王国歴501年、5月25日。
アースガルド軍五千は、侵攻してきた敵軍六千五百を、領内の平野で迎え撃った。
そうして同じ王国の貴族たちが。
味方同士の戦争が始まったのだが、しかし――
「やっちまえ!!」
「ナメんじゃねぇぞコラ!」
「首を置いていけぇぇえええええッッ!!!」
集まった敵軍は既に崩壊しており、開戦から三十分でもう追撃作業に入っている。
「こんなに強いなんて聞いてねぇよぉ!?」
「た、助けてくれぇ!」
アースガルド家は金を持っているが、兵士はザコばかり。
そんな評判をアテにして攻めてきた小貴族連合は、方々から集まった武芸者の群れに追い散らされていた。
アースガルド家の部隊割りはごく単純。
戦時には五人一組で小隊を作り、小隊が二十個集まって百人の中隊を作る。
今は各中隊に一人の将を置いて、攻め競わせている状態だった。
「急ごしらえでも、意外とやれるもんだな」
「見たところ、個々の武力は王国内でも有数ですので」
本来なら中隊を十個まとめた千人の大隊を作りたいクレインだが、指揮系統がまだできていない。
だから「各自の武力頼みで何とかしよう」という算段で戦いにきた。
それを小高い丘の本陣から見ていたクレインは、何とも言えない顔をしている。
「……そりゃあまあ。剣の達人やら槍の名手を山ほど雇ったんだからこうなるわな。全部で何人雇ったっけ?」
「五十七名です。閣下」
うち四十名を中隊長に任命。
元からアースガルド領に仕えていたハンスなどと混じり、指揮を取っていた。
徴兵した兵をまとめ上げる中隊長クラスは充実しているし。下手をすれば採用基準のギリギリで仕官できた武芸者が、小隊長に紛れているのだ。
彼らは皆、指揮能力の高さではなく腕っぷしに自信がある者たちである。
「あーあー、あっちもこっちも、隊長が先陣切って突っ込んでるよ」
「そのおかげで、士気は非常に高いですね」
功を焦り、血眼になって突撃する武将が敵を蹴散らしていくのだ。
付いて行く兵士たちも勝ちに乗じて、ノリに乗って攻勢を仕掛けている。
「何人の首実験をすることになるやら……」
軍事部門は歴史が浅く、頭角を現せば出世は思いのままということもあり。各自が己の人生を懸けて――本気で殺しに来たアースガルド軍。
それに対するは、因縁をつけて喧嘩を吹っ掛け、数の暴力で略奪をしようとしていた食い詰め者の寄せ集めだ。
あくまで略奪が目当てであり、できれば戦わず降伏してくれることさえ願っていたくらいに――やる気が無い。
この二つが激突すれば、敵方が一瞬で総崩れになった。
敵軍はどこもかしこも壊滅状態だ。
貴族お抱えの指揮官や、果ては当主本人まで討ち取られていっている。
「いや、それにしたって。もっと苦戦するかと思っていたんだが」
「敵方は兵の質が悪いですね。食事を満足に取れていないのでしょう」
「確かに動きが鈍いし……やせ細っているようにも見えるな」
毎日満腹まで食べられるアースガルド領の兵士たちは、徴兵された農家でもかなり体格がいい。
それに対して、敵はあばら骨が浮き出ているような――栄養失調寸前の兵だ。
しかも味方には猛将がそろい踏み。これで負けるわけがなかった。
「撤退だぁ! 準男爵様を守れぇ!」
「怯むな、立て直せ!!」
「引けば斬るぞ! 前に出ろ前に!」
敵の中にはさっさと退却しようとする者や、逆侵攻に出ようとする者もいる。
しかし引く、留まる、押すと各家でバラバラの動きをしていたので。
まとまりかけた端から、またすぐに戦線が瓦解していた。
連合軍に総大将のような存在はおらず。指揮系統が各家で独立していたのだから、連携など取りようがなかったのだ。
敵軍の指揮官も、何とか戦線を維持しようとしていたが。
「いたぞ! 大将首だ!」
「狩れ! 刈り取れ!!」
我先にと逃げようとしている中で踏みとどまり、馬上から指示を出す将は恰好の的だった。
「うぉぉぉおおああああ!! 敵将! 剛槍のランドルフが討ち取ったりぃぃ!!」
「畜生、持って行かれたか!」
「中隊長ォ! あっちに身分が高そうな奴がいます!」
「でかした! 殺せ!」
山狩りで盗賊をハンティングしていた武芸者たちは、いつものように、敵を獲物に見立てて襲い掛かる。
まともに働くほど猛将から襲われる確率が高くなるのだから、徐々に逃げ出す敵が増えていく。
結局。攻めてきた八家のうち、五家の当主が降伏するか捕らえられた。
残る三家の内訳は、さっさと逃げた準男爵が一人に、打ち取られた男爵が二人だ。
つまり全滅したので、半日もしないうちに戦争終了である。
「…………こいつら、このザマでよく戦いを仕掛けようと思ったな」
「ええ。ですがこれが閣下の策だったのでは?」
「えっ……あ、あはは。バレていたのか」
