弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

9回目 最強の盾と第一王子

公開日時: 2021年5月2日(日) 11:01
更新日時: 2021年5月4日(火) 19:24
文字数:3,524



「私が望むものは人材です」

「ふむ、人材」

「アースガルド領は交易の拠点として栄えてきました。しかし近年では、その額も減りつつあります」


 これは事実だ。近年では新規の行商路が増えているので、アースガルド領の往来は減少傾向にある。


 粛清事件の後はそもそも全国的に経済活動が停滞気味で、通行料での稼ぎは先細りになっていた。

 その事実を基に、彼は適当な理由をでっち上げていく。


「何か手を打とうと思い、新しい鉱床の調査を始めた矢先に銀が発見されたのです。この資金を元に、将来を見据えて人材の育成を行おうと思っております」

「なるほど。官僚を育成するための、人材を求めるか」


 一国の王だけあり、彼は話が早かった。

 アースガルド家は長年子爵の地位にいるが、クレインは若年で跡を継いだため、ツテに乏しい。


「左様でございます。また、兵士を見ても精鋭とは言えず。今後、銀鉱山の守備に回す人員の練度に、不安が残るようなことは避けたいと考えております」

「ふむ」


 利益を献上する代わりに、領地で働く文官を探してもらうか。

 文官たちの教育者となれるような人材を紹介してほしいというのも、国王には理解できる。

 だから納得顔で頷いていた。


「若手が育つまでに、四年ほど・・・・従事できる方をご紹介いただければ幸いです」


 クレインは己の要望を、一息に捲し立てた。

 彼の要求はそれで終わりだ。


「なるほどなるほど。話が見えてきたぞ。銀鉱山を守るにはアースガルド領が強くならなければいけない」


 それに対して国王は上機嫌に笑い、身を乗り出してクレインに言う。


「……で。弱いままなら、銀鉱山を巡った揉め事が起きた際に採掘が止まるぞと。脅したいわけだ」

「そのような意図ではございません。万難を排したいと思うばかりです」


 国王の両側に立つ近衛騎士たちから殺気が飛ばされて、またしてもデッドエンドを覚悟したクレインだが。


「冗談だ。まだ若いのに、しっかりと将来のことを見据えておるな」

「お褒めに与かり、恐悦至極でございます」


 この返答でダメならもう一度やり直すだけだ、と、彼は落ち着いていた。

 そして、護衛の動きを手で制した国王は、やはり上機嫌だ。


「殺意をぶつけられても動じないその胆力。うむ、頼もしいことだ。要望は可能な限り叶えよう。宰相に手配をさせるゆえ、共に事務方へ行くがよい」

「ありがたき幸せ!」


 この日一番の声量で返事をしたクレインは、その後すぐに謁見の間を退室し。


 上機嫌で謁見者の待機部屋へ戻っていった。





    ◇





 銀での収入は減ったが、その分王家の庇護という最強の盾を手に入れた。

 各種の専門家や、兵に指南をする騎士も紹介してくれることにもなった。


 これにより、一歩。

 生存に向けた大きな一歩を踏み出せたのだ。


「ありがとう、マリー。給金は望み通りに上げてやろう」


 銀を発見できたのは専門家の意見を聞いたからだし、その利権を守るための方策を示してくれたのはメイドのマリーだ。


 やはり人の意見は聞いておくべきだなと思いながら。クレインは謁見待機部屋のソファに腰かけて、宰相の手が空くのを待っていたのだが。


「マリーとは誰のことだ?」

「うちで雇っているメイドの――っ! 殿下、これはご無礼を!」


 何の気なしに返答しかけたが、話しかけてきたのは第一王子だった。

 身体の線が細めで目つきが鋭い、少し神経質そうな人物だ。


 銀の長髪と相まって浮世離れした雰囲気がある。と、クレインは見立てた。

 背後から現れた王子に慌てて礼をしようとしたのだが。


「立たなくても良い、私も座る」


 彼は傍に居たメイドに紅茶を淹れさせて、クレインの正面に座る。


 謁見の間では一言も発さず、個人的に話したこともないクレインは、彼がどういう人なのかを全く知らないのだが。王子が少し年上になるものの、二人の年齢は近い。


 国王よりは話しやすいことを期待しながらの、雑談が始まった。



「で、メイドがなんだと?」

「いえ、当家のメイドが、欲張りすぎると失敗するものだと話しておりまして。考えてみれば確かにそうだと思い、今回の献上に至ったのです」

「なるほどな。下々の意見を聞く、良い領主というわけだ」


 第一王子からは謎の圧力が漂っており、クレインを品定めするような目をしていた。

 彼はつまらなさそう顔で紅茶を飲んでから、更に続ける。


