「さて、このメンツが一堂に会するのも久しぶりだな」
招待客が集まったクレインは、まずそう切り出した。
この場に居るのはいずれも王都で幅を利かせる大手商会の責任者であり、四ヵ月前のクレインでは面会すら叶わなかっただろう顔ぶれだ。
――それは間違いないが、現在クレインの前には二つの空席がある。
「御大は欠席ですか。悪い気もしますが、我々だけで儲けさせてもらいましょう」
「まあまあ、そう明け透けに言うものではありませんよ」
まずは御大と呼ばれる男。
ジャン・ヘルメスが欠席している。
ヘルメス商会は王都どころか、国中の商会を見ても最大手に位置しており。
当然、最も影響力が強い商会だ。
「サーガさんのところも、儲け話には乗りたかっただろうになぁ」
「近頃は景気が悪そうでしたからねぇ」
そして最も資本力の無いサーガ商会の会長、ドミニク・サーガも欠席していた。
サーガ商会は主に東方で商売をしているが。
最近は商売が上手くいっていないのか、徐々に影響力を落としている商会だ。
最強の商会と最弱の商会。
まずはそこから落としてみようという作戦だった。
欠席した二人には、「別口で特別に商談がある」と伝えてある。
今日の会合に間に合わなかったことにして、明日の昼に改めて領主の館へ来るようにと根回しをしていたのだ。
「はぁ……こちらは田舎者だから、少しは手加減してほしいものだ」
少し会話に変化が出たものの、大きな問題は無い。
流れ自体は前回通りかと思いながら、クレインは切り出した。
「クレイン様は話術に長けるともっぱらの噂。謙遜が過ぎますよ」
「左様でございますなぁ」
「クレイン様には商才があるかと存じますが」
持ち上げてくれるのはいいとして、この中に暗殺者がいると思えば嬉しさも半減していた。
笑顔で擦り寄り、裏で毒殺を目論む輩がいるかもしれないのだ。
微笑み騎士は善意百パーセントで殺しに来ている節があるので、彼女へは怒りよりも恐怖が勝るが。
それはさておき。
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ。本当に……ね」
こっそり裏切りを企むような奴は許さんとばかりに。
商人たちに――暗殺者に怒りを燃やしていた。
誰が犯人かは分かっていないので、ここは慎重に行こうと思うクレインだが。
「さて、そんな話は置いておきだ。スルーズ商会が王家の銀山から最後の設備を持ってきてくれた。これを使い、新規に銀山を増やそうと思うのだが」
クレインから出資の話を持ちかけられる前に、談合は終わっていたらしい。
この場に集まった商会が共同で出資することになっており。
あとはクレインが書類にサインするだけ。というところまでお膳立てがされている。
「規模はいかほどで?」
「前の二つと同じくらいだ」
クレインは先の展開を見てきたのだから、裏事情は既に知っていた。
しかし彼は何でもないような顔をしながら、前回と同じ流れで続ける。
「輸出は順調だが、まだ金庫の中身は少ないのでな。出資の配当は前回と同じにして、諸君から出資を募ろうかと思う」
前回はここでヘルメス商会長が出資比率を持ち出した。
しかし今回、彼はこの場にいない。
さてどうなるかと思い成り行きを見守っていれば。
「こんなこともあろうかと。御大を中心に、出資比率を話し合っておりました」
「新規開発は予測済みか」
「銀山開発は要ですからね。大筋は把握しておりますので、今書き上げます」
トレックが代わりに名乗り出て、紙に各商会が出す金額を書き込んでいった。
一時期は瀕死であったとはいえ。
スルーズ商会も老舗なため、この仕切りは自然の流れとも言える。
無駄に侯爵家と張り合おうとしなければ、潰れはしなかっただろうし。
むしろ、大きな影響力がありながら弱点も抱えていたので、トレックのところが真っ先に狙われることになったのだろう。
と、クレインが考えている間に、簡単な提案書が完成した。
「ご確認ください」
「……そうだな、見てみようか」
確認はしてみたものの、内容は前回見たものと一緒だ。
ここまでの流れは変わらないようなので、クレインはこの後も同じように進めることにした。
「よろしい。ではこれで進めよう」
「取り分の交渉はご不要ですか?」
「一見して適正価格だ。儲けさせてやるから存分に働いてくれ」
この提案書自体に問題はない。
このくだりは、あっさりと終わった。
「流石はクレイン様。思い切りのいいことです」
「この決断の速さも若さゆえ、ですかな」
むしろクレインはこの後に出てくる料理の方を怪しんでいるのだから、ここからが本番である。
「目先の小金に釣られて利益を逃すような二流は、ここに居ないと信じるよ」
「はは、これは手厳しい」
今やクレインは巨大な利権を動かす男であり。
談合やワイロ、裏取引など当たり前の世界に来てしまった。
それでも商慣習として許される範囲で、違法なことはしていないのだが。
――考えるまでもなく、暗殺は完全にアウトだろう。
絶対に犯人を見つけてやるという意思とは裏腹に、彼はにこやかに笑っていた。
「そう言えば、いい絵が手に入りましてな。子爵の屋敷に似合うかと思います」
「では当商会からもこちらの焼き物をお受け取りください。北方製の名品です」
「ああ、ありがたく受け取ろう」
贈り物も前回通りだ。
各自が交易品を持ち寄っているのだから、ここが変わるわけがない。
ひと段落ついたところで人払いを止めて、料理と酒が運ばれてきた。
「……まあ、全ては生き残るためだ」
改めてそう決意したクレインは、木のコップに注がれたワインを一息に飲み干す。
最近では領内に回る品物の質が高く、酒も食事も上等になったものだ。
しかしこれには、毒が入っているかもしれないんだよな。
などと思いながら、彼らは上機嫌で商談を進めた。
その晩のことである。
「む、腹の調子が、少しおかしいな」
「大丈夫ですか? クレイン様」
「ああ。少しばかり……いい物を食べ過ぎたかもな。今日は早めに寝るから、マリーはもう下がっていいよ」
「何かあれば呼んでくださいね?」
そう言って廊下を歩いて行くマリーを見送りながら、クレインはボヤく。
今回は昼に貰った胃薬を使わず、どうなるか様子を見てみることにしたらしい。
「この腹痛が、ただの腹痛ならいいんだが……。あー、それにつけても、生まれ変わるなら今年の4月からがいいなぁ」
戻るにせよ、何かを得てから戻りたいと願うクレインだが。
とにかく4月に戻りたいと口にしつつ、ベッドへ潜り込み。
――そのまま永遠に眠った。
王国歴500年8月22日
領主の病死により、アースガルド家の歴史は終わった。
アースガルド領は後に、王家の直轄地に編入されることになる。
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