「ピーター大隊長、男爵軍を撃破! 別動隊は、更に東へ進撃!」
「敵の補給部隊も撃退に成功した模様! 伯爵軍への補給線は切れました!」
砦からアースガルド領へ向かう道を、閉鎖するように建てられた本陣。
クレインはここで待機していたのだが。
現在ここには、戦況を知らせる早馬が続々と飛び込んでいた。
迂回したり、見つからないような道を選んで情報を持ち帰っているので。
もうピーター隊は騎士爵の襲撃まで終わらせた頃かと、彼が作戦の成功に安堵していれば。
そのうち、決定的な報せが飛び込んでくる。
「報告! ご報告ッ! 伯爵軍が退却していきます!!」
「おおっ!」
「本当か!?」
斥候からの報告が届くと辺りはざわめく。
歩兵や敗残兵が合流して、一度数を減らした伯爵軍の数は三万五千ほどだ。
対するアースガルド軍は九千ほどしかいないのだから、依然として予断を許さない状況ではあった。
「正面から戦えば負けるところだが。……多分、焦土作戦が効いたな」
「そのようです。クレイン様、この後はいかがしますか?」
「決まっている」
ランドルフやグレアムを始め、本陣に集まった将はやる気に満ちている。
王国の盾である四大伯爵。
その一角を相手に、完全勝利に近い形で戦いが終わろうとしているのだ。
ならばもう、やることは一つ。
「これだけは厳命するが、伏兵には注意して進めよ?」
「では、クレイン様!」
期待に満ちた目で見つめる諸将に対して、クレインは大きく手を振って告げる。
「そうだ。――全軍、追撃にかかれ!!」
圧倒的な劣勢の中で、勝ち戦を掴み取った。
一拍置いてその実感が湧いたのか。
各隊の士気は異常な上がり方を見せている。
「しゃあッ、やってやんぜ! 行くぞ野郎ども!!」
「ここが見せ所だ! 我らが武勇、敵軍に刻み込んでくれるわぁぁあああッ!!」
即座に行動を開始したのは、防衛戦で功の少なかったグレアム隊だ。
今度は大将首でも挙げてやろうかと気炎を上げていた。
いいだけ暴れたランドルフ隊も、更なる武功を求めて真っ先に走り去っていく。
そんな中で、クレインは援軍たちに声を掛ける。
「ヨトゥン家の軍は、南方から来る商隊の護衛をお願いします」
「おや、武功を独り占めですかな?」
ニヤリと笑う南伯の家臣に向け、肩を竦めてクレインは言う。
「まさか。もしも敵が退いたフリをして回り込んでくれば、我が領は滅びます」
「はは、それは責任重大ですな。よろしい、引き受けました」
伏兵もそうだが、自軍がやったことを敵にやり返されてはたまらない。
自軍の兵士たちには前方へ進撃。
友軍には後方への備えを忘れずに申し渡し。
「あとは……トレック。このリストのものを、陣地に届けてくれ」
「これは? ……ああ、なるほど」
「ハンス隊を使っていいから。明日の晩までには頼むぞ」
「ええ、承知しました。こちらの指揮はお任せください」
物資の運搬をトレックとハンスにも任せた。
これで指示は完了だ。
万全の態勢で、彼らは追い打ちに打って出る。
◇
追撃隊が出陣した翌日。
伯爵家が残した簡易陣地を占領して、クレインは部下たちの帰りを待ち。
そろそろ日が落ちるという時になって、最後の部隊が帰投した。
ピーター隊も一緒に戻ってきたので、全軍がここに集合だ。
「格下を相手に、ああまで見事に逃げるか。……この撤退の速さは、流石だよ」
マリウスの部下が戻ってきた将たちに戦果を聞いて回り、戦果の集計をするところまで作業は進んでいる。
「歩兵たちは軒並み討ち取りましたが、伯爵家の者はいないようです」
「それは中核の騎兵隊だから仕方ないさ」
逃げ足の遅い歩兵たちを捕捉して、男爵領の半ばまで追い回したが。
伯爵家の軍勢は男爵領すら素通りして、一気に本拠地を目指していたらしい。
討ち取った歩兵は他家から供出された者たちなので、東伯に直接の打撃は与えられないとして。
手足になる寄子たちの軍事力を奪えるとなれば、それはそれでプラスだ。
そして何より。
クレインが今回の戦いで、最も倒したかった部隊は倒せている。
「伯爵お抱えの最精鋭部隊は討てた。十分過ぎる戦果としておくか」
戦局を変えるほどの力を持つ部隊。
急斜面を――崖のような坂を――騎乗したまま駆け下りて攻撃するような。
とんでもなく無茶な作戦を平気で遂行する、最精鋭部隊。
それはハンスとトレックの手により、火計でほとんど討ち取れている。
伯爵家の中核を為す部隊の、更に中心に居る化物たちをだ。
「ハンスの奴にも功績を用意できて良かった」
「ええ、まあ。これで少し自信を持っていただければよいのですが」
ハンス自身もそうだが。腕自慢が続々と仕官してきたので、古くからアースガルド領に仕える兵たちは自信を失くしていた。
ここで王国最強の騎馬隊を相手に単独勝利したのだから、少しは自信になるだろう。
と、クレインも喜んでいる。
「復旧の方はクラウスとバルガスに頑張ってもらうが、まずは論功行賞をどうするか」
「難しいところですね」
