「ぬがぁぁあああ!! ぁああああ!!」
復活した瞬間から、クレインはベッドで悶えていた。
一回寝返りを打ち二回寝返りを打ち、首でブリッジしてから両手で顔面を覆って、大声を上げている。
いつもと違う点があるとすれば、今回は怒りではなく恥ずかしさ。
羞恥で唸っている。
「し、死ねてよかった! 不名誉過ぎてもう一度死ねる!」
中々落ち着かず、もうマリーは逃げて行ったあとだが。
しかし彼女とも顔を合わせにくかったので、クレインはむしろ安堵している。
何があったか。
思い出したくもないクレインだが、対策は打たなければいけない。
だから時折悶えながらも、死ぬ直前のことを思い出していた。
◇
「あはは、いい雰囲気だったな」
「ええ、お料理も美味しかったです」
大量に酒が入ったクレインは、いくらか遠慮のない口調でアストリに接して。
アストリもそれを嬉しそうに受け入れていた。
かなり酔っていたため、クレインは足元が覚束ない。
だから夫婦の会話もそこそこに、彼はベッドへダイブした。
そこから少し遅れてアストリもベッドに入り、同じ寝所へ寝ころぶ。
「うーん、少し飲み過ぎたかなぁ」
「皆様、代わる代わるお酌に来ましたものね」
宴の席では武官文官を問わず、配下の全てがクレインの元へ挨拶に来た。
そして家臣たちをアストリに紹介しつつ、注がれた酒を飲んでいったのだが。
今や数十人の家臣団を抱えるクレインは、律儀に酌を受け酔っぱらってしまった。
普段はあまり飲まないこともあり、酒にそれほど強くはなく。
結果として急性アルコール中毒が心配になるレベルで酔った。
後半は執事長のクラウスが水を飲ませていたので、今は少し回復したとして。
現在でもまだぐでんぐでんに近い状態だ。
「はは。これは恥ずかしいところを見せたかな」
「いえいえ。英雄の私生活を見られるのは、妻の特権ですから」
「英雄? それに、少し気が早い気もするけど」
働きぶりを見れば秀才くらいの評価があってもいいと思うクレインだが。
しかし英雄というには実績が全然足りない。
そもそも確認した通り、結婚式はまだ先だ。
クレインがそんなことを考えていれば、燭台の火が揺れた。
枕に頭を置いていたクレインの上に影が差し。
気づけばアストリが、彼の顔を覗き込んでいる。
「私、クレイン様には感謝しています」
「えっと、どうした? 改まって」
「こういう機会でも無ければ、言えないと思いますから」
彼女から感謝されることが、何かあるだろうか。
政略結婚をさせられたのだから、恨まれこそすれ感謝など――
と、そこでクレインも察した。
「ああ、東伯との件か」
「はい。……あのままでは、四十過ぎの伯爵へ嫁ぐことになっていました。どこの家からも縁談を門前払いをされて……怖かったんです」
十代前半の少女が、戦乱の続く東部に嫁がされる。
知り合いがいなければ文化も違う、遠い土地に送られて。
しかも結婚相手は父親より年上で、戦争好きの東伯だ。
それと比べればクレインは世代が近いし。
何よりヨトゥン家と地続きのアースガルド家であれば、気軽に実家とも交流できる。
状況はかなりマシになったと言えるだろう。
「そうだなぁ。東伯のところに行っていたとしたら、途中に何家も挟むもんな」
「手紙すら送れない、籠の鳥になっていたはずです。生殺与奪は、全て東伯様のものになっていたでしょう」
途中の勢力から検閲されるかもしれないし、手紙が異民族の間者にでもすり取られたら一大事だ。
知らない土地。ほぼ外国のような環境で、孤立無援もあり得た。
そう考えればクレインにも、アストリの恐怖が何となく分かる。
「縁談を受けていただけた時には驚きましたが。私を救い出してくださったクレイン様が、どんな方なのだろうと……会えない日々で、想像を膨らませておりました」
潤んだ瞳をクレインに向けているアストリは、乙女そのものだ。
悪漢の手から己を救った、白馬の王子様にでも見えているのだろうか。
