弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

55回目 返答は否

公開日時: 2021年9月22日(水) 01:18
文字数:3,573



「あ、クレイン様! お帰りなさい!」

「ただいま、マリー」


 玄関に入ってすぐマリーがいて、ドアを閉めると熱烈なハグをする。

 結ばれて二年以上経っても、彼らは新婚家庭もかくやという熱愛っぷりだった。


「お風呂にします? 夕食にします? それとも」

「お風呂で」

「……はいはい、沸かしておきましたよ」


 このやり取りも数十回と繰り返しているが。

 稀にマリーを選ぶときがあるので、一応聞くことになっていた。


「そろそろ本格的に冬だからね。薪の用意をしないと」


 滞在している別荘も豪華ではないが、風呂が付いた別荘だ。

 既に時期は年末まできていたため、マリーが湯沸かしを担当しているのだが。


 薪は暖炉にも使っているので、そろそろ買い足そうかと思うクレインへ向けて。マリーから手紙が手渡される。


「ああ、いえ。トムさんから手紙が来てましたよ」

「トム爺から?」


 受け取って内容を見れば。

 歳のせいで行商が辛いこと。

 アースガルド領は何も変わりないこと。

 もうすぐ迎えに行くこと。


 そんなことが綴られていた。

 届けにきたのがヘルモーズ商会と聞いて、懐かしい気分になったクレインだが。


「そうか……トムが迎えに来て、領地に帰った頃にはいい頃か」

「お迎えが来なければ、三年いっぱいに使いそうでしたもんね」

「正直に言えば、多少越えたかもしれない」


 領地経営の義務から逃げる気がないとは言え。

 遠隔地にいても統治はできるのだから、クレインの心もかなり揺れていた。


「まあ、一度戻らないと」

「そうだな。アイテール男爵に別れの挨拶をして……そうだ、ビクトール先生にも伝えておかないと」

「あの人も楽隠居になっちゃいましたし。急に授業が増えたら過労が心配ですねぇ」


 クレインの受け持ち分までビクトールに戻すのだから、それは大変になるだろう。

 それはそうだが、帰るのは約束だ。


「俺が教えること前提で、受入数が増えていたからな……。まあ、とりあえず明日挨拶に行ってくるよ」


 ビクトールはまだ四十歳手前で、隠居には少し早いのだが。今では仕事が半分ほどになったので、悠々自適に釣りや詩歌などを楽しんでいた。


 数年以内に塾を門弟に譲り旅に出るのが目標らしく。

 クレインに継承する準備をしていたのだが、その話も一旦差し止める必要はある。


「そこから先の話はクラウスとも話して決めよう。俺も手紙を書くよ」

「分かりました。順調にいけば再来週くらいには来るそうなので、それまでにお願いしますね」


 そう言いつつ夕食の用意に取り掛かったマリーの傍らで。

 クレインは前々から用意していた、北候への手紙を取り出した。


「情勢が不安定で、寄親を求めている。多少の距離はあるが、南方への備えに当家を加えていただけないか……。これでいいよな」


 その言葉を貴族らしく長ったらしい文章に変換して、既に書いてある。


 今のクレインは十七歳になり、立派な大人だ。

 きちんとした礼服を着て行けば、使者として認めてもらえるだろう。


「これが通らないはずもない」


 詳しい戦況は情報封鎖にあっているとしても、西候との対立が激化していることは広く知られている。

 この状況で東と南から攻め寄せられれば一大事だ。


 少しでも味方を増やして、備えを固めておきたい。

 侯爵家はそう判断すると確信していた。


「でも俺は……どうすればいいんだろうな」


 問題は、これが通ったあとどうするかだ。

 彼も本音で希望を言うなら、このままこの地に留まりたいと思っている。


 ビクトールから塾を引き継いで、各界とのパイプを緩々と増やし。

 子爵としての義務を最低限果たしながら、平穏に生きる。

 彼がやりたいことはそうだ。


 しかしまずは領地を守らなければいけない。

 何にせよ、それだけはやる必要がある。


「まあ、まずは手紙を出してからだ」


 望みと責務の間で揺れ動きながらも。

 ひとまずは侯爵家と、どの程度の関係を結べるかで展開は変わってくる。


 だからクレインも、一度問題から目を離し。

 マリーが作った夕食を食べてすぐに、この日は就寝することにした。





    ◇





 翌日、クラウスにも近々帰るという手紙を出し。

 軽い荷造りをし。


 ビクトールやアイテール男爵といった、世話になった者たちに挨拶をして回り。

 門弟たちからは送別会の予定まで組まれた。


 段取りを全て終えてから。

 彼は侯爵家の本邸を訪ねて、傘下に入りたいという打診を届けにいった。


 これで、彼が北の地で行う全てが終わったことになる。


