「点呼は取り終わったか?」
「はい。おおよその戦果も取りまとめました」
マリウスが各隊の状況を確認してみたところ、被害状況と戦果は以下の通りだった。
味方の被害は正確だが、敵の被害は概算である。
◇
被害状況
クレイン隊 1000 → 975
グレアム隊 2000 → 1860
ハンス隊 300 → 274
ランドルフ隊 5000 → 4655
ヨトゥン隊 1000 → 1000
守備隊 2000 → 1890
戦果
クレイン隊 270
グレアム隊 500
ハンス隊 800
ランドルフ隊 1480
ヨトゥン隊 600
火計 800
アースガルド軍総被害 636名 6.36%
ヴァナウート伯爵軍総被害 約4500名 14.8%
◇
砦の大きさを考えれば、火計で三千人ほど巻き込めてもおかしくはなかった。
討てるのは砦に火が回る前に突破してきた者だけであっても、当初の予想だと五千人は討てるだろうと踏んでいたのだ。
しかし逃げ場がない敵を焼き払ったハンス隊の活躍を含めても、火計の被害は二千人ほどで限界だ。
ここは何度繰り返しても、増減は無い部分だった。
アースガルド家がいくら儲けているとはいえ。
軍事基地を使い捨てにするのだから莫大な金銭を使う。
だからもう少し巻き込みたいところではあったとして、現状ではこれが最高の結果となる。
「やはり三倍の戦果には、少し届かなかったか」
「もう少し手勢があれば別でしたが、別動隊を出している中ですので。しかし、あの戦巧者で知られる東伯が、ここまで見事に引っかかるとは……」
寒さ対策と銘打って大量の油を運び込ませたのは、砦を燃やすためだ。
そして砦を燃やしたせいで、予備の武具や食料までまとめて焼け落ちてしまった。
どうせ燃やすのに、何故ここまで準備したのか。
それは主に、東伯を欺くためだった。
「まさか一夜で燃やす砦の中に、貴重な食料を山ほど運び込むとは思うまい」
「ええ。東伯からすれば、本気で籠城する準備を進めているように見えたはずです」
アースガルド領は食料に困っていると、散々言ってきた。それは周知の事実だ。
だからこそ、敵も騙された。
今回燃やした食料は、釣りで言うところの撒き餌だった。
「しかし、ここまで準備したんだがなぁ……」
アースガルド領の本拠地を狙う別動隊は五千人ほどなので、それなりの備えが必要だ。
五回目の防衛戦では砦に戦力を集め過ぎて、別動隊を食い止められなかった。
六回目の防衛戦では戦力を別動隊にへ多めに割いたが、それも焼け石に水だ。
森に兵を配置して、先鋒を不意打ちで撃破しても意味は無い。
後詰はいくらでもいるのだから、敵が無限に湧いてきて圧し潰された。
七回目の防衛戦で火計を試してみたが、これも一度空振りしている。
砦を燃やすならハリボテでいいと思い。
運ぶ物資を削ってみれば、本気で立て籠もる気が無いと見られて火計を看破されたのだ。
敵の諜報には、それくらいの情報収集能力があるらしい。
これは結果として敵のほぼ全軍が別動隊に合流するという荒業で、砦を素通りされることになった。
別動隊を追おうとすれば、背後から奇襲部隊が降ってきて。
それを見た別動隊が即座に引き返し、挟み撃ちで全滅だ。
「だからこその策だったんだが」
「クレイン様、どうかなさいましたか?」
「いや、少し考え事だ」
敵の反応速度、移動速度が尋常ではないことを確認しつつの八回目。
クレインは敵を火計と伏兵に引っ掛けるため、全身全霊で策を練った。
まずは現状を振り返ったが、何はともあれ兵数が足りない。
砦に置く部隊を減らすと、正面突破は防げないし。
砦の兵を増やすと別動隊の攻撃が防げないのだ。
砦を捨てることを前提に戦略を立てて、伏兵で数が削れても。多少の損害お構いなしで攻め寄せてくればクレインが死ぬ。
無限に増援がやって来るのだから、いずれ飽和攻撃で破られる。
そして別動隊は、どうやらランドルフ隊でしか食い止められない。
砦の防衛指揮には不向きと見て奇襲部隊に対応させていたが、彼の配置は大森林での伏兵が正解だった。
しかしそうするとまた問題が出てくる。
ランドルフを森に配置すれば、崖の上から降ってくる精鋭部隊への対処が追い付かない。
マリウスとピーターは集団戦に不向きで、対処が遅れる。
グレアムを防衛戦から外せば、正面突破されるのが早くなる。
誰をどこに配置すればいいのか、パズルのピースを嵌めるように検討していき。
