「誰のために身体張ってると思ってんだ!?」
いつものベッドの上で目を覚ました瞬間。彼はガバっと、勢いよく身を起こす。
石ころをぶつけられて絶命した男。
クレインは怒っていた。
先祖代々の、思い入れがある土地を守ろうとしているのはあるが。
彼が生き残り戦略を立てているのは、領民の皆殺しを避けるためという面が大きい。
きちんとした教育を受けたから、人並みには領主としての責任感もあるし。
人並みに善悪の判断もつく男なのだ。
何だかよく分からない情熱に突き動かされているが。
虐殺など絶対に防いでやる。
という正義感で動いているところはあった。
それが反乱で死ぬとは流石に想定していなかったらしく、起きてから三十秒ほどは荒れていたのだが。
「いや、まあ。二百年かけて納めた税金を、一日で使い果たされたら怒るか」
と、領民の怒りも分からないでもないので。
やはり前向きに考えることにしたらしい。
「ま、まあいい。情報アドバンテージは更に取れた。さあ、有識者たちよ。君たちの知恵をタダで使わせてもらうぞ」
時間が巻き戻っているので、献策大会で配った賞金も無かったことになっている。
巨額の懸賞金に釣られて、本気の経済政策を考えた専門家たちのアイデア。
それらが無料で手に入ったのだ。
使えそうなアイデアを軒並み覚えておいたクレインは、早速、忘れないようにメモを取っていった。
が、しかし。
「え? あれ? マズい。もう結構忘れてる」
昨日聞いたばかりなはずなのに、いくつかは既にうろ覚えだった。
衝撃的な死に方をして、記憶まで飛んだのだろうか。
そう焦りつつ、彼は速記していく。
「まあいいや、大筋で覚えていれば何とかなる! やるぞ!」
そう言って笑いながら、ガリガリとメモを取る彼は。
少し経ってから。
メイドのマリーが扉を半開きにして、恐る恐る様子見をしていることに気づく。
「く、くれいん、さまー?」
「なんだ、マリーか。どうした? そんな怯えて」
「いえ、あの、荒れていらしたようなので」
彼が独り言で声を荒らげていたのは、部屋の外に居た彼女にも聞こえていたらしい。ブチ切れている領主にモーニングコールをかけるのは勇気が必要だっただろう。
と、状況の把握を終えたクレインは。
気まずさで後頭部を掻きながら、溜息を吐いた。
「ちょっとムカつく夢を見ただけさ。もう何の夢かも覚えてないから、安心してくれ」
「わ、分かりました。お水をお持ちしますね」
さて、今日もクレインの朝は一杯の水から始まる。
水を飲み。
食堂へ向かい。
朝食を済ませた彼は。
部屋にしまってあった地図に何かを書き込むと、領内の鉱山へ向かった。
◇
「アレ? 坊ちゃん。珍しいですねぇ、こんなとこまで」
「俺はもう領主様だよ、バルガス。坊ちゃんはよせ」
「へへっ、あっしらにとっちゃ子か孫みたいなもんですがね」
茶髪を短く刈り上げたタンクトップの鉱夫。
彼はアースガルド領で鉱夫の親分をしているバルガスという男だ。
鉱夫たちの元締めをやっており。
時に労働者の権利を主張し、時に労働者たちとアースガルド家の仲を取り持つ男なのだが。
クレインが子どもの頃から屋敷に出入りしているため、仲のいい親戚のおじさんか準家臣のような位置づけの人物だった。
「で、今日はどうしたんですかい?」
「大事な話があって来たんだ」
「大事な話?」
普段は滅多に鉱山まで登ってこないクレインが、一体何の用かとバルガスは首を傾げたのだが。
クレインは彼に手招きをすると。
人払いをしてから、坑道前の事務所で地図を広げた。
「いいかバルガス。今から話すことは秘密だ。この秘密は、絶対に外へ漏れてはいけない!」
「声が大きいですよ坊ちゃん。んで、秘密の話ってのは」
「まずは地図を見てくれ」
広げた地図にはいくつか×印が付いており。
それは鉱山となっている山から、更に東へ点在している。
「こりゃあ……大森林の方ですね」
クレインの領地の南東側には、険しい山と森に囲まれた未開拓エリアが広がっていた。
そこは崖などが多く、切り開いたとして農耕地には使えない場所だ。
しかも、貴重な薬草や山菜などは生えておらず。価値あるものが見当たらない、不毛の土地である。
わざわざそんな場所を開拓せずとも、平地の未開拓地ならたくさん残っている。
だからアースガルド家二百年の歴史で一度も手を付けてこず。
ろくすっぽ調査もされていなかったのだが。
この×印は一体何だろうと首をかしげるバルガスの耳に顔を近づけて、クレインは言う。
「この辺りに、銀の鉱床があるらしい」
「……なんですと?」
領内で銀が採れるとなれば、国内での発言力と重要度は一気に増す。
何故なら、奇しくも昨年末から、王家が所有する銀山の一つが完全に枯れていたからだ。
「銀不足のご時世だ、もし採掘できるようになれば……かなりの力を付けられる」
資源を発見した者の特権として、鋳銭師を呼んで銀貨を作成する――貨幣製造権を申請できることになっている。
