「このようなこと、陛下が許さんぞ!」
「そうだ! 早く我々を開放しろ!」
捕らえられてからも、小貴族たちは居丈高な態度のままだった。
最初は穏便に済まそうと思ったクレインだが。
「次に戦えばこちらが勝つ!」
「まぐれでいい気にならないことだ!」
彼らはそんな主張をしており。
今回の敗北は油断していたのでノーカウント。
という斜め上の理論を展開していた。
「で、身代金は無し。むしろ不当な扱いに対して謝罪と賠償を要求する、と」
「当然の権利だ!」
「我々は貴族なのだからな!」
閉鎖的な土地柄のせいか。彼らは全員、自分がこの世で一番偉いと思っているような人間の集まりだった。
それは「誰が地域で一番か」の争いも終わらないよと、クレインはため息を吐く。
「そもそもの発端が当家にあるので、戦争に負けたことは無かったことにして、むしろ賠償金を支払え、か……」
その主張が通ると信じて疑わないのは、自分よりも偉い人間を見たことがないからだろうか。
まあ、領内の平民相手。
又はいつでも争っている互角の相手にならばそれでも通じたかもしれない。
しかし、身分で言えば準男爵など三世代までしか世襲できず、何の功績も無ければ領地を没収されて平民に戻る存在だ。
彼らの家はどこも地頭というか開拓団長というか。
未開発地域の開拓責任者を引き受ける代わりに特権を貰ったという興りがほとんどだった。
七代続いた子爵家の当主であるクレインは、彼らからすれば格上もいいところなのだが。
「むしろ俺を見下してる感すらあるよな」
「運だけで成り上がった、とか。酷い言いようでしたね」
成金ではあるし、急に権力を手にしたという意味でなら言えなくも無いが。
アースガルド家は七代前から子爵なので、成り上がり者と言われる時期でもない。
ご先祖が頑張って貴族になり、クレインが地盤固めに努力しただけの話だ。
この期に及んでまだ上から主張してくる貴族たちを見て。
捕虜に普通の尋問をして調書を書いたハンスも、疲れた顔をしていた。
「はぁ……本当、どうにもなりませんな」
この滅茶苦茶な論理に数日付き合わされた挙句。
今日の話し合いにも同席しているのだから、疲れた顔をしているのも当たり前と言えば当たり前なのだが。
ともあれ両者の主張は平行線だ。
クレインは、意味の分からない戦争を吹っかけてきた責任を取らせたい。
小貴族たちは、自分たちを酷い目に遭わせたクレインから賠償金を取りたい。
本来であればクレインも穏便に済ませようとしていたのだが。
そんな話が延々と続けば、次第に気力も失せてきて。
「では王宮が任命した法務官を呼ぶ。領地間の争いへ裁定を下す機関については知っているな? もう法務省の役人に、どちらが正しいか判断してもらおう」
「望むところだ!」
生き残った五家の当主たちは強気な態度を崩さなかったが。
王宮からアースガルド領に出向してきた役人の一人が判事となり、略式の裁判を開けば――すぐに決着がついた。
「今回の件は重大な違法行為です。よって彼らの領地は没収、一部はアースガルド家に編入させて処理しましょう。賠償金の金額は……全財産没収で足りるでしょうな」
審理開始から三分。
出てきた結論がこれである。
「な、ほ、法務官殿! それはあまりにも無体!」
「この男は本物なのか!? アースガルドが用意した偽物に決まっている!」
「そうだ! 何故王都にいるはずの法務官が、アースガルド領にいるのだ!」
領地と、ほぼ全財産の没収。あまりにも厳しい裁定だ。
当然抗議は飛んできたのだが。
「これは私が陛下から与えられた権限を示す勲章である。権限の詐称は一族郎党が死刑になる大罪で――そもそも加工技術が特殊なため、勲章の偽造は不可能。ここに居るのは出向しているからだ」
役人は鼻で笑って胸元のバッジを指す。
彼もクレインには丁寧な態度だったが、小貴族たちには遠慮をしていないようだ。
正当な裁きだとアピールする彼に。
当然のごとく、怒りのヤジが飛ばされる
「そのような話、聞いたこともないわ!」
「この詐欺師がぁ!」
「……はぁ」
貧乏くじを引いた役人はしかめっ面をしているが、ここまで来ては引けない。
彼も非常に嫌そうな顔をしながら、淡々と続けていく。
「王国貴族なら誰でも知っているはずのことなのだが、何故、貴殿らはご存じないのかね?」
「法螺を吹くな!」
「聞いたこともないと言っておるだろうが!」
