弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

51回目 怪しい男と女商会長

公開日時: 2021年6月21日(月) 02:06
文字数:3,869



「へへっ、今日はいいお話を持ってきたんですよ」

「そうか」


 ニコニコと笑う瘦せ型の男が、鞄を片手にクレインの屋敷へやって来た。


 内容は投資の話である。

 北方の領地で新規開発されている鉱山利権に一枚嚙まないかという話だ。

 提出された書類を見る限り、一見すると好条件が並んでいる。


「利回り二十パーセント! 今なら話が出回っていないのですが、子爵様には特別に――優先してお話を持ってきました!」


 元本保証。

 つまり投資で損が出ても、投資した金額分は返すという条項。


 配当も相場よりかなり高い。

 金を出せば出すだけリターンが凄いことになる。


 なるほど美味しい話だろう。

 しかしクレインはこの話を聞いて、すぐに詐欺だと判断した。


「ハンス」

「分かってます」

「な、何故! 何を……!」


 商談に同席していたハンスが警備の者を呼び。

 部屋に雪崩れ込んできた兵士が三人がかりで、商人の男を取り押さえた。


 男は慌てているが、クレインもハンスも呆れ顔だ。


「金回りが良くなると、こういう手合いも現れるよな」

「まったくですね。おい、署まで連れていけ」


 クレインは懇意の商会をいくつも抱えているのだ。

 普通の投資話ならこんな怪しい男ではなく、まずお抱えの大商会からやって来る。


 各地の情報収集にも余念が無いので、嘘の開発計画などを持ち込めばすぐにバレるとして。

 しかしこういう詐欺師も、結構な頻度で来ている。


「何を考えているんだろうな、まったく……」


 ごく稀に本当の儲け話が混じっていたのだが、九割以上は詐欺だ。


 クレインからすれば本当の儲け話かどうか。結果を見てからやり直して、確認することはできる。

 しかし資金面では充実しているので、わざわざ回り道をする理由が無い。


 当たりくじが少ない投資をするくらいなら。大商会が持ってくる安定の事業に金を出した方が、無難で確実だった。


「はぁ……。次の方をお通ししてよろしいですか? ブラギ会長です」

「ああ、呼んでくれ」


 わめく男の声が遠ざかる中で、ハンスが一度下がり。


 少しすると。廊下の方からハイヒールで歩く、コツコツという音が聞こえてきた。

 先ほどの怪しい男とは違い、部屋に入ってきた女性とはクレインも面識がある。


「今日も大変だったみたいだねぇ、子爵」

「ブラギ会長。バルガスとの話はもう終わったのか?」


 入れ替わりでやって来た次の客は、武器商のブラギ商会だ。

 彼女たちには武具の手配だけでなく、鉄商品の流通も任せている。


「農具の話はひと段落したから、あとは流通の話だけよ」

「順調なようで何よりだ」


 今日は会長が直々に来ているが。

 普段は支店長が話にくるので、彼らが会うのは久しぶりだったりもする。


 しかし、大した用も無く屋敷を訪れるのはトレックくらいのものだ。

 会長が出張るならそこそこ重要な話だと分かるので、クレインとしては応対が楽なくらいだった。


「ええ。子爵のところには儲けさせてもらっているわ」

「それなら結構。他の商会との話し合いは、適当にやっておいてくれ」

「そうね、任せてもらえば悪いようにはしないから」


 ブラギ商会長は褐色肌に、淡い赤という髪の色をしたエキゾチックな女性だ。


 豊満な身体つきをしており。少し露出の多い、ベルベット色のイブニングドレスからは大きな胸の谷間が見えている。

 本人も自分の魅力が分かった上で、色香を振りまいている。


 が、しかし。デレデレしたところを見せれば、マリーを始めとしたメイドからの視線が少し冷たくなり。

 アストリのご機嫌も損ねてしまうだろうことは想像に難くない。

 だから至って真顔のまま、クレインは聞く。


「ところで、その話をするだけならいつもの代理でいいだろう。直接来るってことは何か別な話が?」

「ご明察。少し、儲け話があってねぇ」


 この流れでまた投資話か。

 と、思わなくもないクレインだが。 

 安定経営をしている大手だけあって、出てきた企画書はまともな内容だった。


「北候支配下の家で、新規の鉱山開発か」

「ええ。鉄鉱山の計画だけど、利益率は低めよ」

「ふーん。……でも、悪くないな」


 北候とやや疎遠。

 侯爵家の本拠地よりも、アースガルド領北部に近い家が進めている政策だ。


 新しい鉄の鉱床が見つかり、本格的に採掘したい。

 しかし資金力が足りないので、親分と同盟を結んだアースガルド家から資金を出してもらえないか。

 そんな打診を、ブラギ商会経由で送ってきたらしい。


「利率は二パーセント。代わりに、鉄を優先で卸してくれるか」

「価格の優遇もあるから、実質五分くらいの利益じゃないかしら」


 鉄という戦略資源は、慎重に扱う家も多い。

 何のツテも無ければ鉱物資源は手に入れにくいのだが、勢力図が変わる度に仕入れ先を変える必要が出てきたりもする。


 アースガルド領でも鉄は採掘しているものの。

