「予想で構わん。ラグナ侯爵家が取り得る手段について言ってみろ」
「ふむ……」
第一王子との協力関係を築けるか。
築いたとしてどのような扱いを受けるかは、この話し合いにかかっている。
「北東から北西にかけてのエリアが、ほぼ全て侯爵家の傘下に入りました。禁製品を生産し、密輸で儲けることが始まりでしょうか」
無能がどうなるかは散々学んできたので、なるべく有能なところを見せなくてはいけないだろう。
そう思ったクレインは、未来で見聞きしたことをそのまま話すことにした。
「なるほど。今回ラグナ侯爵家が手に入れた領地の中に、麻薬の群生地があったはずだな。食用にしているから見逃していたが……それで商いをする可能性はある」
王国の北西部には、麻薬の群生地がある。
わざわざ栽培しなくとも、燃やせばトリップする草がそこら中に生えているのだ。
これを使わない手はないとばかりに、ラグナ侯爵家は公然と闇の商売を始めると未来で噂になっていた。
違法薬物はもちろんのこと。
没落貴族のご令嬢をオークションで競りにかけたり。
諸外国と怪しい取引をしているという噂もクレインは聞いていた。
これらは大体一年後から噂になり始めるが、真偽のほどは定かでない。
しかし噂が出るということは、何かやらかしているのだろう。
そう考えて、彼は未来で噂になったことを残らず暴露していった。
「裏だけでなく、表からも攻めてくるかと存じます。例えば王家の御用商を買収――特にスルーズ商会辺りは、もう危ないと見ています」
「そちらから影響力を獲得するか。まあ、それもあり得そうな話だ」
流行りの商会や大手商会を、武力や財力で潰して乗っ取りを企てたり。
借金のカタに周辺貴族の土地を巻き上げたり。
アースガルド家が滅ぶ直前は、侯爵家もかなり派手な動きをしていた。
その布石はこの時期から打たれていたようで、未来で一番先に陥落した大手商会の名前を挙げれば、王子は心当たりがあるような素振りを見せる。
「ふむ……仮にそれらが現実に起きるとして、商会を落とされるのがマズいな」
「ご禁制品よりも、ですか?」
「そちらは違法と決まっているのだから、調査をすれば痛手は与えられる。しかし商会は合法的に乗っ取れるからな」
それはそうだとクレインも納得する。
侯爵家のアコギなやり方に口を挟んだとして、「自分の金で買収した商会のことにまで口を出す権利はない」と、すぐに突っぱねてくるだろう。
「この件、貴様ならどう対処する?」
無理矢理に接収すれば信用問題になるので、王家ですら手は出しにくい。
しかしクレインが知っているのはあくまで遠くの噂程度の話だ。
実際にどういった手口で攻めるのかは知らないし、防ぐ手立てなどすぐには思いつかない。
「私なら、ですか」
「そうだ。仮にお前の立場でこれを防ぐとしたら、どのような手を取る」
そう言われて考え込んだ時。
少しして、彼の脳裏に閃きが走る。
「利権、でしょうか」
「利権?」
「はい、例えば我が領地では銀が採れますが、開発し切るほどの資金も人手もございません。なので、開発資金を複数の商会に出資させます」
クレインは献策大会の際に提唱された、領地開発のアイデアに思い至った。
「商会の体力を更に削ってどうしようと――いや、そうか。なるほど」
そして第一王子も、すぐにクレインの意図を察した。
彼がしようとしていることは、商会の金を強制的に分散投資させることだと。
「王都で戦おうとして、泥沼の争いで資金を消費。後に弱ったところを買収されるという流れならば。最初から王都以外の場所に、商売の比重を移させればいいのです」
王都へ資金を注ぎ込めば、王都での商売がダメになった瞬間に呑み込まれる。
だから、王都はあくまで商売の場の一つと割り切らせ、逃げ道を用意すればいい。
本当なら、「効率のいい領地開発のやり方」という題目でクレインの目に留まった提言なのだが。
これは新規開発の利権で釣った商人を雁字搦めにして、アースガルド家に依存しなければ立ちいかなくなるまでズブズブにするのが最終目標だ。
つまりラグナ侯爵家と大差ないやり方ではあるものの、クレインはそこまでアコギにやるつもりはないし。
集めた商人を保護するという観点で見れば、効果はあると踏んでいた。
「よし、では任せる」
「…………承りました」