もちろん貨幣を製造するなら一定以上の身分は必要になるものの、子爵家ならばそこも問題ない。
「昔の文献からアタリを付けただけなんだが、試してみる価値はあるだろう」
「本当ならすげぇことですがね。アテになるんですかい?」
どこまで信じていいのかはクレインにも分からなかったが、彼はそれなりに自信を持っていた。
細かい採掘ポイントこそ違うが。
献策大会に集まった数名の学者が、同じ主張をしていたからだ。
「何にせよ、一度調査してみてほしい。予算は出すから」
派手な功績を残そうとした、目立ちたがりがいた可能性は否定できないとしても。
銀があることを前提に、複数の学者が正確な位置はどこかで激論を交わしていたのだ。
「それで何も出なかった日には、その……」
「何も無かったという情報にも価値はあるだろ? 俺の子孫たちに、この場所は掘ったとして何も出ないから、調べるだけ無駄だと伝えることができる」
例えば今アースガルド領で稼働しているスズや銅の鉱山が枯れたとして。
新しい鉱床を探す時に、探さなくてもいい場所が分かっていれば多少楽になる。
これは次に繋がることなんだと力説するクレインを前に――バルガスも折れた。
「そこまで言うなら探してみますがね。ま、期待はせんでくださいよ?」
「分かってるよ、これはダメ元さ」
溜息を吐いたバルガスだが、彼も領主の命令――に近い頼みとあっては動かざるを得ない。
険しい崖や谷を踏み越えるため、決死隊に近い調査隊を募ることになった。
◇
そんな話をした、一週間後のことである。
「うぉら、どけどけ! 邪魔だ邪魔だぁあああ!!」
敵城に一番槍を付けた兵が、そのまま城門を突破するような勢いで屋敷の扉を破壊しつつ。
バルガスがクレインの屋敷に乱入してきた。
ここ三日、夜通しで駆けてきた彼の眼は血走っており。
鬼神の如きオーラを漂わせながらの特攻だ。
「な、なんだ!?」
「て、敵襲! 敵襲ーッ!?」
現在の時刻は午前五時前。
こんな時間に領主の家へ突撃すれば、殺されてもおかしくはないのだが。
「坊ちゃん! てぇへんだ、てぇへんだ! 坊ちゃーーん!!」
「ん、んん。……眠い、けど。なんだ? この声、バルガスか?」
ドタバタという物音が聞こえて目が覚めたクレインは起き上がり。
階段の前で、屋敷の警備をしている衛兵に取り押さえられたバルガスの姿を見つけた。
「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから」
「あ、ありました! ありましたぜ! 銀が!」
「へぇ、銀河? そりゃあ……良かったね」
何の話だろう。夜空に銀河があるのは当たり前だ。
などと、寝ぼけて意味の分からないことを考えていたクレインも。
数秒経ってから、言葉の意味を理解した。
「――待て。銀があったのか!?」
一発逆転の秘策。
領地内で富国強兵政策を実施するための屋台骨。
銀が発掘されたというのだ。
それはもう、寝ぼけた頭は一瞬で覚醒した。
クレインはドタバタと階段を駆け下りて、バルガスの両肩をがっしりと掴む。
「で、でかした! 調査隊の参加者には褒美を弾むぞ!」
「ありがたく! ささっ、坊ちゃんも現地に!」
その後、クレインも旅支度を整えて、銀があったという場所に向かったのだが。
どうやらかなりの埋蔵量があるようで、辺り一帯のどこを掘っても銀が出る有様だった。
坑道を作るどころか、しばらくは露天掘りでもやっていけそうな規模である。
「やったぞ、資金源ゲットだ! これで兵士も傭兵も雇い放題。領地の開発もできる!」
崖を二つ三つ越えた先に、こんなお宝があったのだ。
本腰を入れて調査してみれば、歴代の当主もすぐに見つけられたのだろうが。
ともかくクレインは、この資金源が手付かずのままで残っていたことに感謝しつつ、喝采の声を上げていた。
「坊ちゃん、これなら他のポイントにも埋まっているかもしれませんぜ!」
「ああ、調査の資金はいくらでも出す。追加調査をしろ、バルガス! ……あと坊ちゃんはよせ」
久しく無かった、いいニュースが舞い込んできたのだ。
子爵家のほぼ全財産を鉱山開発にぶち込むと決めたクレインだが、今回は根回しも忘れない。
「これで領内が豊かになる! お前たち、減税が待っているぞ!」
と演説をしたため、今回の金の使い道に異論を唱える者はいなかった。
というか誰もが大歓迎で。
鉱山開発への期待の声が、領内の至るところから叫ばれている。
舞い上がったクレインは、銀鉱山の開発準備を進めると共に。
銀貨作りの権利をもらうべく、王宮に向けて使いを送り出して――
――後日。屋敷に送られてきた謎の暗殺者の手により、クレインは謀殺された。
王国歴500年4月28日。
アースガルド領は領主の病死により、王家の直轄地として併合されることになった。
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