「先生、こっちです」
「遅かったですね」
待ち合わせ場所は、少しグレードの高い酒場だ。
そこに行けば、既に生徒たちは全員待っていた。
「これは僕らから」
「まあ、すぐに戻って来るのでしょうけど」
彼らは律儀に花束を用意して、クレインのことを見送ろうとしている。
旅の祈願を祈るお守りも添えられているが。
これは別に媚び売りではなく、卒業する先輩を送る会のようなものだ。
ある程度慕われているクレインへ餞別が送られるのは、当然ではあった。
「さ、入りましょう」
「今日は貸し切りにしておきましたよ」
それを受け取りつつ店に入れば。
生徒たちは各自で好きなものを注文して、好き勝手に話し始める。
名家の者ばかりということで、クレインの分は奢りという話だが。
「先生がこんな歳だって知って、最初は驚いたよな」
「ああ。バカにされてるのかと思った」
名家で教育を受けてきた者たちに教えるのが、地方領主の側近を務める家の者だ。
しかも年齢が自分たちとそう変わらない。
それを見て、最初の頃は反抗する者もいた。
そんなドラマはさておき。
思い出話に花を咲かせる生徒たちの中でも、年かさの者に酒が入り。
食事を取りながら。酒のお代わりを頼んだあたりで、クレインは切り出す。
「最近はどこも情勢が怪しい。生きて帰ってはこれないかもな」
「縁起でもないことを」
「事実だよ。北候も今は西方に兵を送っているが、そのうち南方にも送ると思うし」
クレインがそう言いながら弱めの酒を飲めば。
生徒の一人は意外そうな顔をして、彼の方を向いた。
「え? 先生はご存じないのですか?」
「何を」
「討伐隊はもう王都に到着していて、雪解けを待って挙兵の予定ですけど」
そう語るのは、武門の家の者だ。
親戚が従軍しており、数日前に五千ほどの兵が王都へ向かったという。
「そんな話聞いてないぞ」
「本当なのかよ。西だけでも苦戦してるっていうのに」
本来の歴史に近い今でも、北候は西で苦戦している。
その話は、ごく当たり前のように出てきた。
「……西の戦いが、上手くいっていない?」
「ええ。緘口令というか、口止めされてはいますけどね」
「だから南に今すぐ兵を出すなんて、あり得ないですよ」
有利になり過ぎた北候を、ヘルメス商会が足を引っ張る形で互角にしていた。
というのが、前回の人生で得た情報だ。
しかし元から、そう有利な状況でも無かったのか。
そう理解すると共に。
それなら何故、無理してアースガルド領に出兵したのかが分からなくなる。
クレインの横に座る青年は、戦況に照らせばあり得ない出兵を疑われて。
少し顔を不満気にして答える。
「本当だって。南寄りの家から兵が出ているから、中央には伝わってないだろうけど」
今は王国歴502年の12月だ。
王都へ向かった軍勢がアースガルド家へ向かうものだとすれば。
北候は滅びる日の三ヵ月以上も前から、アースガルド領を滅ぼす軍隊を送っていたことになる。
この段階で傘下に入りたいと言っても無駄だろう。
既に兵が動いているのだから。
内心ではそう納得しつつも。
クレインの胸中には凄まじい違和感が押し寄せていた。
「王都に送ったってことは、西街道経由で西候と戦うんじゃないのか?」
「あ、いけね」
「……止めろよ。その口を滑らせて、言ってはならないことを言った。みたいな顔」
一度水を向ければ、生徒同士で勝手に深掘りを始めていた。
最大限に頭を回しながら。クレインはその情報を拾って、処理していく。
「ああ、もう。どうせすぐに分かるけど、絶対内緒な」
「もったい付けるなよ」
「何があったん?」
絶対に内緒。
そう前置いて、青年が言うには。
「アースガルドって家が、北候と戦うらしいぞ」
「えっと……子爵家だっけ?」
「そうそう。敵対を表明したらしい」