ベストな布陣が完成しても――進撃は防げなかった。
敵の後続を防がない限り、どう足掻いても勝ち目は無い。
敵の精鋭部隊への対処もかなり難しい。
だからこそクレインは思い切った。
砦を大炎上させて、敵軍を焼き払いつつ増援を遮断する。
そうすれば敵の先鋒を孤立させることができ、伏兵で始末できる数に収まったので。
作戦としてはこれで成功だ。
「確実にこれが最善か。これ以上は無い。でも、もう少しだと思ったんだが……」
狙った数より少ない戦果になるとはいえ、火計を成功させないと話にならない。
敵を欺くためには全部燃やすしかないと思い、半ばヤケで物資を運び込み。
これまたダメ元でトレックを火計指揮官にしたところ、意外といい働きをして奇襲部隊を燃やすことができた。
ついでに武官ではないトレックを活用することで、マリウスを追撃部隊の指揮官に使うことまでできた。
これで敵の最強部隊を撃破できるし、砦を燃やせば時間を稼げる。
ここまでは九回目の防衛戦で辿り着いたので、それ以後は微調整だ。
まあ、丸一日も経てば火は収まり。
再度の進撃を受けて、九度目の防衛も失敗に終わったわけだが。
「うーん。どう頑張っても、これ以上は無理だったか? 他に何か手は無かったものか……」
「何を仰います。大戦果ではございませんか」
ひたすら頭を回して落ち込むクレインに、マリウスは困惑している。
誰がどう見ても大勝利だし、奇跡に近い勝利だったからだ。
もちろん東伯軍に大打撃を与えることはできた。
伏兵の戦果も微上昇しているが、そこは敵の油断を誘えたことも大きいだろうか。
何せ総大将が入る砦は、兵数がたったの二千だ。
油断させるために、領主は軍事演習気分だという間抜けな演説まで打った。
まさか本当に東伯が来るとは思っていない。
あくまでパフォーマンスだ。
そんな噂も、まことしやかに流れていた。
というか流した。
あらゆる手で油断させて大戦果をもぎ取ったのだから、十分に健闘したと言える。
しかしこの作戦。
実のところ、クレインの狙いは東伯本人だった。
2回目の人生で東伯が攻めて来た時、伯爵自らがクレインの本陣へ突入してきている。
先頭を切るタイプだと思っていたし、これまでの戦いでも最前線に出たというのに。
彼は今回に限って、前線にいなかったようだ。
「変なところで冷静に、策を躱すんだもんな……。そこで冷静になれるなら、そもそも攻めてくるなよ」
そこはどんな展開になろうとも変わらず、東伯は野戦の時以外は前に出ないのだと悟る。
しかし残念なものは、何度繰り返しても残念に思うらしい。
「あの、クレイン様。別動隊のための囮、敵軍の撃退、火災で街道封鎖。これだけ目標が達成できれば十分かと存じます」
「ま、それはそうだ」
東伯本人がいなかったとは言え、軍勢には痛手を与えられた。
飛び火で山火事が起きているため、森からの進軍も困難。
一時的な足止めも完了したと見ていい。
「本命の作戦もそろそろ始動した頃か……ピーターの奴が上手くやってくれるといいんだが」
「こればかりは、祈るしかございません」
マリウスはそう言って、北東の空を見上げた。
主要な武将の誰を派遣しても、イマイチ上手くいかない作戦だったのだが。
もしもピーターが失敗するなら。唯一、一定の成果を上げたマリウスに任せるしかない。
その場合はピーターを撤退指揮官にするしかないのだが、彼の得意なものは一対一の個人戦だ。
これが成功しないと、根本的に戦略の見直しを迫られる可能性も高い。
クレインとしても、ここはもう祈るしかなかった。
作戦が成功すれば、クレインたち本隊も即座に追撃を開始すると決め。
彼らは報告を待つ。
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現状の振り返り+αの回でした。
ここまでやっても、火が収まった頃に再進撃。
そして敵軍の増援が合流し、兵数は依然として三万のまま。
一万三千と三万の戦いでは勝ち目がない。
だからアースガルド側も別動隊を出した。
主要な武官を順番に送り出したところ、マリウス以外は失敗。
マリウスの戦果も不十分で、試していないのはピーターくらい。
そんな状態です。
次回、別動隊を率いるピーターのお話。
今日中に三章の終わりまで更新予定です。
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