「うがぁあああ!?」
ガバっとベッドから起き上がったクレイン。
寝汗がびっしょり――ということもなく。起きて数秒してから、急に心臓が騒ぎ始める。
「はっ、はぁっ……夢!? 今度こそ夢オチか!?」
最初に目覚めた時は記憶がぼんやりしていたが、今度はハッキリと戦死した記憶がある。
一度目とは違い自分が殺される光景が目に焼き付いているので、クレインは取り乱していたのだが。
少しして、叫び声を聞きつけたマリーが勢いよく寝室に突入してきた。
「ど、どうしましたクレイン様!?」
「うおっ!? ……あ、ああ、マリー。すまない、水と新聞を持ってきてくれないか!」
「え? あ、はい!」
明らかに取り乱した様子の領主を見て、何とも言えない顔をした彼女を見送ってから数分後。
やがて、前世で見たのと同じ内容の新聞が運ばれてきた。
クレインが何度確認しても、新聞の日付は王国歴500年4月1日となっている。
「おお、もう……」
これが現実なのだと認めざるを得ない一方で、前回の死に方を思い出したクレインは悶絶した。
憤怒の表情を浮かべたロリコン伯爵が、自ら騎馬隊を率いて本陣に突入してきたのだ。
突っ込んでくる馬の顔が、彼の視界いっぱいに広がり――人生を終えた。
「こんな死に方で、納得できるか……!」
事の発端が、伯爵がこっそり狙っていた少女と婚約を成立させたから。
という、何とも言えない恨みからだ。
それなら勢力拡大の野望を燃やすラグナ侯爵家から滅ぼされた方が、何倍も恰好がつく最期ではないだろうか。
と、クレインは非常にやるせない気分を味わっていた。
「……だが待て、そうだ。前向きに考えろよクレイン・フォン・アースガルド。情報アドバンテージは得たじゃないか」
西には野望に燃える極道侯爵家。
東には精強な騎兵隊を擁するロリコン伯爵家。
これらの勢力には絶対に勝てないことが、身に染みて分かった。
戦いを考えることからして間違っている。
そして南伯と関係を強化し過ぎれば婚約を迫られるだろうし、拒否すれば築いた関係は崩壊。
かと言って受け入れれば東伯がやって来る。
だから南伯と親戚になる作戦は、大幅な修正を余儀なくされたし――もっと慎重に動く必要がある。
そして二度目の人生ではどちらが夢なのか分かっていなかったが。クレインは既にどちらも現実だと受け入れていた。
「夢の中で見ている夢――の中で、更に夢を見るなんてことがあってたまるか。これは……そうだな、前世の記憶を持って、同じ人生をループしていると考えよう」
だからこそ、現実的に。
このあとどうすればいいのか、という点について考えを巡らせる。
「……あんな理由で開戦して、国にどう申し開きをするのかは気になるが。今はそれどころじゃないな。この際ループの原因とかもどうでもいい。とにかく今は対策を考えよう」
そう意気込んでも、大まかな方針は二度目の人生と変わらない。
とにかく生き残ること。
まずはそれだけを目指して、対策を練ることにした。
クレインは西と東から一度目を逸らして、まずは他の方角を見つめてみる。
アースガルド領の南西には南伯を始めとした親戚の家が点在しているものの、そちらに続く道以外は未開の大森林だ。
南方面で頼れそうな勢力と言えば南伯の家くらいなのだが、婚姻関係を結べば東伯が攻め込んでくる。
「……婚約抜きで、畑だけ借りられないか打診してみようか。まあ、商売だから嫌とは言うまい」
ということで、まずは南伯の家と純粋にビジネスの関係を築くことを決意。
これが大まかな戦略だ。
婚姻の話になった時にどう断るかは、その時になったら考えればいいだろう。
そう結論付けて、次に北のことを思い浮かべる。
アースガルド領の北には小さな貴族家が密集しており、主には最下級の貴族である騎士爵の家が並んでいる。
沼地を開拓する代わりに土地持ち貴族となった者たちの地域で、水利権やら通行権やらでいつも争っている修羅の土地だ。
「北の小貴族たちを下して勢力拡大を――いや、大義がないっての」
小領主たちを攻め滅ぼす理由など、特に無い。
争う理由もなしに、味方に対して戦争は吹っ掛けられないのだ。
ラグナ侯爵家かヴァナウート伯爵家くらいの力があれば、王宮にワイロを送って許されるのかもしれないが。
しがないイチ子爵であるクレインにそんな手は使えない。
「というか徒党を組まれたら普通に負ける。戦争はナシだ。……かと言って、商売の難易度も高いよな」
そもそもクレインの手勢は、小貴族たちに連合を組まれたらあっさり負けるほどの数しかいないのだ。
ではどうすればいいのか。
利権でドロドロなので、経済的な輪を広げることも難しい。
下手に手を突っ込むと火傷をする可能性が大だと考えれば。
「……北は、放っておくしかないか」
という結論になる。
つまり今回の作戦は「南伯とビジネスの関係を作る」という、なんとも頼りないものに落ち着いた。
元々が疎遠な親戚だったので、婚姻関係が無いとすればそこまで親しくはなれないだろう。
商売上にしろ防衛上にしろ、本気で助けてくれる可能性は更に低くなった。
つまり最終的な案は、当初の予定ほど効果が上がらなさそうな作戦になってしまったようだ。
「おいおいおい、これじゃあ秋に小金を稼いで終わりだぞ……ぐぬぬ、あのロリコン伯爵め!」
東伯が変な横槍を入れてこなければ色々な手が打てたと言うのに。
と、思わぬところで計画が頓挫したクレインは唸っていたが。
もちろん、この作戦だけで未来を変えられるわけがない。
「少し裕福になったくらいじゃ、領地を滅ぼされた時に略奪される金が増えるだけだ。もっと根本的に、そう……一発逆転の秘策を考えないと……」
そして再び長考に入り。
十分ほど悩んだ末。
「……うーん。――やめだ、どうしようもない」
クレインは考えるのを止めた。
前世、前々世と合わせても、彼はまだ二十歳にすら届かないのだ。
「俺が考えたって無駄だ無駄。――そうだ! もっと効率のいいやり方があるじゃないか!」
こんな小僧が一生懸命策を練っても、いいアイデアが出てくるはずがない。
そう考えて、彼は再び筆を執った。
この思い付きが、アースガルド家を取り巻く状況を激変させることになるのだが。
今のクレインはまだ気づいていなかった。
次回、一発逆転の秘策を授けるべく、賢者たちが続々とアースガルド家の門を叩く!
次話「欲に|塗《まみ》れた賢者たち」は本日中の更新となります。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!