「クレイン様。貴方は亡霊の存在を信じますか?」
「どうした、いきなり」
会談を数日後に控えて、クレインは王都に前乗りしていた。
セキュリティ意識の高そうな高級宿を取り。
防衛指揮に当たるグレアムと、見回りを行うハンス以外の武官を何名か招集だ。
言ってしまえば、部隊の指揮よりも個人の武勇が目立つ者を連れてきている。
その筆頭であったピーターに護衛の当番が回ってきて。
任務に就いてから十分ほどして。
彼はクレインに向け、唐突な質問を振った。
「いえね、私も信心深い方ではないもので。神や霊を信じる者の気持ちが、よく分からないのですよ」
いつでも飄々として、何を言っても受け流してきそうな雰囲気のある男。
浮世離れしたピーターの言動は少し変わっているが。
いつもは適当なところで解釈をしているクレインからしても。
今日の発言は特に理解が及ばないものだったらしい。
「よく分からないけど……」
クレインとて己の身に何か超常的な現象が起きているとは思うが、別に神は信じていない。
意図は分からないものの、素直にそう言う。
「まあ、俺も信じてはいないよ」
「左様で」
王国では高位貴族になるほど信心深い傾向があるが。
手を結んでいる北侯にも南伯にも、特にその様子は無さそうだ。
これからの会談に向けた遠回しな注意かもしれないとは思ったものの、特に重要な話だとは思わなかったらしい。
彼なりの雑談だったのかと思い。
意識を会談の内容に切り替えようとしたクレインだが。
ピーターはもう少し話を続けた。
「例えば失いたくない者を失ってしまった、ですとか。目前の現実を受け入れられない者たちの、戯言とは思いますが」
そこで一度言葉を切った彼は。
何を考えているのか分からない柔和な表情。
いつも通りの微笑みを浮かべたまま、続ける。
「墓参りについてはどう思われますか?」
「は、墓参り? それは、年に一度くらいは行くけど。特に何かを考えたことはないよ」
「では、その意義はどこにありますか?」
「えっと……」
彼が何を言いたいのか。
クレインにはもう、まるで理解できない。
そうして動きを止めた彼に向けて、ピーターは己の持論を語っていく。
「人によっては、過去を清算する行為でしょうな。戻らぬ人がそこにいると。確かめることができます」
「……そういうものか?」
「はい。それからもう一つ」
まだ続くのかとクレインが目を丸くすれば。
ピーターは少しばかり真剣な顔をして。
しかし曖昧な笑みを浮かべて言う。
「死者を弔う姿勢を見せることで、己は義がある人間だと証明すること。周囲にそう伝える儀式が墓参りというものか。そのように捉えております」
しかしその発言内容は変わらず、意味不明だ。
「そ、そうか」
「ええ。自分のためか、周囲のためか……いずれにせよ、生きている人間のためにする行為であるかと」
いや、何らかの意図は含まれているとクレインにも察しはついたが。
彼の意図を計りかねている。
「ピーター。俺は貴族的な会話が苦手なんだ。何を言いたい?」
「失礼。王都に戻っていた期間が長かったので、少々迂遠な物言いになりましたか」
第一王子暗殺事件の調べを進めるため、彼は王都に滞在していた。
その後、領地に戻って一ヵ月ほどで再びの上京だ。
王都では貴族の元を訪ねていたと聞いているクレインは。
まあ、遠回しな口調が移っても無理はないと思っていたのだが。
「内密のお誘いがございます」
「誰から?」
「亡者から。……いえ、亡霊から。ですかな」
話の核心を話す気が無く、匂わせていくような話し方をする。
宰相やラグナ侯爵と同じようなことを言っているなと、クレインは苦笑したが。
釣られてピーターも苦笑した。
「失敬。単刀直入に言えば墓参りの誘いです」
「……誰の?」
流石にそこまで隠そうとはしなかったらしい。
ピーターは糸目を少し曲げつつ、口角を微かに上げて答えた。
「殿下の墓へ、共に参りませんか?」
「は?」
誰が何の目的で殺したのかも分からず、その後がどうなっているのかも知れない。
彼の周辺情報は一切が謎だったはずだ。
しかしピーターは何かを知っており、墓の位置まで把握していると言う。
