「ああ、予備は三枚あるから、好きなやつを選んで――」
「枚数が足りん。七枚重ねろ」
これは真剣勝負。
ならば全力で挑もう。
と、わざわざ難易度を上げた彼を、友人たちは呆れた目で見ていたが。
言われたクレインは板を積み、レンガのようなもので下の部分を固定した。
「お、なんだ?」
「何か始まるみたいだな」
酒場の酔客も興味深げな顔をして。
ある程度の注目が集まった中で、クレインは言う。
「さあ、今からこの男が板を叩き割ります! 見事に割れたら、奥さんへのプレゼントを進呈!」
そう言って盛り上げれば、酒場の大半はそちらに目を向けた。
店主も面白そうな顔をしており、特に問題は無いようだ。
ならばと、クレインも続ける。
「割れなかったとしたら……。まあ、恥ずかしいだけか。彼が賭けるのは男のプライドかな」
「言ってくれる」
煽りを受けたランドルフは憮然とした顔だが。
何はともあれ試し割りをする板の固定が終わり、用意はできた。
「じゃあ張り切っていってみよう」
「いいだろう」
そう言って深呼吸をすると。
次の瞬間、野獣の如き眼光を両目に宿し。
「ウォォオオァァアアアアアアッッ!!!」
と雄叫びを上げながら、ランドルフが拳を振りかざした。
槍を振るう度に人間を数人、宙へかちあげる腕力だ。
板は見事に、全部割れた。
というか爆散するかのような勢いで砕け。
店の床が砕けるかどうか、というところまでブチ抜いた。
「すげぇ!」
「おお、やるじゃねぇか!」
一瞬酒場が静まったが。
チャレンジに成功したとあって、次の瞬間には拍手と口笛が鳴る。
「はい、見事成功ということで。こちらの薬は彼のものです」
「え、ああ。本当にくれるんだな」
騙されているという線も捨てていなかったランドルフは、あっさり薬が手に入ったことへ意外そうな顔をしていた。
「ラベルは本物のようだが……」
もしや中身は偽物かと言わんばかりに、瓶をまじまじと見つめている。
まあ、これで終わっても不自然だ。
そう思い、クレインは別な薬を取り出して言う。
「日常生活で、急に木の板を割りたくなった。そんな日も多いと思いますが」
そんな日は無い。
お前は何を言っているんだ。
と、周囲からヤジが飛ぶ中で。
クレインはトレックから仕入れた傷薬を掲げる。
「彼ほどの体格があっても怪我はします。そんな時にはこれ! 打ち身や、擦り傷にもよく効く軟膏がおススメです」
周囲がまじまじと見つめてくる中で。
クレインは目を丸くしているランドルフの拳に、それを塗りたくった。
木に擦って彼の手からは少し血が流れていたが。
効果は確かなようで、それもすぐに止血される。
「馬宿亭に留まっている行商人のトムから購入できますので、是非よろしく!」
そう言うクレインは袋から在庫を取り出し、希望者がいればこの場でも販売すると宣言した。
ここでランドルフも、友人たちも気づく。
ああ、派手なことをして商品を宣伝したかったのか。と。
実際には知り合いが苦しむのを忍びなく思い、適当な理由で手助けしただけなのだが。
「上手いことやったな、坊主」
「折角だ、一つ寄越せよ」
薬草を擦り下ろした傷薬ならそれほど高値でもないので。
宣伝に使った高価な薬代を考えれば、全部売れたとして利益は微妙なところだろう。
しかし行商人が知らない街で知名度を上げるには、まあ悪くない手段だ。
ランドルフへ渡した薬の足しに、まあ一個買うか。
そう思いつつ、彼らは笑った。
「ははは、面白い奴だな」
「一杯奢ってやるから、まあ座れや」
横のテーブルに居た客からも薬の注文が入りつつ。
そこそこ盛り上がっただけあり、周りのテーブルからも酒を奢られていく。
「こんなことで薬を? 本当にいいのか」
しかしランドルフは、降って湧いた幸運に理解が追い付いていないらしい。
キツネにつままれたような顔をしている彼に向けて、クレインは微笑む。
「いいって。奥さんに渡してあげて」
「すまない、恩に着るぞ。……俺の名はランドルフと言う。何かあれば頼ってくれ」
その薬が効くことは確認済みだ。
適当な理由を付けて薬を渡し、配下だった男と妻を救うことができた。
しかし彼の望みは、武将として名を上げることだ。
今のアースガルド家では彼を雇ったところで、彼の望みが叶うはずもない。
「だから、まあ。これでいいよな」
生活自体は改善できないが、命は助かるだろう。
それで満足したクレインは、できることはここまでと区切りをつけた。
陰謀に絡まれない平和路線を試すなら、これ以上できることはない。
「さあ、乾杯といこうか」
クレインは、周囲の酔客から奢られた酒も浴びるほど飲み。
そのまま数時間飲み続けて。
「おーう、届け物だぜー!」
「うぇへへ、ただいままりー」
「うわっ!? 飲んできたんですか!?」
酒に強くもない彼は、例のごとく泥酔してしまい。
強面の男たちに担がれて、宿で待っていたマリーの元へ配達されることになった。
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