「ん? ああ、死んだのかな? 毒殺か何か知らんが、死んだ時の記憶が残らないのはやりにくいな」
クレインは目を覚ますと、調度品がしっかり消えていることを確認してから伸びをした。
問題は今日の日付が4月に戻っているかどうかなのだが、そこは恐らく大丈夫だと胸をなでおろす。
「布団が冬物だし、8月でこの気温はないな」
着ている寝巻も冬物であり、四月に戻っていることは疑いようもない。
しかしクレインは冷静に状況を分析できていることに気づき、がっくりと肩を落とす。
「……死ぬのに慣れるのは嫌なんだが」
ここ二回は苦痛なく死んでいるものの、段々と命を投げ捨てるのが普通になってきている自分がいる。
ラグナ侯爵家との件が無事に終わったとして、平和になった後まで平気で命を投げ捨てそうな気がしたクレインは身震いをした。
「それにまた、死ぬ気で交渉しなきゃいけないし」
銀山を見つけて、王宮でそれを報告して。
第一王子とのやり取りを潜り抜けて。
領地を発展させつつ、またあの会合に辿り着く必要がある。
が、ここで一つの問題が生じていた。
「何より、もう道順はうろ覚えだ。下手にいじるわけにもいかないが、どうするか」
4月に戻れるか否かという確認。
暗殺事件の犯人捜し。
両方に気が行った結果、会合を開くまでの道筋の精査を忘れていたのだ。
何度となく繰り返した、ここ数日をなぞるのは完璧にできそうなクレインだが。王子との交渉を終わらせてからの数か月は話が別だ。
あの会合以外では一度もやり直していないのだから、全部が全部同じようにできるかと聞かれたら恐らく難しい。
前回の領地開発で上手くいかなかった政策を修正したりすれば、周り廻って会合では殺されない可能性も出てくる。
何がどう影響してくるか分からないので、失敗も成功も前回通りにする必要があるのだが。
「まあ、大筋で一緒なら大丈夫だろ、多分」
既にリスタートしているのだから、今さら考えても仕方がないと彼は頭を切り換えた。
暗殺されなければ、もちろんそれに越したことはない。
しかし、もし何も起きなければそれはそれで、裏切りそうな人間を身内に抱えたまま進むことになる。
できれば早いうちに犯人を特定したい。
そう思いつつ。しかし前回は犯人の特定ができなかったことを思い出して、また凹んだ。
「……結局死んだしな」
一番動機がありそうな最大手と最弱の商会を除き、トレックから渡された胃薬にも手を付けなかった。
だが死んだ。
容疑の一番濃そうなところから攻めたものの、結果としては全て空振りだった。
「だが、俺は諦めないぞ。絶対に犯人を炙り出してみせる」
まずは記憶が新しいうちに、前回やったことをメモに書き出さねば。
そう決意したクレインは、カーテンを開けて朝日に叫ぶ。
「やるぞ! きっと見つけてみせる!」
やる気満々で空に宣言するクレインの背後には、ノックもせずに入ってきたメイドがいたのだが。
「……あの、クレイン様? 何を見つけるんですか?」
「えっ!? あ、ま、マリー。……夢、とか?」
「…………クレイン様。私は応援していますよ」
そう言って、そっと扉を閉じ、彼女は出て行った。
見てはいけないものを見たような表情だったのだが。今回は勢いよく逃げて行かなかったので、クレインとしても追いかけられず。
「うおお……何だよ、夢って……!」
主人の、青春の恥ずかしい一ページを見てしまった。
というメイドの誤解を解けないままに。
また一つ、彼の黒歴史が増えることになった。
◇
「……なあ、ブリュンヒルデ」
「はい、閣下」
「毒殺を防ぐ、いい方法とかない?」
クレインは覚えている限りで前回と同じ道を辿り、ブリュンヒルデが秘書に就任するところまでは辿り着いた。
どうにか前回の記憶を掘り返して、似た状況を作り出すことには成功したことになる。
彼女のことを最初はシグルーン卿と呼んでいたクレインだが。配下に対して遠慮し過ぎだと進言され、基本的には出向組のことを名前で呼ぶことになっていた。
もちろん会話の内容に細かい違いはあれど、おおむね前回通りに進んでいる。
さて、何とはなしに切り出したクレインだが、書類の決裁中に飛んできた話題としては変わり種だ。
どうしていきなり暗殺の話になるのかと、ブリュンヒルデは顔を上げて聞き返す。
