ううむ」
誰も彼も第一王子の命令で、アースガルド領に集ってきた。
だから必ず王子の意向はどこかに潜んでいるはずだ。と、予想するのが精いっぱいだ。
考えても分からない首謀者のことは一旦置いておき。
彼は最後の疑問である、ブリュンヒルデが何故殺しに来たのかを考える。
「そうだ。一番分からないのはブリュンヒルデだ。どうして殺しに来たかな」
ヘルメスと王子が共謀して、クレインを殺しに来た可能性は低い。それが彼の見解だった。
それこそメリットが皆無だからだ。
仮に王子がクレインを暗殺したいだけなら、最初からブリュンヒルデに暗殺を命じればいい。
彼女が敵に回った瞬間に死亡が確定するし、人知れず始末できるくらいの腕前はあるだろう。
だから、わざわざ「商会に毒殺させる」というワンクッションを入れる必要がない。
「ブリュンヒルデは俺を尾行していた。で、俺が殺されたのは商会に突入する直前だ。ヘルメス商会を家探しされたら困るのか、それとも俺がヘルメスが害すると見たか」
一、何らかの共謀が明るみに出るのを恐れた。
二、ヘルメスに危害が及ぶ危険性を排除した。
クレインが状況から考えた時、ブリュンヒルデが動いた理由として考えられるのはこの二つだった。
一通りの可能性を手帳に書いてみてから、字面を見つめて彼は唸る。
「どちらかと言えば……いや、両方か? 手を組んで怪しい動きをしていて、そのパートナーが俺に殺られそうだったから助けに来た、とか? いや、でも、本当に裏で手を組んでいるのかは分からないし、ええと……」
思考回路がパンクしそうになったクレインは、五分ほど唸り続け。
――やがて、考えるのをやめた。
「やめだやめだ。自分で考えて分からなかったら人に頼る。それが正解だ」
あっさりと自己解決を放棄した彼は、マリーにやったのと同様に――人の力を使うことにしたらしい。
今回の事件を相談するとしたら誰が適切か。
候補を思い浮かべてから、彼は二人の人間に目星を付けた。
「まずはトレックに話をしてみるか。その展開次第で、ハンスをどう使うか決めよう」
そろそろ会合の時期とあって、トレックは領地に先乗りしている。
しかし色々な集まりに顔を出しているらしく、彼がどの日に、どこに居たのかは全く覚えていない。
だからクレインは、まずアポイントから始めてみた。
「王子とブリュンヒルデは置いといて、先にヘルメス商会のことを洗おう。……蛇の道は蛇ってやつだ」
商人のことは、商人に聞くのが一番早い。
そう思い、彼は手紙をしたためた。
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