「だからお前ら誰だよッ!?」
銀山の情報が漏れたのだろう。
その後四回繰り返したが。クレインは毎回、凄腕の暗殺者を送り込まれて死んだ。
警備員を増やしてみたり、遠くまでお出かけして難を逃れようとしてみたり。
色々と対策を講じてみたものの、全てが無駄に終わっている。
最後は毎回同じ暗殺者にトドメを刺されたクレインは。もう覆面から覗く、優しい瞳が目に焼き付いていた。
「やべぇよアレ。……苦しみに満ちた現世から、今解放してあげるからね。みたいな、善意百パーセントの目をしてやがる」
利害が絡んだ欲望の目なら、「謀略なんかに負けない!」という情熱も湧いてきそうだが。
暗殺者から悪意を一切感じられないのが、逆に恐怖だったらしい。
「いや。しかしどうするかな……銀があっても、力ずくで奪い取られたんじゃ意味が無い」
そういった暴力から身を守るには経済力が必要で、経済力の基盤になるものが銀だ。
これはもう、タマゴが先か鶏が先かの問題である。
「ぐぬぬぬぬ……何か、いい手は……」
と、唸っていれば、メイドのマリーが入室してきた。
しかし彼女はベッドで唸る領主の姿を見て、不安そうな顔をしている。
「おはようございます。大丈夫ですか? クレイン様?」
「あ、ああ、おはよう。モーニングコール、ご苦労様」
彼女の記憶がリセットされていなければ、定期的に、朝一番から怒りを燃やす情緒が不安定な男と見られただろうか。
ともあれ、何にせよリスタートだ。
開いたカーテンから差し込む朝日を浴びて、クレインはたそがれていた。
「あの、嫌なことでもあったんです?」
「嫌なことと言うか……なぁ、マリー。君がお宝を持っている時、目の前に山賊が現れたらどうする?」
おはようの次に出てきた言葉がこれなので、返答に詰まったマリーだが。
領主からの質問なので、彼女は取り敢えず想像してみた。
「山賊なら、多分お宝と私をセットで持って行っちゃいますよね? ほら、私は可愛いので」
「そう、それ! まさにそれ!」
長めの茶髪をさらっとかき上げたマリーだが。ジョークを真正面から肯定されて更に言葉に詰まった。
しかしクレインからすれば、その例えはバッチリである。
魅力的な銀山を狙う暗殺者たちが、宝を持っているクレインまで害する。
クレインは今まさに、その状態に立たされているのだ。
「そんな時、君ならどう身を守る? あ、ちなみにその宝は母親の薬代で、絶対に失いたくないとして」
「うわっ、急に条件が増えましたね。ええっと、どうしますか……」
何やら真剣な顔つきの領主だが――非力な自分が身を守るとしたら、交渉以外の道はないだろう。
そう思ったマリーは、素直に。
それが現実に起きたらどうするかを考えてみた。
「お宝を半分あげるから、見逃してくださいってお願いをしますかね。少しでも手元に残れば、薬も買えなくはないでしょうし」
「……なるほど」
その状況では高確率で宝を全部奪われて、マリーは売り飛ばされるだろうが。
解決策をクレインに当てはめた場合――彼は、意外にいけそうな気がしてきた。
「なるほど、参考になったよ。やはり君はいいメイドだ」
「え? あ、はい。それならお給料を上げていただけると――」
「さあ、今日の朝食は何かなーっと」
「あっ、もう! 今朝もいつも通りですよ!」
料理人の負担を減らすため。前の日に申し付けなければ、一年のうちほとんどは同じメニューが出ることになっていた。
これは先々代の伝統であり、当然、今日もそうなっているのだが。
上機嫌なクレインはマリーのお願いを誤魔化しつつ、スキップをしながら食堂へ向かった。
まあ。事が上手く運べば、少しマリーの給金を上げようか。などと思いながら。
◇
「クレイン・フォン・アースガルド。謁見を許可する!」
「ははっ」
三週間後。彼は数枚の報告書を手に、王都まで来ていた。
銀山をもう一度掘り当てるまでに一週間、王都まで馬車で八日間。その後の二日間は謁見の順番待ちだ。
重要な会議がある時は重臣たちが勢揃いするのだが、今日は国王と宰相、第一王子他数名しかいない。
報告の内容は先に伝わっているはずだが、子爵が面会を求めてもこの程度か。
