「お前、第一王子の護衛だったんかーいッ!!」
九度目の人生を終えて、クレインはまたいつものベッドで目覚めた。
その第一声がこれである。
――もう滅茶苦茶だ。と、クレインは頭を抱えていた。
例の、優しい瞳の暗殺者が第一王子の近衛騎士ということは。クレインはこれまでに五回、王家の差し金で殺されていたことになる。
己を殺害した回数なら、あの常に微笑みを浮かべた騎士がダントツなのだ。
最初に奇襲で滅ぼしてきたラグナ侯爵家よりも、むしろ王家への恨みが勝ってきた彼はベッドの上でのたうち回り。
少ししてから、ピタっと動きを止めた。
「いや、待て。最後に気になることを言っていたな。ラグナ侯爵の謀略が何とか」
死ぬ直前に怒涛の急展開が待ち受けていて、混乱していたクレインだが。
王子の発言を冷静に思い返しながら、やり取りを枕元のメモに書きこんでいけば。彼は徐々に前向きな気持ちになっていった。
「あれ? これ行けんじゃない? 王家とラグナ侯爵家って、実は仲悪い?」
つい先日の粛清事件に、ラグナ侯爵が一枚噛んでいる。
国王や宰相がどうかは知らないが、少なくとも第一王子はそのことを知っている。
だからラグナ侯爵家に近づく家を警戒して。クレインのことも、侯爵家サイドに回りそうであれば始末しようとしていた。
その事実を並べ終わり、彼は非常に明るい顔になった。
「ふはははははは! なんだ、やれる! これならやれるじゃないか!」
敵の敵は味方というか。将来的に王家とラグナ侯爵家が争うのなら、王家側につけば生き残れる可能性が高くなる。
未来に希望を持てたクレインは、ベッドの上で自然とガッツポーズをしていた。
「てことはアレか! 前回と全く同じ動きをしながら、ラグナ侯爵家だけボロクソに扱き下ろしてやればいいってワケか。――任せろ、得意分野だ! はーっはっは!」
気を抜けば微笑み暗殺騎士のことまで扱き下ろしそうだ。いやぁ、気を付けないとなー。
などと言って、ベッドの上に立ち上がりガッツポーズをしている男は。
そう言えば今朝はメイドのマリーが起こしに来ないなと、我に返ったあと。
部屋のドアが半開きになっていることに気づき。慌てて廊下に飛び出した。
「いやぁぁああ! クレイン様がご乱心んんんん!!」
「違うんだ、待ってくれマリー! 給金上げてあげるから!」
寝巻をはだけさせて、半裸で追ってくる領主は必死の形相をしている。
金銭欲よりも恐怖が勝ったようで、マリーはの足は止まらなかった。
騒ぎを聞きつけた執事長が彼らを捕まえて、廊下に正座させて説教を始めるまで。五分ほど追いかけっこが続いたらしい。
◇
さあ、王子様と二度目の交渉だ。
そんなセリフは当然口に出さず。クレインは謁見を終わらせると、前回と同じくらいのタイミングで、同じようなセリフを口にする。
「ありがとう、マリー。給金は望み通りに上げてやろう」
「マリーとは誰のことだ?」
「当家のメイドにございます」
話しかけてきたのは前回と同じく第一王子。
線が細めで目つきが鋭い、少し神経質そうな人物だ。
「む? 気配を消したというのに、存外驚かんな。……まあいい、立たなくてもよいぞ。私も座る」
彼は傍に居たメイドに紅茶を淹れさせて、クレインの正面に座る。
謁見の間では一言も発さず、個人的に話したこともないクレインだが。
前世のやり取りで、彼がどういう人なのかを多少なり知ることができた。
手札が見えている分、少しだけ楽な心持ちで会話の再開を待つ。
「……で、メイドがなんだと?」
「当家のメイドが、欲張りすぎると失敗するものだと話しておりまして。考えてみれば確かにそうだと思い、今回の献上に至ったのです」
「なるほどな。下々の意見を聞く、良い領主というわけだ」
第一王子からは謎の圧力が漂っており、クレインを品定めするような目をしていた。
新たに銀山という力を得たアースガルド家が、ラグナ侯爵家と接近するか否かを見極めようとしているのだろう。
と、クレインは読み取り。
第一王子はつまらなさそうな顔で紅茶を飲んでから、更に続ける。
「横の繋がりは薄いそうだが、縦はどうか」
「寄り親もいませんし、大家との血縁もございません」
「そうか」
前回と同じやり取りを、同じようなテンションで淡々と続けていく。
この辺りから不穏な気配が漂ってくると知っているクレインは。それでも平然と、同じ内容の受け答えを思い浮かべていた。