自分たちが知らないものは存在してはいけない。
という理論にシフトしかけたが、付き合えば泥沼だ。
だから役人も、あくまで事務処理のつもりで続ける。
「では簡潔に説明しよう。まず論点の整理だが……貴殿らの言い分は、アースガルド家から貴殿らの治める地域へ攻撃があったとのことだな?」
「その通りだ」
「何度も言わせるな!」
眼鏡の位置を調整してから、役人が言うには。
「であれば、まず抗議の使者を送るのが決まりだろう。何故いきなり、開戦の通知を送り付けたのかね」
「そ、それは……そういう習わしなのだ」
「王宮は私闘を禁じているのだが……諸君らの習わしとは、陛下のご下命に優先されるものなのか」
仮にアースガルド家の兵隊が狼藉を働いたというなら、それこそ証拠を突き付けて賠償金を取ればいい。
しかし攻められた証拠は一切無く、証言のみ。
その証言ですら、各自でバラバラ。
占領の事実もない。
侵略の定義から調べ直せ。
しかもいきなり開戦のお知らせ。
戦後処理のやり方も、主張も滅茶苦茶。
そんな事実を一つずつ淡々と指摘していき。
正論がぶちかまされる度に小貴族たちはトーンダウンしていった。
王宮から派遣されてきた役人たちはクレインとアースガルド領を密かに監視してきたので、侵略戦争などしていないことは分かりきっている。
だから堂々とクレイン側に付いて論破していき。
「王国貴族の法を何一つ知らないのなら、貴族と呼ぶべきではないだろう。法を守らず手勢に略奪をさせるような者が、ただの盗賊とどう違うのだ」
大声で恫喝する相手に。
正論で。
理詰めで。
淡々とルールを語り続け。
「諸君らを捕らえるなど陛下が許さないと言ったが。たかだか男爵や、準男爵ごときが陛下のお考えを代弁するなど、恥を知れ」
未だにギャアギャアと騒ぐ者たちの抗議を一顧だにせず。
争いの論点に対してまともな反論が行われなかったので、領地の全没収という裁定が通ってしまった。
細かい賠償金は規定に基づいて計算されるが。
あとは彼が報告書を中央に上げて、承認が下りたら話は終わりだ。
これも別に、アースガルド家に出向しているからと身内びいきをしたわけではない。
味方が勝手に争うのは国が禁止しているのだ。
よほど酷い事件でもあれば王宮も許すが、今回はもちろん例外に当たらない。
当然のルールに則り、当然の判決が出て沙汰は終わった。
「こんなことのために、役人を呼んだわけじゃないんだがな……」
領地を発展させる人材が欲しいという名目で集めた役人たちだが。
元々は「王宮の人間が領内に駐留すれば、ラグナ侯爵家の横暴を止められるかも」という狙いで借り出したのだ。
また、領内に裁判権を持っている役人がいれば、ダイレクトにラグナ侯爵家を非難できる。
そもそも出向してくるのは名家の出身や貴族の出の者ばかりなので。
ラグナ侯爵家がアースガルド領を滅ぼそうとすれば、戦火に巻き込まれた彼らの実家とも敵対関係になるぞと、脅しの材料が欲しかっただけなのだ。
厄介ごとを避けるために少し穏便な手を取ってくれないかな。
という願いもあった。
だから駐留期間は四年と決めたし。
クレインとしては、二年後に北侯が攻めてきた時だけ働いてもらえれば良かったのだが。
「予想を遥かに超えてきたな……悪い方に」
「……はい、閣下」
「ブリュンヒルデにも、予想できなかったか」
「厄介な者たちがいるとは聞き及んでおりましたが……ここまでとは」
微妙な顔をしている一同は、ハンスたちに連れて行かれる小貴族たちを前に気まずい顔をしていたが。
何にせよクレインが死ぬことなく戦争は終わりを告げた。
「それにしても、領地が急に増えると問題が起きるよな。……色々と」
かくして「ここでは俺が法律だ!」を地で行く、お山の大将たちは失脚することになり。
彼らの領地を吸収したため、一応版図は広がった。
アースガルド領の住民は更に、爆発的に増える見込みが立ったのだ。
ただし現状では新たな民の大部分が飢えているため、ガタガタになった北部再建の仕事がセットで付いてくることになる。
「はぁ……これからまた、忙しそうだな」
戦後処理と事務処理に追われる毎日を想像したクレインは、しかめっ面をしながら、どんよりした気分になっていた。
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