必要以上に美化されていたら困るなと思いつつ。
クレインは控えめに聞く。
「実際に見て、どうかな?」
「想像よりも――ずっと素敵なお方です」
そう言ってアストリはクレインとの距離を縮め、唇にキスをする。
しかもかなり情熱的で、熱っぽい。
異性と触れた経験がロクにないクレインは、この時点で既に舞い上がってしまい。
「夫婦になるのですから、いい……ですよね?」
アストリはお披露目用のドレスをベッドの脇に脱ぎ捨てて、そのままクレインの上に跨り。
抱き着きながら甘えた声を出す。
「心は既に奪われています。なので、この身も受け取っていただけたら」
完璧な造形になるように計算された、彫刻のような肢体が露わになり。
神秘的な美少女という風体の婚約者が、恋する乙女のような顔で迫ってくる。
こうなればクレインとしても、もう外聞などどうでもよかった。
自分がリードしようと思い、逆にアストリを押し倒したのはいいが――
ところで。
大抵の貴族家には房中術というものがある。
子どもが生まれやすい態勢。
男が生まれやすい態勢といった眉唾ものから。
負担が掛からない姿勢だったりとか。
単純に楽しい姿勢など、色々ある。
ヨトゥン家にも当然ある。
そして、田舎気質のアースガルド家には何もない。
ということで。
クレインは未知の体験をしたわけだが。
相手は国内最高水準の教育を受けていて。
尚且つ、目も眩むような美少女で。
クレインは浴びるほど酒を飲んでへべれけ。
戦争続きで、精神的にもずっと緊張している状態だった。
トドメに、ここ最近のクレインは徹夜することも多く。
戦後処理やら婚約者の迎え入れ準備やらで休む暇も無かった。
激務漬けだった彼は、体調がそれほど良くなかったのだ。
ここから導き出された結論。
今回の彼の死因とは――
◇
「……腹上死とか、マジで勘弁してほしい」
詳細は不明だとして、クレインの中ではそれが死因だと思っている。
だから徹夜明けのような、どんよりとした顔で彼は凹んでいた。
そう。簡単に言えば。
彼は初夜の最中に、興奮し過ぎて死んだ。
年代的には大丈夫と思いつつ、小児性愛者と呼ばれないように配慮をして。
結果、少し誘惑されたらコロっときて。
終いには興奮で死ぬ。
こんなもの。もう不名誉だとかそんなレベルは通り過ぎていた。
「石ころで死んだ時は、最低の死に方だと思ったが。それより下があるなんて……」
今すぐにでも、もう一度命を絶ちたい気分に駆られたクレインだが。
しかし、何度死んでもこのトラウマは消えないだろう。
様々な理由から、罪悪感のようなものも圧し掛かってくる。
「うおう……」
受け入れ不備で南伯との関係が悪化するというオチを避けるため、彼はアストリが来る前日からやり直したいと願っていた。
だからすぐリスタートはできるとして。
すぐに何かしらの対応を考える必要もある。
「……次は、どうしようかな。当分酒は飲まないのと……そうだ、寝室は別にしよう」
美少女に好かれているのは嬉しいクレインだが、それで死んではどうしようもない。
少なくとも、あの可愛さに慣れるまでは別居。
最低でも式を挙げるまでは、節度のあるお付き合いにしよう。
という決意を固めて、彼はカーテンを開けにいった。
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多分、史上最低の死に方。
現代の感覚だとあり得ませんが。
かの有名な前田利家は、二十歳くらいの時に十一歳の妻を娶り。
結婚した翌年には妻が出産していたりします。
時代背景的にはそこと大差なく。
そこいくとクレイン十七歳、アストリ十三歳なので、法律的にはセーフです。
倫理的には、まあ、完全武装の南伯が、槍を片手にクレインの屋敷へ乱入するレベルでしょうか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!