「毒殺ですか?」
「ああ、今まではそんなものと無縁だったが、これからは警戒する必要がある」
彼女と行動を共にするようになって一ヵ月が経ち、いくらか打ち解けたと思えるようになった頃。
クレインは政務の合間を縫って、会合に向けて動き出すことにした。
第一王子の付き人をしているくらいなら、暗殺への対策には詳しいだろう。
そう思ったクレインが何気なく尋ねたみたところ。彼女は思案顔になってから――すぐに提案を思いついたらしい。
「そうですね……。大抵の毒は、銀食器で回避できます」
「なるほど、銀食器か。そう言えば、そんな話を聞いたことがあった気がする」
毒殺など警戒したこともないクレインだが、高確率で一服盛られているのだ。
銀の食器など屋敷には置いていないが、幸いにして銀自体は産出するようになっている。材料はあるのだから、あとは作るだけだ。
「しかし、うちの職人には食器の加工技術なんて無いからな……南伯にお願いしてみるか」
「遠い御親戚、なのでしたか」
そう言いつつブリュンヒルデから送られてくる視線を前に、クレインは心臓が飛び跳ねそうになった。
別に鋭い視線と言うわけではない。ましてや殺気など感じられない穏やかな眼差しなのに、だ。
人から向けられる感情へ敏感になっているクレインは。
優しい瞳はそのままに、目の前の秘書から探るような雰囲気が出ていることを微かに感じ取っていた。
「ああ、こちらとしては関係を望むべくもないと思っていたが。先代の南伯が、アースガルド家のことを気にかけてくださったようでね」
しかし、視線の理由などすぐに分かった。
第一王子の質問に「親戚づきあいは薄い」と言っておきながら、畑の賃貸借契約やその他の細々した取引は、領地の経済に大きく関わっている。
更に技術提供のお願いができるほどの関係があるのなら、王子へ嘘を吐いたことになるだろう。
前回の人生で冷害対策以外の関係と言えば、日用品などの輸入のみだった。
だから特に問題視されなかったようだが。
主力商品である銀の商いを増やすとなれば、警戒されても仕方が無いのかもしれない。
返答を間違えたら今夜にでも暗殺されるかと思いつつ、クレインは笑顔でお茶を濁していく。
「この間、ご機嫌伺いの手紙を送ってみたら。予想よりも好感触だったんだ」
「……左様でございますか」
「うん。殿下から親戚づきあいは無いのかと聞かれた時。そういう関係を築いた方がいいのかと思ってね。ダメ元で色々と手は打ってみたんだよ」
本格的に付き合いを増やせばお嬢様との縁談が待っているだろう。
だから大手商会を招き入れてからは、王都方面からの輸入をメインに増やして来たのだ。
一応東方面にも手を広げてはいるが、主には王都の経済圏に入ろうと頑張っているところである。
しかし儲け話に全く噛ませないのも、親戚からの印象は悪いだろう。
バランスを取って南との商売も増やすと言えば筋は通る。と、クレインは何でもない風を装って軽く答えた。
「そうですね。今後もことを考えれば、友好的な関係の家は増やすべきです」
「まあ、商売一つでそこまで友誼を結べるわけもないが。やっておくだけ損はない」
「ええ、良いことかと存じます」
内心では「セーフであってくれ。頼む。見逃してくれ」と大慌てのクレインだったが――どうやら秘書からの追及は逃れられたようだ。
彼女は書類の処理へ集中し始めたようなので、クレインも技術指導員派遣のお願い。その手紙を書き上げていく。
ヨトゥン伯爵領の特産品は農作物だが、職人へのツテはある程度持っているはずだ。むしろクレインと付き合いのある家で、そんな技術を持った集団との繋がりがありそうなのは南伯しかいない。
考えが全く読めない第一王子を相手に借りを増やすわけにもいかないので、この選択は正しいはず。
余計な攻防を強いられたが、毒殺回避のための策を打つには必要なことだ。
と、クレインは己を納得させた。
どうにか深く追及されることは避けられたようだが。謎の緊張により、クレインの胃にはダメージが入っている。
最早相棒となりつつある胃薬に手を伸ばしながらも、彼は会談に向けた準備を整えていった。
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