突然の報告で、今度こそ完全に硬直したクレインだが。
たったこれだけの情報で、何かを判断はできない。
「お、おい。ピーター」
「義理がございますので、これ以上は」
誰に対しての義理か。
誘う目的は何か。
それも一切明かされない。
「さて、まあ。行けば分かることではございますが。しかし某としては……行かぬ方が良いと思います」
人によっては温和。
人によっては怪しい。
そんな顔をした男は、詳細まで語る気はないようだった。
「だったらどうして教えたんだよ」
「伝えることが我が義です。この話をお伝えした段階で、既に義は果たしたものかと」
つまり、ピーターはその情報を伝えた人物と何らかの関わりがある。
それこそ調査の途中で接触した貴族だろうか。
そう推測すると共に、クレインにはもう一つ予想がついた。
「そこに行けば、情報の提供者とは会えるのか?」
「ええ。恐らくは」
墓参りに行けば、その情報を伝えた人物と接触ができる。
暗に、彼はそう言っている。
ここでクレインは色々と考えた。
決戦を間近に控えた今、この時期に。
わざわざ怪しい人物と接触することがあるのか。
秘匿されていた第一王子の死。
その真相を知っているとなれば。
「相手はそれなりの大物、又は大物の派閥に属する人間か」
そしてピーターが止めるということは、相手がそのまま己を害する可能性もある。
それらを考えた時、クレインは――
「よし、行こう」
「ふむ」
即座に、行動に移すことにした。
害されたとすれば、次の人生で墓参りを避ければいいだけの話であり。
知らなかった重大情報を知れるとすればプラスだ。
暗殺をしてくる勢力が分かれば対策の立てようもある。
むしろ当主会談で、そのことについて相談すればいい。
そして、何より。
「一度、けじめは付けておきたかった」
「ふむ……。それがクレイン様の義、ですか」
第一王子を見捨てた罪悪感は、今やほぼ消えている。
彼は未来だけを見て進むと決めたし。
周囲もそれでいいと言った。
そしてクレインは、神や霊というものを信じていないのだ。
自分の行いを「あの世から殿下が見ている」などとも、毛頭考えていない。
だが、墓参りは生きている人間が自分のためにするもの。
それは先ほど確認した。
「まあ、自己満足だよ」
「それでよろしいかと。己を納得させる以上に重要なことなど、人生の中でそう多くもなし。……ああ、念のため剣のご用意を」
剣を一つ持つだけだ。
大した用意もなく、クレインは宿を出ようとした。
「お待ちくださいクレイン様、どちらへ!?」
「私たちもご同行を!」
「いい。少しそこまで行くだけだから」
クレインがピーターと二人で行こうとすれば、周囲の人間はもちろん止める。
ピーター自身も何人かは連れて行く心積もりだったようだ。
だが、彼だけを供にしてクレインは街へ出た。
「よろしいのですかな? 某と二人で」
「少数の方が。しかも紹介者と二人だけの方が、深い情報が出てくる可能性は高い」
「ふむ、まあそれも道理」
重要な話は、相手にそれを知られていると悟られていない状態の方が都合がいい。
むしろ今回の彼は。
話を聞き終わってから殺された方が、利益の出る状態だった。
「ピーターのことも、ただの案内役として連れて行くつもりだから」
「はは。護衛以外のお役目とは、珍しい日ですな」
大通りに出た彼らは、王都の北へ向かう駅馬車に乗り。
馬車を降りてから少し歩き。
昼と夕方の中間という半端な時間に、郊外の森へ着いた。
「こんなところに墓があるのか?」
「ええ。待ち伏せには絶好の、怪しい土地ではございますが」
仮に誰かの罠だとすれば、冥途の土産に教えてもらえばいい。
誰の差し金かさえ分かれば、対処のしようはあるのだ。
計画が成功して勝ち誇っている人間が相手なら、それはクレインからすれば恰好の獲物に見える。
そして、今回の人生で墓参りを終わらせれば。
それが区切りだ。
もう、自分の中で過去と決別できる。
そう考えて、クレインは森を歩いた。
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