いや、二日待たされただけで予定に割り込めたのだから早い方だ。十二分に優先されている。
そう考えつつ、クレインは完璧な礼儀作法で謁見に臨む。
「クレイン・フォン・アースガルド。面を上げよ」
「はっ!」
そう言われた彼は跪いたまま、国王の胸元くらいに目線を合わせた。
伯爵や、何らかの特権を持った貴族なら立って普通に話をすることができるのだが。今の彼だとこの姿勢が正しい。
さて、事前に話は通っているが。跪いたクレインに対し、儀礼的に宰相が聞く。
「アースガルド領で銀の鉱脈が発見されたそうだな」
「左様でございます。詳細はこちらに」
両手で報告書を献上するポーズで待つこと数秒、傍仕えの文官がそれを掬い上げて国王の元に運ぶ。
受け取った報告書をまじまじと見て、やがて国王は、表情を緩めた。
「なるほどな。結構な範囲に鉱床があると」
冷静に言う国王だが、声が少し弾んでいる。
銀の不足が解消されるという点でもそうだが、クレインが差し出した報告書の末尾に付いている提案。
――別名、山賊への命乞い――それが刺さったようだ。
「で、利益の半分は王家に献上する、か。……正気か?」
国王がそう聞くのも無理はない。
一つの銀山から得られる利益の半分と言えば、アースガルド子爵家が稼いでいる全収入と同じくらいになる。
領外から人を呼んで採掘の量を増やせば、更に数倍の利益を叩き出すだろう。
正直に言えばクレインも手放したくはない。
だが、その権利を持っていれば殺されると分かっているのだから、これはもう仕方がなかった。
彼の策はここから先にも続きがあるが。
これはマリーが言うところの、「お宝を半分あげるから見逃して!」作戦である。
命乞い以外にもしっかりと狙いはあるので、クレインは落ち着いて答えた。
「はい、私は正気でございます」
「忠義の心、天晴である……と、言いたいが、何が狙いか」
王国の法律上。見つけた資源は領主が独占していい。
そこから得た利益から税は取られるものの、それは儲けの一割ほどだ。
王宮側が召し上げをチラつかせたわけでもなければ、アースガルド家の東南側は山脈と森林が広がるばかり。
難癖を付ける貴族がいるわけでもない。
だというのに、クレインは最初から全面降伏の態勢だった。
初手から権利を放り捨てた土下座外交の姿勢で臨んでいるのだから、国王には訳が分からなかった。
その疑問を見透かしたかのように、クレインは理由を述べていく。
「はは……私め如きが銀山を保有すれば、いらぬ諍いを招くかと存じます。であれば欲張らずに、最初から献上してしまうのが一番平和と考えました」
「確かにそうだな。ある意味、一番賢い選択か」
その言葉で、何となく国王にもイメージはついたらしい。
親戚から事業に噛ませろと言われて、面倒事になることは想像に難くないし。東方か北方の小領主たちが、連名で難癖を付ける可能性もある。
大義名分を気にせず、資源目当てで紛争を吹っ掛けられる可能性は確かにあった。
しかしここで、アースガルド側に大義があればどうだろう。
「王家のために銀を採掘しているのに、邪魔するのか?」
という最強の言い分が手に入るのであれば、地方の小領主たちなど黙らせられる。
ヴァナウート伯爵家はおろか、ラグナ侯爵家でも手出しはしにくいだろう。
だから問題は何も起きないはずだ、と、クレインは考えていた。
「しかし半分は行き過ぎだろう。普通は二割か、あっても三割か」
「陛下」
「気になるではないか。……なんだ? 伯爵位でも欲するか?」
折角くれるというのだから、黙って貰えばいい。
目でそう語る初老の宰相を横に置き、国王は献金の理由を尋ねる。
国王にとっては身内の毒殺事件以来。血生臭い事件ばかりで気分が沈んでいたところに現れた、久々のいい話。そして気になる話だ。
国王は心なしか明るい表情で、タネ明かしを迫るような雰囲気を出しているのだが。
一方でクレインは、理想の流れが来たことに興奮して。
ポーカーフェイスを維持するので精一杯になっていた。
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