アースガルド家が北候に対して、敵対を表明したこと。
それが戦争の原因だと彼は言う。
しかしクレインはもちろん、そんなことをしていない。
しかも初回の人生で北候が攻め寄せてきた理由は、「交易路の構築を妨害した」という名目だった。
予想よりかなり過激な形で戦いの理由が伝わっていたことへ、彼は驚いていたが。
そんなことはお構いなしで話は進む。
「どうしてアースガルドは北候に敵対したんだよ」
「勝てるわけないじゃん」
どうせ滅ぼすのだから、配下への名目説明も適当でいいと思ったのか。
それとも本当に何か事件があったのか。
どこかで話が捻じ曲がったのか。
クレインは様々な推測を立てるが、答えらしきものは出ない。
「さあ? あんな位置にいる子爵家の考えなんて知らないよ」
「まあ、そうだよな」
「にしても、喧嘩を売る相手を間違い過ぎだ」
まだ仕官もしていない青年に、詳しい軍事機密は話せないだろう。
なので。話はこれで終わりかと、クレインも諦めた。
「てか、挙兵の理由は?」
「今すぐ倒す必要も無いよな。間に騎士爵家とかがわんさかあるんだし」
「父上からの手紙でも、そこはよく分からないと言っていたな」
この時期は第二回の粛清があり、東方の貴族が領地を没収された。
だから飛び地ができ、間にあるアースガルド領が邪魔というのは分かる。
だが、西候との対決中に兵数を割くのはどう見ても悪手だ。
一体何が目的か。
そう思考を続けていれば。
最後に青年は、思い出したかのように付け加える。
「あ、でも結構本気っぽいぞ。将軍が剛槍様だし」
「剛槍のランドルフが?」
「そうそう。あの人を将軍にして送り出したって聞いたよ」
「は?」
生徒たちは何気なく話しているが、クレインには一瞬理解が追い付かなかった。
「ラ、ランドルフが北候の配下で、将軍にまで出世している?」
「西部戦線で凄い手柄を挙げたそうですね」
「小隊長から将軍まで一年半で到達。今や伝説の人ですけど、知らないんですか?」
「ええ……」
確かに彼は周囲の貴族家から、仕官を断られている。
だから残る選択肢は、北候や北伯といった大貴族しか残っていなかった。
だが、それで仕官に成功したばかりか異例の出世街道に乗っているというのだから。
そんな場合ではないと知りつつ、クレインは変な笑いが出た。
「もしかして、お知り合いですか」
「ああ、少し前に酒を飲んで、奥さんへの薬をプレゼントした」
「え? あれ先生だったんですか!?」
聞けばランドルフ伝説の中には。
ある日唐突に現れた少年が妻の治療薬を渡してきて、病状が劇的に回復した。
だから家を空けられるようになり。少し遠出をして、北候の選抜試験を受けた。
見事合格して、今や将軍だ。
全てはあの少年に会ってから始まった。
しかし恩を返したくても、名すら聞いていない。
だから彼を探している。
そんな一ページがあるそうだ。
「探しているみたいですから、一度会いに行ってみては?」
「あ、それならサイン頼もうかな」
「先生に何をお願いする気だよ、お前……」
生徒たちはまだ重要な情報を知れる立場でもないので期待はしていなかったが、クレインはいくつかの材料を得た。
西候との戦いは苦戦中。
アースガルド側が喧嘩を売ったことになっている。
ランドルフが将軍になり、恐らく彼の軍がアースガルド領を滅ぼす。
それらの情報は、一市民として過ごしていたクレインに知れるものではない。
私塾で彼らと関わりが持てた幸運に感謝をしつつ。
「そうだな、まずはランドルフに会ってみるか」
元配下。
現、敵軍総大将。
そんな存在となったランドルフと、一度会うことを。
会って、侵攻の理由を確かめてみることを目標に据えた。
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