「横の繋がりは薄いそうだが、縦はどうか」

「寄り親もいませんし、大家とのご縁もございません」


 ヨトゥン伯爵家とは血のつながりがあるものの、本来であればクレインはまだその事実を知らない。

 だから何も知らないことにして、彼は淡々と言い放った。


「ふむ。そうか、それでは何かと大変だろうな」


 今度は少しだけ口角が上がったかなと思うクレインだが。その笑みにどんな意図があるのかは掴めていない。

 利益を王家に献上すると宣言して、国王がそれを認めた以上。銀山を取り上げるという手は打って来ないと思うのだが、果たして狙いは何か。


 クレインがそう身構える中で、少しの沈黙が流れた。

 十数秒の間を空けて、王子は口を開くが。今度は気持ち前傾姿勢だった。


「では、ヴァナウート家についてはどう思う」

「……あの、ええとですね」

「言い淀むということは、何か思うところがあるのだな?」


 とんでもない理由で殺されたことがあるのだ。

 思うところが無いわけがない。


 だが、見定めるような目に光が宿り、凄まじい圧力に襲われたクレインは。

 伯爵本人にバレたら死ぬと覚悟した上で、衝撃の事実を明かすことにした。


 しかし事の発端は親戚であるヨトゥン家からであり、詳しく話せば「大家との付き合いがない」という先ほどの発言と矛盾する。


 だから、あたかも東伯に遠慮をしているという風を装いながら。

 彼は適当にぼかして答えていく。



「いえ、私の、話をしたこともないほど遠縁の話なのですが。その、ヴァナウート家の御当主様から熱心に縁談をいただいていると聞き及びまして」

「それならいずれは親戚ではないか。政敵でもなし。何が不満なのだ」


 普通に考えればむしろ味方寄りの立場ではあるが、伯爵の性質そのものに問題があるんだよな。

 などと考えつつも、クレインは言う。


「…………縁談を持ちかけられている者の年齢が、十歳なのです」

「…………ああ、なるほどな。そう言えば、奴はそう・・だったな」


 ロリコン伯爵ということが周囲に知られていなければ、高位貴族への悪評を撒いたと糾弾されてもおかしくはないのだが。

 幸か不幸か、王子はヴァナウート伯爵のことをよく・・知っていたようだと、クレインは胸を撫で下ろす。



「では、ラグナ侯爵家はどうか?」



 続いて話題に上がったのは、クレインをこのループに叩き落とした家。

 全ての苦労が始まった原因とも言える、因縁の侯爵家だった。


 が、現時点では何もされていないし、王家との仲も悪くないと聞く。

 悪し様に言ったことが侯爵本人の耳に入れば、滅亡が早まるだけだと思い。


 ――クレインは取り敢えず、持ち上げておくことにした。



「こちらにも勇名は聞こえてきます。誇り高く立派な方かと存じますし。まさに、王国にラグナ家ありと呼ばれるのも、納得の御仁ですね。ええ、憧れますよ、本当、に」

「ふむ、そうか。貴様はそう見るか」


 クレインとしてはもう、内臓が煮えくり返るほどの思いで褒めた。

 領民の仇である家を、良く言わなければいけない。それはかなりのストレスだったらしい。


 貧乏ゆすりが出そうになったのをぐっと堪えて、彼は笑顔を維持した。


 一方で、紅茶のカップをソーサーの上で軽く回し、第一王子は何気なく言う。


「先日の政変で、ラグナ侯爵家は大きく力を伸ばしたな」

「左様でございますね」

「そこから先に頭が回らぬような愚鈍ぐどんに、大きな力を持たせる訳にはいかぬ」


「……えっ?」


 クレインが間抜けな声で聴き返した直後、彼の背後から風切り音が響く。

 暗殺者との死闘で少し心得ができたのか、最初の一撃で首を落とされることは回避したクレインだが。


 返す刀で上半身を、右肩から左腰にかけて、バッサリと切り裂かれた。



「あ、が、はっ!?」

「謀略に気づかぬならば粗忽者そこつもの。何の危機感も抱かぬならば凡夫。領主としての姿勢は立派だが、ラグナにすり寄る可能性すらある、か。……落第点だな」

「左様でございますね、殿下」


 そう呟く第一王子の横に移動した、護衛の近衛騎士。

 クレインはその顔に見覚えがあった。といっても一部分、見覚えがあるのはだけなのだが。


「……ああ、いけない。苦しませてしまいました」


 クレインの上半身をバッサリと切り裂き、今まさにトドメを刺した人物は――とても優しい目をしていた。







 王国歴500年4月20日。


 王宮から領地に帰る途上で、領主が山賊に襲われて死亡した。という発表があった。

 これによりアースガルド領全域は、王家の直轄地に編入されることになる。



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