時期は初夏に入り、新規の鉱山がようやく本格稼働してきたところだ。
近頃では出稼ぎの炭鉱夫や移民が増えているため、それに伴い各種の店が続々と出店している。
クレインの本拠地は王国中央と東部を繋ぐ交通の要所、宿場町として発展してきた街ではあるが。
近辺の民には、鉱山の街として知られるようになってきていた。
何はともあれ街づくりは順調で、アースガルド領の領都は大きな賑わいを見せていたのだが。
街の拡大と共に商人の往来も活発になってきており、今日も懇意にしている商会がクレインの前に現れた。
「お、来たなトレック」
「ははは、ご無沙汰しています」
目の前の男はトレック・スルーズ。
本来の歴史でラグナ侯爵家から真っ先に潰されるはずの、スルーズ商会で会長を務める男だ。
「で、今回は何を、どれくらい売ってくれるんだ?」
「品物の目録はこちらです、お納めください」
線の細い優男で、クレインとも気安い関係を築いているのだが。
波長が合うというか、馬が合うというか。次回があるなら彼には絶対に声をかけようと決意するくらいに、クレインはトレックのことを気に入っていた。
「それと今回は、アースガルド領への移民希望者と出稼ぎ希望者に、王宮から出向された方々も同行されています」
「助かる。そろそろだとは思っていたんだ」
急速に発展を続けているため宿屋の建設が間に合っておらず、ほとんどの鉱夫が仮設の集合住宅で雑魚寝していたり。
人が急激に増えたことで治安の悪化が叫ばれていたりと、とにかくやることが多い毎日を送っているクレインなのだが。
――このままでは何かしらの事件が起きなくとも、過労で死んでしまう。
睡眠時間が日に日に短くなっている現状を見て、真剣に過労死の心配をし始めたところだった。
王宮からの出向者は既に何名か到着していたが。
先遣隊だけでは回らない勢いでの拡大が続いていたのだから、この報告にはクレインも喜んだ。
「よし、では労働者の移民と出稼ぎ組みで分けて……。あれ? 全体的に、聞いていたよりも多いな」
移民と出向してきた役人たちの名簿。
それから建築資材や衣料品などの物資が目録にまとまっている。
それらを一通り確認したクレインは、トレックに怪訝そうな顔を向けた。
「王家からの後押しもあるので、動きやすくて助かりますね。人も物も、すぐに集まりますよ」
「それにしたって多くないか、これは」
領内にはあらゆる物資が不足気味なので、どうにか物の流通を途切らせないようにと苦労しているところだ。
今は第一王子の働きかけでアースガルド領を優先してくれる商会も出ているので、何とか回っている状態だった。
「なあトレック。予算不足で買えないって可能性は、考えなかったのか?」
しかしそれを差し引いても大量の物資が運び込まれたようで、これにはクレインも首を傾げたのだが。
トレックはニコニコと笑いながら答える。
「アースガルド家は贅沢をせずに貯め込んでいると噂でしたからね。全部吐き出せばこれくらいは買えるかと」
「相変わらず、随分ストレートに言うな……お前は」
率直過ぎる言い方にクレインは苦笑するしかなかった。
しかし確かに、子爵家が二百年かけて貯めた資金はまだまだある。
それに既に稼働している銀山からの利益も上がり始めているので、それほど大きな赤字にはなっていない。
だから追加の物資は、あればあるだけ買おうと思っていた。
お堅い作法が嫌いと見るや、少し砕けて話すようになったトレックだが。
顧客の考えを汲んで動くところは商人らしいと思いつつ、クレインは王宮から紹介された者たちの名簿にも目を通していく。
「移民や物資が増えたのはいいとして、出向組も増えたのか」
「はい、殿下からの推薦があったそうです」
領内の采配や現場指揮ができる人間は少なく、信用が置ける有能な人材はいくらでも欲しいところだ。
だが王都から出向してくる知識人たちの名簿を見ていくと、声をかけた覚えがない人間も何人か増えていた。
「ふーん」
支援の一環として、王子の周りを固める人材を何人か放出して、アースガルド領内で働いてもらう密約を交わしている。
衛兵隊長や官僚として迎える人数が、増える分には一向に構わないクレインだが。