この言葉が「その策を実行しろ」という意味なことを理解したクレインは、少しの間を空けてから承諾した。
ラグナ侯爵家と正面からぶつかるリスクは高くなるが、もう彼には頷くことしかできない。
今さら協力要請を断ることなどできないのだ。
ここまで話せば王子の味方になる以外の選択肢がないし。
何より王子の背後には死神――例の微笑み騎士がいる。
今さら中立に戻らせてくれなどと言えるわけがなく、多少侯爵家の恨みを買うとしても進むしかない状況だった。
「見返りは私が国王になった時まで待て。出世払いだ」
「承知致しました。お任せ下さい」
何はともあれ。
こうしてクレインは、第一王子との密約を結ぶことになった。
その後はアースガルド領に対する支援と、密偵を通じて連絡を取り合うことなどを約束して。クレインは宰相と合流する。
国王と約束したスカウトも無事に終わり、王都に来た目的は全て達成できたことになる。
王家の庇護、第一王子との協力体制、そして人材の確保。
予想以上の成果を挙げて、クレインは領地へと向かう。
しかしまだ安心はできない。
今までのことを考えれば、どこかに落とし穴があるかもしれないのだ。
帰り道は暗殺者を警戒しながらの強行軍になったが。
幸いにして何も起きずに、彼は生きて領地まで帰ることに成功した。
◇
「皆、聞いてくれ。王家の紹介で各分野の専門家を大量に雇うことができた。今後我が領は、飛躍的に発展することだろう」
「そ、それはそれは。いつの間に、そんなご計画を……」
「すごいです! クレイン様!」
銀鉱山の利益を半分渡す代わりに、何かあれば王家に守ってもらうこと。
内政を回す人材を出してもらうこと。
若手の育成ノウハウと、教師を提供してもらうこと。
それらの約束を取り付けて帰ってきたクレインに、執事長を始めとした屋敷の人間は驚愕していた。
「利益の半分ですか。また思い切りやしたねぇ、坊ちゃん」
無難に領地を治めてきた、若き当主。
今日まで大きな動きを見せなかった彼が王都で大立ち回りをして、栄達の道を拓いたというのだから、誰もが予想もしていなかった結果を持ち帰ったことになる。
「バルガス、坊ちゃんはよせ。……ああ、昨年まで王家の銀山で稼働させていた設備を解体して運んでくれるのと、技師もセットで付いてくるらしい。ガンガン掘っていこう」
「そこまでしてくれるなら、あながち丸損ってわけでもありませんな」
特に人材面での成果は素晴らしいものがあった。
王都を出る前に宰相と合流し、有能そうな役人を軒並みスカウトしたのだ。
献策大会で見た顔ぶれもちらほら見かけたので、良さそうな提案を出した者は優先で確保して。
領地運営の準備が整ったことにより、アースガルド子爵領は拡大路線を取ることが可能になった。
「商会もどんどん呼び込むぞ。出稼ぎの炭鉱夫だって来るんだし、宿屋と飯屋はいくらあってもいい。鉱山で使うツルハシなんかを作る、鍛冶屋も欲しいな」
「人が増えるなら雑貨屋さんとか、服屋さんも必要ですね」
新しいもの好きなマリーは、新店が続々と開店する未来を想像したのか目が輝いていた。
人が増えるということは、それだけで力だ。
兵力、生産力、技術力、経済力。何を取っても人口というのは最大の武器になる。
「生産力の差は三十倍、か」
「どうしました? 坊ちゃん」
「何でもない。あと、うん。坊ちゃんは止めてくれ。威厳が無くなる」
バルガスの言葉を受け流しながら、クレインは計画を始動させる。
全てはこれから先の未来で、自分の命を守るために。
そして、自分についてくる人々を救うために。
「ここからが勝負だ」
少しでも力を付けて、暴力や謀略に負けない盤石の体制を敷く。
そう決意したクレインは右手を振り上げて。集まった家臣たちに号令をかけた。
「さあ、行くぞ――オレたちの戦いは、ここから始まる!!」
世が世なら打ち切り。最終回などと呼ばれそうな掛け声に応じて、気炎が上がる。
何をやっても即死していた状態から一歩進み。
クレインの目にはようやく、滅亡回避の道に光が見え始めていた。
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安心してください、まだ続きます!
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