「あ、クレイン様ー! 昼食ができていますよ!」
「そうだな……折角だから、食べながら話そう」
集会所ではマリー以下数名のメイドと使用人が、料理を用意して待っていた。
そこまで豪華ではないが、ボリュームはそれなりにある。
そんな労働者メシを前にして、クレインは言う。
「さ、まずは食事にしよう」
着席してから、まずは食事に手をつけて。
全員が半分くらい食べた頃に、クレインは再び切り出す。
「午前に見てもらった道具だが。最初はアレらを、各村に安値で売ろうと思う」
実際に体感した村長たちは乗り気だが。
しかし数人は、不安気な顔をしている。
「新しい道具が、すぐに受け入れられるか……」
「んだな。村の大人衆なんかは、中々使おうとせんだろうし」
農村には保守的な人が多い。
だから最新技術がどうこう言われても、飛びつく人間は少ないだろう。
それはクレインも織り込み済みなので、案はきちんと用意してあった。
「新農具で開墾した土地は、三年間だけ年貢の量を二割減らす」
「二公八民ですか?」
「いや、三公七民くらいで考えてくれ。今の年貢を二割減だ」
アースガルド家では銀山の恩恵もあり、税率が低く設定されている。
今は四割を税として納めて、六割が民の収入となっていた。
租税以外にも道作りや徴兵などの賦役はあるが、周りと比べてかなり低い税だ。
百の収穫のうち四十納めるものが。
三年間は更に安くなり、三十二で済むようになる。
新しい道具を導入するだけで年収が一割上がると言われたら、それなりの数が食いつくだろう。
クレインはそんな計算で提案している。
「最初のうちはお試しの優遇価格で売るし、使っているところを見れば買いたい者も増えるだろうな」
「まあ、南伯のところで使われてるだけあって、便利ではありますわ」
「おう。南伯様が取り入れているくらいだから、間違いあるめぇ」
食料を山ほど運んでくる南伯への信頼度は高いようで。
あれほどの食を生む道具ならと、好意的に受け止める村長が多いようだ。
そしてここで、商売の話も出てくる。
「使う者が増えてくれば、欲しがる者はどんどん増えるだろう。生産が追い付かないことも予想される」
「最終的には早い者勝ちですか」
「しかも、後から買うとなれば値上がりしているかも……」
彼らの頭の中では計算がぐんぐん進み。
「面倒です。どうせ村人の大半が欲しがるでしょうから、今のうちにあのクワを五十本くらい買い入れたいのですが」
「お、おい。抜け駆けをするな」
やがて、話が早い若手の村長が手を挙げて言うと。
クレインはにっこりと笑いながら受け入れた。
「構わんよ。まとめ買いするなら多少安く卸してやろう。ほら、価格表だ」
「ええっ!? じ、じゃあウチも!」
一度に運ぶなら輸送の手間も省ける。
一本一本出荷するのも手間なので、クレインはまとめ買いを優遇するつもりでいた。
何人かの村長が慌てて食いつけば、あとは簡単だ。
全体としては買うか買わないかではなく。どれくらい買うかの話し合いが起きた。
「おい、おめさんとこはコレ何本買う?」
「十、いや、二十くらいかねぇ?」
「五十買えばもうちっと安いだろ? 二十買うなら、ウチも三十買うから」
「おお、一緒に買うか!」
大量購入した場合の割引率などを表にしてあるので、字が読める者が中心になってカタログを食い入るように見つめ。
クレインは一気に、大量の発注を受けることになった。
農作業を引退した老人や、戦で怪我をした傷病者でも畑の力仕事ができる農具。
今話題に上がっている農具の他にも色々ある。
唐箕のような機械に。千歯こきのような脱穀機と最新農具が目白押しだ。
「小作に配ってもいいな」
「貸し付けって形でやるなら、一回全部買ってもいいかぁ」
例えば子どもたちや年寄のような、今は遊ばせている戦力でも仕事ができるようになるので。
計算高い者などは、村人の承諾を得る前から村人全員分を購入しようとしている。
とまあ大盛況なのだが。
割引に釣られて大量購入を検討する者がほとんどだ。
そしてクレインとしても、小売りよりはまとめて卸せる方が助かる状況でもある。
「ヘルメス商会が味方に付いたとは言え、トレックたちへの負担も大きいからな」
「ああ、スルーズ商会の」