 そして侯爵家へ届けた手紙への返信は、その場ですぐに返ってきた。


 返答を持ち、屋敷へ帰り。

 自分の書斎で封を切ってみれば、返事はシンプルだった。



 返答は、否。



 アースガルド家を傘下に加えることはしない。

 それだけ書かれた手紙が返っていきてた。


「な、なんでだ?」


 それは全く予想だにしていない結果だ。

 クレインは、この提案はほぼ確実に通ると思っていたから悩んでいた。


 しかし侯爵家は「アースガルド家と友誼を結ぶ気は無い」と、はっきり拒絶の意向を示している。


「状況からしたら、あり得ないはずなのに」


 西方との戦いは既に始まっており、前回の人生よりも多くの兵を南と東に割いていること。

 それは事実としてある。


 前世ほどの規模ではないとして、子爵領から三千の援軍を出せるのだ。

 それを拒否する理由が分からず、クレインは混乱していた。


「一兵でも多く戦力が欲しいところだろうに。味方入りの打診を、この状況で撥ねつける……のか?」


 ヨトゥン伯爵家の支援が無ければ、経済圏を築いていない分もロスしているし。

 第一王子が暗殺されていない以上、対北候の勢力は中央で健在だ。


 前世よりも状況は悪いはずなのだ。

 だからクレインには、わけが分からない。


「それでも完全勝利する自信がある。そういうことなんだろうか」


 しかしそうなれば、今回の計画は根本から崩れる。

 友好関係にならなければ、数か月後には軍隊が送られてくるはずだ。


 クレインが領地を離れていること。

 元配下の何名かに、多少の援助をしてきたこと。

 飢饉を避けたこと。


 やったことはそれだけだった。


 金庫の中身が多少増えたくらいで、根本的には何も変わっておらず。

 このままでは初回の人生通りに事が進むだろう。


「どういう判断をしたらこうなるんだ……畜生」


 しかしこの状況で、味方になりたい勢力を敢えて遠ざける意味も無いだろうと。

 ラグナ侯爵の考えが読めず、クレインは自室で一人頭を抱えていた。


 しかし、そうして唸ること五分ほど。

 最初の人生とは位置関係が全く違うことに気づき、顔を上げる。


「待て、幸いにしてここは北候のお膝元だ。考えを知っていそうな人物……」


 誰か北候の考えを知っていそうな人間に聞けばいい。

 そう思い、選択肢を思い浮かべる。


 この地に住んで長いというアイテール男爵か。

 それとも侯爵家の文官とパイプがありそうなビクトールか。

 彼の中で有力なのはこの二人だ。


「……ビクトール先生、かな」


 いずれにせよツテはあるだろうが。

 男爵が多少の社交をしているとして、どこまで深い関係かは未知数だ。

 確実さを考えて、クレインはビクトールを選んだ。


「男爵が侯爵家と、どういう関わりを持っているのかは分からないからな」


 ビクトールは私塾の門弟を侯爵家に推薦していることもあり、出入りは自由とも聞いていたし。

 時折何かの式典にお呼ばれして、塾を任せていくこともあった。


「先生なら渡りを付けてくれるかもしれない。まずは動こう」


 そうと決まれば話は早い。

 時刻はまだ夕方なので、今から向かえばビクトールは起きているだろう。

 そう思い、クレインは外套を摑んで一階へ駆け下りる。


「マリー、出かけてくるよ」

「あれ? 送別会は夜からじゃなかったです?」

「その前に、もう一度先生のところへ行ってくる」


 予定よりも早い外出に、マリーは少し驚いていたが。

 クレインはすぐに家を飛び出して、私塾へ向かった。







 しかし私塾を訪ねても、留守だった。

 クレインは到着してから二時間ほど待ってみたものの、帰って来る様子はない。


「戸締りをしているところを見れば、どこかで名士と食事会という可能性もあるな。どうするか」


 クレインのように塾へ飛び入りしてくる方が珍しく、大抵は親が事前に話を付けにくるのだ。

 今は年末で、来期の受け入れについての相談が多い時期でもある。


「捕まらないものは仕方がない、か。……そろそろ、生徒たちが送別会を開いてくれる時間だ」


 トムがやって来るまでには、まだ十日くらいの時間がある。

 まだ日数に余裕があるので、焦る時期ではない。


 そう結論付けて。

 彼は先ほど思い浮かべなかった、もう一つの選択肢を選ぶ。


「……仕方ない、まずは門弟の方から探りを入れよう」


 名家の出身が多いだけあり、彼らの親は要職についている者も多い。


 実家からクレインの生徒に、何かの情報が伝わっていないか。

 賭けに近いとしても、今日できる動きはそれを調べるくらいだ。



 十日後までに準備を整える。

 そう決めて、彼は待ち合わせ場所の酒場へ向かった。



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