「ピーターの決死隊が第一功なのは、間違いないんだが」
奇襲部隊は当初の作戦目標を超えて、騎士爵領まで襲撃した挙句。
伏兵として、逃げる敵の歩兵を襲撃し。
追撃部隊との挟み撃ちで被害を拡大させたのだ。
今回の作戦で、最も活躍していたのは彼らだろう。
ここまでやれば戦功一位は確実だ。
「敵の別動隊を全滅させてから、反撃で物凄い戦果を叩き出したランドルフ隊は第二位として……」
大森林に潜み、寡兵で敵軍を食い止めるなどという荒業は、彼らにしかできない。
討ち取った将兵の数を見ても、異論を挟む者はいないはずだ。
しかし三位以下が困る。
最精鋭部隊を倒したハンスとトレックかと言われたら、少し違う。
少し戦ってから火を付けただけなので、前線の部隊から不満が出るだろう。
伏兵に協力し、後方の守りを固める南伯軍かと言えば。
彼らもそこまで大きな労力は使っていない。
砦の防衛に当たり、クレインと共に釣り餌となったグレアム隊かと言えば。
彼らは単純に、倒している敵の数が少ない。
では他の中隊長たちが率いる軍のどこかから選ぶかと考えても。ハンスやグレアムたちが倒した数と、目立った差は無いのだ。
「ま、追撃の結果次第か」
「それでは南伯軍から不満が出ませんか?」
「……そこはもう仕方がない。功績を図るのが難しい戦いだったので、結婚のご祝儀にください。とでも言っておくさ」
その上で感状でも書いておけばいいだろう。
そう締めくくったクレインの前に、休憩が終わった部隊が整列していく。
「そろそろ集計は出る頃か」
「自己申告の戦果ですが、よろしいですか?」
「ああ。そこは信じる」
追撃の戦果を見ればグレアム隊が張り切っていたようなので、戦功の第三位も決まり。
あらかたの結果が出たことを確認したクレインは、兵たちの前で演説を行う。
「まずは、奮闘に感謝する。諸君らの働きで、この地を狙う東伯軍は撤退した」
戦争の原因が痴情のもつれでした。
などと言えば、水を差すどころの騒ぎではない。
だから「伯爵家から侵略を受けた」ということにして、彼は続ける。
「アースガルド軍は、ひと昔前まで弱兵と呼ばれていた。しかし今日の戦果を見れば――それは過去のことだと分かるだろう」
王国最強の騎馬隊を有する東伯軍を、寡兵で打ち破ったのだ。
策で倒した割合が大きいとは言え、敵軍とぶつかる瞬間は何度もあった。
将はもちろん。兵まで強くなっていなければ、どの道負けていたはずだ。
「我が領の兵士を鍛えてくれた、新任の将たちに感謝を贈ると共に。我が領地の民がこれほど強くなったことへ、私は感動している」
新参者と古株、両方を立ててはみたが。
あまり長々と語っても興ざめだろう。
そう思い、将たちに並んでいるトレックに目線を送れば――彼は大きく頷いた。
「今回の作戦では大量の物資を消費した。民を飢えさせるわけにはいかないので、褒美については戦後処理が終わってからになるが……まずは、諸君らを労いたい」
クレインは追撃作戦に入る直前に、トレックに命じて宴会の用意をさせていた。
追撃部隊の帰還を待つ間に、陣地へ酒や食事を運ばせておいたのだ。
「脅威は去った。今宵は存分に楽しんでもらいたいと思うが、その前に一つ、宣言をして締めたいと思う」
ごほん。と、咳払いをしてから。
クレインは、この日一番となる大声を出しながら。
誇らしげな顔のまま、拳を天に突き上げた。
「この戦い、我らの勝利だ! 勝鬨を上げろ!!」
一瞬の間を置いて――この場の全員が、感情を爆発させた。
一万を超える軍勢が揃って声を上げ、拳を振り上げる。
「「「「ウォオオオオオオオオッッ!!!」」」
大歓声を浴びるクレインは、かつてないほどの充足感を味わっていた。
何度も死んで、何度もやり直して。
ついに、とうとう宿敵を退けることができたのだ。
中堅勢力でしかないアースガルド家が、寄子の軍まで導入して攻めて来た東伯軍を撃退したこと。
その一報は瞬く間に、王国全土へ広がることになるだろう。
勝利と栄光を手にしたクレインは、頭の片隅で後のことも考えたが――ひとまず、それは置いておく。
「さあ、今日は飲むぞ!」
クレインもまずは、今日の勝利を喜ぶことだけを考えて。
伯爵家を打ち破った象徴とも言える、焼け落ちた砦を前に――勝利の宴が始まった。
王国歴502年1月18日
総勢四万の兵で攻め寄せたヴァナウート伯爵軍に対し。
アースガルド子爵家、ヨトゥン伯爵家の連合軍一万三千が迎え撃った。
数で勝る上に、王国最強の騎馬隊を有するヴァナウート軍が圧勝するだろう。
大勢がそう判断する中での開戦となったが、予想は裏切られる。
敢えて砦を陥落させての火計。
総大将を囮にしての伏兵。
道なき山脈を乗り越えての奇襲。
領地が滅びかけ、しかし民に大きな被害を与えなかった焦土戦術。
あらゆる手段を用いてヴァナウート伯爵軍を撃退した連合軍が、完全勝利する形で戦の幕が下りた。
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