弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

49回目 勝利の宴

公開日時: 2021年5月20日(木) 20:17
更新日時: 2021年5月20日(木) 20:25
文字数:3,968



「ピーター大隊長、男爵軍を撃破! 別動隊は、更に東へ進撃!」

「敵の補給部隊も撃退に成功した模様! 伯爵軍への補給線は切れました!」


 砦からアースガルド領へ向かう道を、閉鎖するように建てられた本陣。


 クレインはここで待機していたのだが。

 現在ここには、戦況を知らせる早馬が続々と飛び込んでいた。


 迂回したり、見つからないような道を選んで情報を持ち帰っているので。

 もうピーター隊は騎士爵の襲撃まで終わらせた頃かと、彼が作戦の成功に安堵していれば。


 そのうち、決定的な報せが飛び込んでくる。


「報告! ご報告ッ! 伯爵軍が退却していきます!!」

「おおっ!」

「本当か!?」


 斥候からの報告が届くと辺りはざわめく。


 歩兵や敗残兵が合流して、一度数を減らした伯爵軍の数は三万五千ほどだ。

 対するアースガルド軍は九千ほどしかいないのだから、依然として予断を許さない状況ではあった。


「正面から戦えば負けるところだが。……多分、焦土作戦が効いたな」

「そのようです。クレイン様、この後はいかがしますか?」

「決まっている」


 ランドルフやグレアムを始め、本陣に集まった将はやる気に満ちている。


 王国の盾である四大伯爵。

 その一角を相手に、完全勝利に近い形で戦いが終わろうとしているのだ。

 ならばもう、やることは一つ。


「これだけは厳命するが、伏兵には注意して進めよ?」

「では、クレイン様!」


 期待に満ちた目で見つめる諸将に対して、クレインは大きく手を振って告げる。



「そうだ。――全軍、追撃にかかれ!!」



 圧倒的な劣勢の中で、勝ち戦を掴み取った。


 一拍置いてその実感が湧いたのか。

 各隊の士気は異常な上がり方を見せている。


「しゃあッ、やってやんぜ! 行くぞ野郎ども!!」

「ここが見せ所だ! 我らが武勇、敵軍に刻み込んでくれるわぁぁあああッ!!」


 即座に行動を開始したのは、防衛戦で功の少なかったグレアム隊だ。

 今度は大将首でも挙げてやろうかと気炎を上げていた。


 いいだけ暴れたランドルフ隊も、更なる武功を求めて真っ先に走り去っていく。

 そんな中で、クレインは援軍たちに声を掛ける。


「ヨトゥン家の軍は、南方から来る商隊の護衛をお願いします」

「おや、武功を独り占めですかな?」


 ニヤリと笑う南伯の家臣に向け、肩を竦めてクレインは言う。


「まさか。もしも敵が退いたフリをして回り込んでくれば、我が領は滅びます」

「はは、それは責任重大ですな。よろしい、引き受けました」


 伏兵もそうだが、自軍がやったことを敵にやり返されてはたまらない。


 自軍の兵士たちには前方へ進撃。

 友軍には後方への備えを忘れずに申し渡し。


「あとは……トレック。このリストのものを、陣地に届けてくれ」

「これは? ……ああ、なるほど」

「ハンス隊を使っていいから。明日の晩までには頼むぞ」

「ええ、承知しました。こちらの指揮はお任せください」


 物資の運搬をトレックとハンスにも任せた。

 これで指示は完了だ。


 万全の態勢で、彼らは追い打ちに打って出る。





    ◇





 追撃隊が出陣した翌日。

 伯爵家が残した簡易陣地を占領して、クレインは部下たちの帰りを待ち。


 そろそろ日が落ちるという時になって、最後の部隊が帰投した。

 ピーター隊も一緒に戻ってきたので、全軍がここに集合だ。


「格下を相手に、ああまで見事に逃げるか。……この撤退の速さは、流石だよ」


 マリウスの部下が戻ってきた将たちに戦果を聞いて回り、戦果の集計をするところまで作業は進んでいる。


「歩兵たちは軒並み討ち取りましたが、伯爵家の者はいないようです」

「それは中核の騎兵隊だから仕方ないさ」


 逃げ足の遅い歩兵たちを捕捉して、男爵領の半ばまで追い回したが。

 伯爵家の軍勢は男爵領すら素通りして、一気に本拠地を目指していたらしい。


 討ち取った歩兵は他家から供出された者たちなので、東伯に直接の打撃は与えられないとして。

 手足になる寄子たちの軍事力を奪えるとなれば、それはそれでプラスだ。


 そして何より。

 クレインが今回の戦いで、最も倒したかった部隊は倒せている。


「伯爵お抱えの最精鋭部隊は討てた。十分過ぎる戦果としておくか」


 戦局を変えるほどの力を持つ部隊。

 急斜面を――崖のような坂を――騎乗したまま駆け下りて攻撃するような。

 とんでもなく無茶な作戦を平気で遂行する、最精鋭部隊。


 それはハンスとトレックの手により、火計でほとんど討ち取れている。

 伯爵家の中核を為す部隊の、更に中心に居る化物たちをだ。


「ハンスの奴にも功績を用意できて良かった」

「ええ、まあ。これで少し自信を持っていただければよいのですが」


 ハンス自身もそうだが。腕自慢が続々と仕官してきたので、古くからアースガルド領に仕える兵たちは自信を失くしていた。


 ここで王国最強の騎馬隊を相手に単独勝利したのだから、少しは自信になるだろう。

 と、クレインも喜んでいる。