 ヨトゥン伯爵家へ回す分なども考えればいくら集めても損はない。


 資源の確保先を複数用意しておくのは、彼からしてもいい安全策だと思えたらしい。


「こっちの鉱山だけじゃ手が足りずに頭打ちだったからな。よし、乗った」

「思い切りのいい男は好きだよ、アタシは」


 そう言って谷間を強調してくる。

 そして、クレインの目線が下がりそうになる。

 が、そこは鋼の自制心で抑え込んだ。


「金額は金貨2000枚でいいんだな?」

「ふふっ、銀貨での支払いでも大丈夫だそうよ」

「そっちの方が助かるな。……しかし」


 クレインは自前で銀貨を作れるので、支払いが銀であれば話は早い。

 銀貨ならいくらでもある。だからすぐに投資すると決め。


「この話、先方から提案してきたものじゃないだろ」

「あら、分かる?」

「話ができすぎだ。最初から調整済みだったんだろうな」


 銀貨を送れば枚数が増える分、輸送のコストはもちろんかかるが。

 アースガルド家からすれば、銀貨の方が支払いは簡単だ。


 労働者への支払いなどを考えると銀貨の方が取り回しはいい。

 銀貨支払いなら、アースガルド子爵がすぐに何とかしてくれるだろう。


 そんな話が既にまとまっているのだから、ブラギ商会が主導で産業を興そうとしているとはすぐに予想できたらしい。


「なら話は早いわね。これ、鉱山の横に作るウチの精錬所と、近場に作る鍛冶屋の計画書よ」

「なるほどな」


 貴族が商人から金を借りることは一般的だが、貴族が貸すのは中々珍しいことだ。


 大抵の貴族家は格式を維持するために大金を使う。

 美術品や調度品といった見栄えする物に天文学的な額を出すもので、万年金欠の領主も少なくない。


 しかし屋敷内が実用品ばかりのアースガルド家は、意図せずしてかなりの倹約家となっていた。


「そっちが本命だろ? いいよ、出すよ」

「金払いのいい男って、本当に好きだわ」


 放っておくと支出がほぼ無いようなものなので、たまには意識的に、こうして金を出している。

 領内への経済に影響は無くとも、友好的な商会が強くなるなら意味はある。


 商談がまとまり退室しようとしたブラギ商会長は、扉を閉める間際に振り返って。


「クレイン様もいい男だからね。奥様に隠れて火遊びしたいなら、いつでも歓迎よ」

「なっ……ば、バカなことを言うな!」

「あら、また振られちゃったわ」


 と、いつもの挨拶のように「私を愛人にどうか」という誘いをしてから。

 彼女はウィンクをして帰って行った。


 年齢はそれほど離れていないのに、余裕と経験値が違い過ぎるなとため息を吐いたクレインの前へ。

 再びハンスがやって来て言うには。


「あの、クレイン様。次の来客ですが」

「今度は誰だよ」


 そう言われた彼は微妙な表情をしてから。

 少しやるせなさそうな態度で答える。


「あー、いえ、さる高貴なお方からの使いであり、名は明かせないと」

「……そういう手合いが、多過ぎる気がするんだが」


 クレインと普通にアポを取れる人間は少数派になってきている。

 だから何かの権威を持たせて、無理やり商談を捻じ込もうとする者も結構いた。


「一応、会うか」

「ではお通しします」


 およそ五分後。


 現れたのは、揉み手をしながらニヤニヤと笑う男だった。


 髪を七三分けにして、整髪料でベッタリと固め。

 口元にはちょび髭を生やして。

 使い古された、少しだけ上等な礼服を着ている。


 どこからどう見ても怪しい。

 減点一。


「まあ、座ってくれ」


 そう思いながら席を勧めれば、男はドカリと腰を下ろした。


 作法がなっていない。

 無理に会おうとしてきた人間の態度でもない。

 減点二。


「さて、何か話があるとのことだが」

「アースガルド子爵に。さる高貴なお方から、いいご提案がございまして」

「さるお方とは?」

「うぇへっへ。名前はお出しできませんな」


 背景を明かさない。

 減点三。


 笑い方が下品で、上流階級とつながりがあるように見えない。

 減点四。


 良いお話というフレーズは大体詐欺。

 減点五。


 そこまで行けば試合終了だ。

 本題に入ることもなく、クレインはハンスに声を掛けた。


「怪しいな。よし、ハンス、摘まみ出せ」

「承知しました」

「ぶ、無礼者が! 何をする! 私を誰だと思っているのだ!」


 またしても警備の人間が来客を取り押さえて。

 抵抗している七三分けの男を引きずっていく。


 具体的な話を聞く前に追い出した辺りが慈悲だ。

 詐欺の提案はされていないのだから、追放だけで済ませられる。


 何も言わず追い出して、アースガルド子爵は詐欺に引っかからないと同業者に広めてもらおう。

 そんな思惑で、来客を屋敷の外に放り出す。


「私を誰だと思っている……とか言うなら、まず名を名乗れって話だ。次!」


 減点方式でサクサク対応していかなければ、来客の予定が追い付かない。


 客によっては予定より長く話すこともあるのだ。

 こういう手合いを相手にショートカットを試みるのが、クレインの日常となりつつあった。



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