もちろんクレインは、この状況を一ミリも予想できていなかったのだが。
しかし無能ムーブは、できれば避けたい。
「どこでそう気づいたのかな?」
あくまで、ブリュンヒルデを試す方向で種明かしを迫ると、彼女は人差し指をアゴに当てて、小首を傾げながらクレインの策を言い当てていく。
「彼らは中央の情勢に疎く。閣下が銀山を手に入れたこと、また、羽振りが良いことくらいしか知りません。情報が足りていないのです」
「そうだな」
とりあえず、言葉少なく。頷くだけ頷いておこう。
と、クレインは首を縦に振る。
「今回の仕官募集も、小貴族の領地を避けるようにして行われています。聞いているのは噂程度で、ここまで人材を囲っていたとは知らなかったでしょう」
「それもそうだ」
実際にはどうだったのか。
前提として。戦乱続く小貴族連合の土地周辺では、血の気が当主が多い。
引き抜きをかけたら全力で文句を言ってくることも想像がついた上に、献策大会の時に目ぼしい人材も見かけなかったのだ。
それにどこかの家に肩入れすると、その家と因縁のある家が襲ってきそうで嫌だ。
――クレインの考えはそれだけだった。
手を出しても利益が薄いどころか害があり。
できればなるべく疎遠になりたかった。
だから交流を絶っていたのが、目の前の騎士からは情報封鎖に見えたらしい。
「交流を絶っていたのですから、敵兵はアースガルド軍が、以前のままだと考えていたことでしょう」
なるほど。小貴族たちを事業に噛ませることをしなかったし、貿易も最小限に抑えている。
精々が高値を出して、食料を買い取らせていたくらいだ。
クレインは向こうのことをよく知らないし。
それは向こうからしても同じことだったのだろうと、彼は納得した。
「いずれは邪魔になる存在です。でしたら、油断させて一気に叩いておくことが上策かと」
「ふむ。素晴らしい洞察力だ。……が、それだけか?」
しかしブリュンヒルデは、それだけで褒めてくるような人間だろうか?
第一王子の側近だけあり、評価項目は厳しめなのだ。
油断せず、まだ何かあるだろうと聞き出していけば。
「彼らが治める農村からも食料を買い付けたのですから、飢饉の影響が加速したことは想像に難くありません」
「……だろうな」
アースガルドが唯一買い取っていたものが食料品なのだから、不作の影響をモロに受けた各領へは追い討ちになる。
結果として食い詰め者が増えることになり、治安の回復に追われる領主も多かったらしい。
内政で手一杯にして、こちらに目を向けさせないか。
保護を求めてきた相手を手下にするか。
まあどちらでも、勢力を拡大する口実にはなる。
万が一暴発して攻めかかってくれば、簡単に撃退できるところでもある。
「閣下の密偵。それから、スルーズ商会のトレック殿もいい働きをしたようですね」
「ああ、マリウスたちもトレックも頑張ってくれたよ」
その上でトレック率いるスルーズ商会へ買い付けに行かせていたのだから、クレイン側の情報を漏らすわけがない。
敵から情報を得ることができても、敵はアースガルド家の情報を集めにくいのだ。
最後に、密偵を放っていたクレインは敵が仕掛けてくる時期を察知して、すぐさま迎撃態勢を整えられるようにしていた。
戦になれば短期決戦で、根こそぎ壊滅させられるほどの大打撃を与えられる。
こんなもの演習と大差無いので、戦争にかかる費用は驚くほど安く済んだ。
弱体化の謀略を仕掛け続けるか。
現状維持で内政をしているか。
戦争をするか。
どこへどう転んでも利益にしかならない。
普通だと経済の痛手になるはずの戦争が、最も利益を得られる道ですらある。
「はえー」
「いかがでしょう? 閣下」
なるほど、クレインという男はよほどの策士のようだ。と、クレインは感心する。
しかしまだ油断はできない。
もう少しダメ押しが必要かと思った彼は、意味深な笑みを浮かべて微笑んだ。
「ほぼ正解だ。が、もう少し狙いがある」
「左様でございますか」
「あ、ああ。任せておいてくれ、ははは」
実際には何も考えておらず、状況に流されただけなのだが。
まあ、戦いが終わるまでに、もう少し何か考えておけばいいだろうと。
クレインは追撃部隊の行方を見守っていた。
―――――――――――
難民を出させて、保護して定着させて。領地の人口を増やしていくという手もありますね。
相手の領地から働き手が減るので、補強と同時に仮想敵を弱体化できます。
泣きついてきた家を足掛かりにして、小貴族たちを平らげるという手もあります。
探せば正当な理由も見つかるでしょうから、ダイレクトに版図拡大にいくのもいいです。
結局は1対8の戦いでも圧勝してしまいましたが。
なるほど、クレインという男は策士のようです(白目)
読み終わったら、ポイントを付けましょう!