「復旧の方はクラウスとバルガスに頑張ってもらうが、まずは論功行賞をどうするか」

「難しいところですね」

「ピーターの決死隊が第一功なのは、間違いないんだが」


 奇襲部隊は当初の作戦目標を超えて、騎士爵領まで襲撃した挙句。

 伏兵として、逃げる敵の歩兵を襲撃し。

 追撃部隊との挟み撃ちで被害を拡大させたのだ。


 今回の作戦で、最も活躍していたのは彼らだろう。

 ここまでやれば戦功一位は確実だ。


「敵の別動隊を全滅させてから、反撃で物凄い戦果を叩き出したランドルフ隊は第二位として……」


 大森林に潜み、寡兵で敵軍を食い止めるなどという荒業は、彼らにしかできない。

 討ち取った将兵の数を見ても、異論を挟む者はいないはずだ。


 しかし三位以下が困る。


 最精鋭部隊を倒したハンスとトレックかと言われたら、少し違う。

 少し戦ってから火を付けただけなので、前線の部隊から不満が出るだろう。


 伏兵に協力し、後方の守りを固める南伯軍かと言えば。

 彼らもそこまで大きな労力は使っていない。


 砦の防衛に当たり、クレインと共に釣り餌となったグレアム隊かと言えば。

 彼らは単純に、倒している敵の数が少ない。


 では他の中隊長たちが率いる軍のどこかから選ぶかと考えても。ハンスやグレアムたちが倒した数と、目立った差は無いのだ。



「ま、追撃の結果次第か」

「それでは南伯軍から不満が出ませんか?」

「……そこはもう仕方がない。功績を図るのが難しい戦いだったので、結婚のご祝儀にください。とでも言っておくさ」


 その上で感状でも書いておけばいいだろう。

 そう締めくくったクレインの前に、休憩が終わった部隊が整列していく。


「そろそろ集計は出る頃か」

「自己申告の戦果ですが、よろしいですか?」

「ああ。そこは信じる」


 追撃の戦果を見ればグレアム隊が張り切っていたようなので、戦功の第三位も決まり。

 あらかたの結果が出たことを確認したクレインは、兵たちの前で演説を行う。



「まずは、奮闘に感謝する。諸君らの働きで、この地を狙う東伯軍は撤退した」


 戦争の原因が痴情のもつれでした。

 などと言えば、水を差すどころの騒ぎではない。

 だから「伯爵家から侵略を受けた」ということにして、彼は続ける。


「アースガルド軍は、ひと昔前まで弱兵と呼ばれていた。しかし今日の戦果を見れば――それは過去のことだと分かるだろう」


 王国最強の騎馬隊を有する東伯軍を、寡兵で打ち破ったのだ。


 策で倒した割合が大きいとは言え、敵軍とぶつかる瞬間は何度もあった。

 将はもちろん。兵まで強くなっていなければ、どの道負けていたはずだ。


「我が領の兵士を鍛えてくれた、新任の将たちに感謝を贈ると共に。我が領地の民がこれほど強くなったことへ、私は感動している」


 新参者と古株、両方を立ててはみたが。


 あまり長々と語っても興ざめだろう。

 そう思い、将たちに並んでいるトレックに目線を送れば――彼は大きく頷いた。


「今回の作戦では大量の物資を消費した。民を飢えさせるわけにはいかないので、褒美については戦後処理が終わってからになるが……まずは、諸君らを労いたい」


 クレインは追撃作戦に入る直前に、トレックに命じて宴会の用意をさせていた。

 追撃部隊の帰還を待つ間に、陣地へ酒や食事を運ばせておいたのだ。


「脅威は去った。今宵は存分に楽しんでもらいたいと思うが、その前に一つ、宣言をして締めたいと思う」


 ごほん。と、咳払いをしてから。


 クレインは、この日一番となる大声を出しながら。

 誇らしげな顔のまま、拳を天に突き上げた。



「この戦い、我らの勝利だ! 勝鬨かちどきを上げろ!!」



 一瞬の間を置いて――この場の全員が、感情を爆発させた。


 一万を超える軍勢が揃って声を上げ、拳を振り上げる。



「「「「ウォオオオオオオオオッッ!!!」」」



 大歓声を浴びるクレインは、かつてないほどの充足感を味わっていた。


 何度も死んで、何度もやり直して。


 ついに、とうとう宿敵を退けることができたのだ。


 中堅勢力でしかないアースガルド家が、寄子の軍まで導入して攻めて来た東伯軍を撃退したこと。

 その一報は瞬く間に、王国全土へ広がることになるだろう。


 勝利と栄光を手にしたクレインは、頭の片隅で後のことも考えたが――ひとまず、それは置いておく。



「さあ、今日は飲むぞ!」



 クレインもまずは、今日の勝利を喜ぶことだけを考えて。

 伯爵家を打ち破った象徴とも言える、焼け落ちた砦を前に――勝利の宴が始まった。










 王国歴502年1月18日


 総勢四万の兵で攻め寄せたヴァナウート伯爵軍に対し。

 アースガルド子爵家、ヨトゥン伯爵家の連合軍一万三千が迎え撃った。


 数で勝る上に、王国最強の騎馬隊を有するヴァナウート軍が圧勝するだろう。

 大勢がそう判断する中での開戦となったが、予想は裏切られる。


 敢えて砦を陥落させての火計。

 総大将を囮にしての伏兵。

 道なき山脈を乗り越えての奇襲。


 領地が滅びかけ、しかし民に大きな被害を与えなかった焦土戦術。


 あらゆる手段を用いてヴァナウート伯爵軍を撃退した連合軍が、完全勝利する形で戦の幕が下りた。



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