「では、ヴァナウート家についてはどう思う」
伯爵がロリコンという事実は目の前の王子も知っているので。
今回はこれも、気楽に処理できる爆弾となっていた。
なるべく前回と同じセリフになるように意識をしつつ、彼は衝撃の事実を明かしていく。
「私の、遠縁の話なのですが。ヴァナウート家の御当主様から熱心に縁談をいただいていると聞き及びまして」
「それならいずれは親戚ではないか。政敵でもなし。何が不満なのだ」
言い淀む時のタメはどれくらいだっただろうか。
などと考えつつ、クレインは続けた。
「……縁談を持ちかけられている者の年齢が、十歳なのです」
「…………ああ、なるほどな。そう言えば、奴はそうだったな」
これもよく観察すれば気づけたが。
第一王子の眉間に皺がごく小さく刻まれ、目元の筋肉も少し震えた。
これから本命の話題に入る。
というサインが出ていたと気づいたクレインは。勝負はここからだと気を取り直す。
「では、ラグナ侯爵家はどうか?」
さあここで聞かれたのは、クレインの苦労が始まった原因とも言える、因縁の家に関する印象だ。
奇襲戦争で領民を皆殺しにされた上に、先祖代々の街を根こそぎ焼き払われたのだ。
もちろん印象は最悪である。
が、現時点では何もされていないし、王家との仲も悪くないと聞く。
悪し様に言ったことが侯爵本人の耳に入れば、滅亡が早まるだけだとクレインは思った。
しかし目の前の王子はラグナ侯爵家か、はたまた侯爵本人を警戒しているようなので。告げ口されることはないだろう。
そう見立てたクレインは、取り敢えず――ラグナ侯爵家のことをボロクソに扱き下ろしてみた。
「名門ではございますが、野心が透け過ぎですね。王都の事情に疎い私でも、ラグナ家が謀略に一枚噛んでいることは容易に推測ができました。あんなに短絡的でこの先は大丈夫なのかと、見ているこちらが不安になります」
「ほう。どこでそう思った」
第一王子が先を促したのをいいことに、クレインはノンストップでラグナ侯爵家を貶め続ける。
「毒殺を未然に防ぐ素振りも見せず、混乱に乗じて勢力の拡大を図ったのです。あの事変で最も得をした家がどこか、考えてみればすぐに分かることではございませんか。田舎子爵の私ですらすぐに分かる浅い陰謀を、何故実行したのか? 理解に苦しむところでございます」
やや早口のマシンガントークで、仇敵のことを徹底的に叩いたのだ。
ここまで言えば、万が一にも侯爵家へ擦り寄るような家だとは思われないだろうし。
言いたことをぶちまけたクレインは、すっきりした顔をしていた。
「…………ふむ、頭は回るようだ。丸きりの凡夫というわけでも無さそうか」
言いたいことを言い切り、しかも第一王子にも認められて。全てのミッションを達成できただろうと――クレインは満足気に紅茶を嗜んだのだが。
一方で。紅茶のカップをソーサーの上で軽く回し、第一王子は何気なく言う。
「だが。粗忽者だな」
「――殺気!」
前回と同じ流れで、クレインの首を狙った一閃が飛んでくる。
それを避けて、返す刀も避けて――と、そこまでは良かったが、そこまでだった。
「ぐっ、が……ぐふぁ」
「人払いもせずにそのような話をする迂闊な者が、どんな影響を及ぼすかも分からぬ。頭は回るようだが……口は禍の元というやつだな」
切り返しの二連撃目もきっちり避けたが、微笑み騎士は最後まで剣を振りぬかず。途中で軌道を変えた剣がクレインの喉を貫いた。
「左様でございますね、殿下。……ああ、いけない。苦しませてしまいました」
完全に上手くいったと油断していた彼は、茫然の表情で倒れ伏したのだが。
微笑みを浮かべた騎士からトドメを刺される直前に。
ふと、王子の呟きが耳に入った。
「まあ、ここに居る騎士もメイドも私の腹心だ。……万が一のことは無いと思うが、用心に越したことはない」
それなら外に話は漏れないだろうし。
そもそも――何も殺さなくて良かったのでは?
と、そんな感想を抱きながら、クレインは意識を失う。
王国歴500年4月20日。
王宮から領地に帰る途上で、領主が山賊に襲われて死亡した。という発表があった。
これによりアースガルド領全域は、王家の直轄地に編入されることになる。
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