「ブリュンヒルデ・フォン・シグルーン……役職、秘書?」
追加の人員を見ていくと、最後の人物と役職に引っ掛かりを覚えたらしい。
役人はともかく、秘書の募集などしていないからだ。
「クレイン様には補佐官がいないので、代わりが育つまでは貸し出すとの言伝が」
「……確かに、仕事は増えてきたからな」
雪崩れ込むように人、物、金が入り込んできている。
だから前述の通り、クレインはここのところ忙殺されるような毎日を送っていた。
全体の計画をクレインが把握しないと始まらないし、移民と現地住民のトラブルへも仲裁に入らなければいけない。
王都のように裁判官がいるわけではないので、訴えがあればクレインが判決を考えることにもなるし。
そうでなくとも、元々家臣団の数は少ない。
「補佐か、うん。そういう人間は欲しかったところだ」
「どうも優秀な方のようで、どんな仕事でも任せられると伺いました」
「それは助かるね」
銀山の利益を献上したのは、王家の庇護を得るため。
そして。ラグナ侯爵家の侵略を未然に防ぐ、とある狙いのためだ。
人材関連の話は完全に後付けの理由だったのだが。
今にして思えば、王宮を通じて人員の募集をかけておいたことは正解でしかない。
と、クレインは胸を撫で下ろしていた。
「まあ、補佐官見習いを誰にするかは追い追い考えるとしても。俺の仕事が分担されるだけで御の字だ」
「相変わらず、大変そうですねぇ。……お、噂をすれば後続も到着したようです」
トレックから少し遅れて到着した馬車から、追加人員が続々と降りてくる。
中にはクレインと同じ子爵の身分を持つ者もいたが。これから一役人となるためか、きちんと彼を立てようとしているようだ。
全員が礼をして、順番に名乗りを上げていく。
そして、名簿順に挨拶を続けて、ブリュンヒルデの番が来た時。
さらさらの金髪を風になびかせて、一人の女性が進み出てきた。
「…………えっ」
「ブリュンヒルデ・フォン・シグルーンです。よろしくお願いしますね、閣下」
「ほ、ほほほっ、ほぉ!?」
微笑み騎士じゃねぇか。
と、叫びそうになったが、クレインは全力で抑え込む。
第一王子の護衛騎士にして。
過去十回の人生のうち、死因の七回を占めるクレインの天敵。
クレイン・フォン・アースガルドを殺害した回数で、世界記録を持っている女性。
それがブリュンヒルデ・フォン・シグルーンだ。
見目麗しい女性騎士は、何を考えているのか分からない優しい瞳を向けながら。領主の不審な態度を不思議そうに見ていた。
「……ほ?」
「ほ、本当に、王家の期待には応えねばなりませんね! こ、ここまでの人材を送ってくださるとは! 感動ですよ、ええ本当に!」
正直に言えば。
そう、許されるならば今すぐに、微笑み騎士だけでも返品したいクレインではある。
しかし彼女は護衛兼、秘書官兼、監視として派遣されたのだろうと察して、彼は抗議を諦めた。
そのままブリュンヒルデから目線を外して、横に居たトレックに視線を戻す。
「……なぁ、トレック。確か薬の販売網も持っていたよな?」
「はい。難病の治療薬から精力剤まで、何でも仕入れますよ」
不穏な動きや無能な動きを見せた瞬間、背後に居る秘書がためらわずにクレインの首を胴体と泣き別れにさせてくるだろう。
これから先は、常に背後へ処刑人――美しき死神――を横に置いて進むのだ。
クレインは先ほどまで過労で死にそうだと考えていたが、今はストレスによる胃痛か打ち首で死ぬ未来しか見えていない。
「…………だったら次からは、胃薬を頼む。定期購入するから」
「……? 承知しました。毎度ありがとうございます」
まあ、何はともあれアースガルド領は順調に成長を続けている。
内政を回せる有能な人材が集まり。
兵力や財力も増し。
全てがいい方向に転がっているようだった。
ほほえみきしが パーティに くわわった!
美人でスタイルが良くて優しげな雰囲気があって、護衛でも暗殺でも諜報でも秘書でもできる近衛騎士。
隙あらばクレインを殺す点を除けば、非常に有能な配下です(白目)
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