「……確かに。ハンス様共々、死にそうな顔をしていたっけな」
戦後処理からこっち、配下たちは激務が続いており。
ここに来て新しい仕事を放り込むのだから、クレインもそれなりの配慮をしていた。
それでも確実に仕事は増えるのだが。
それはそれとして、クレインは話を少し前に戻す。
「で、生産が一番簡単なのはこの三又クワだ。従来のクワよりも少し刺さりがいいくらいの効果だったろうが、これは普及させたい」
「作るのが簡単ということは、安くなるんですよね?」
「その通り」
今までに使っていたクワは、木で作られたものが主だ。
先端の部分だけを鉄で覆った、長方形のものがよく使われている。
しかしこの何の変哲もない三又クワには、メリットになることが多い。
跳ねくりに比べて作りが簡単なので、量産が効き値が下がること。
従来品と比れば農作業の効率が上がること。
そしてもう一つ。
「これは粘土質の土でもくっつきにくい。その特徴を生かして、沼地近くの開拓もしていきたい」
「ああ、なるほど」
そう言って目が向けられたのは、アースガルド領北部で村長をしている者たちだ。
「これですぐに何とかなるとは思わないが。少しでも楽になればな」
元々北部は沼地も多く。開拓作業が遅々として進んでいなかったことも、飢饉に拍車をかけていた。
それが解消できるなら、食料事情の改善に大きな一歩を踏み出せるのだ。
「ありがたいことですが、しかし……」
「あの、買えるだけの余裕があるか」
「買う気があるなら、ローンでも構わない」
「ローンですか?」
クレインは使ったことはないが、毎回の支払いに金利を載せ代わりに、一回ごとの払いを安く済ませる手法だ。
ローンに関する提案書を回したクレインは、金利などの説明に多少の時間を割いたが。農機具の値段は元々安く、金利もごく低い。
全種類を買ったとして、その気になれば収穫期にまとめて返せるくらいの金額だ。
「おかしな条件は付けていない。……自分で言うのもなんだがウチは儲かっているからな。多少損をしたとしても、食料生産量を上げていきたい」
「おお……」
「こんな好条件で……?」
不穏な動きをする地主や、反乱を煽るような村長。
そういった不届き者は全て粛清されている。
ここに残っている時点で、彼らは真面目に村人をまとめていた村長だ。
銀や新規事業が伸びているアースガルド家からすれば微々たる金額だが、それでも一介の農村からすれば大きな援助になる。
前任者からいいだけ搾取されてきた過去を思い出したのか、あまりの待遇の違いに驚いている者がほとんどだった。
「で、その分こっちが頑張らなきゃいかんってワケで」
「ああ、うん。人手はどうだ?」
「北部の方やら王都やら。あとは東の方からも出稼ぎがわんさか来てますからね。手は足りてますが……ねぇ?」
人が増えすぎて、監督役の方が足りない。
そう語るバルガスは切実に言うのだが、クレインとしても内政を回す人材は足りないと思っている。
ブリュンヒルデはむしろ、自分よりも処理が早かった――と、そこまで考えて。
考えても仕方のないことだと、クレインは気を取り直す。
「王都から送られてきた役人が、部下を育て終わった頃だからな。気に入った奴がいれば二、三人補佐に付けるよ」
「そりゃあありがてぇ! 実は目をつけていた奴がいるんでさぁ」
「遠慮が無いなぁ……じゃあ、あとで名前を教えてくれ」
二年ほどかけて、算術などの教育が済んだ文官見習いたちはそろそろ戦力になる。
まずは各地で行われている様々な事業の監督や、補佐として送り出し。
手が空いた文官たちには、新しい見習いを教育したり仕事を手伝ってもらう予定でいる。
「折角だから、地方にもいくつか相談所を設けるか。領事館みたいなやつ」
「ああ、特に北部はその方がいい。遠いですからね」
農具をいくら買いたいか。
新しい人員はどこに何人必要か。
農、工、商。各分野でどう協力して、責任者を誰にするか。
様々な取り決めを一気に決めていき、来年の春までにはある程度の農具を準備できる体制ができた。
「よし、疑問点や不安な点がある者はいるか? ……いないようだな」
どこからも特に、この農業政策への反対意見は出ず。
ヨトゥン領から食料の輸出を増やすと共に、食料自給率改善のメドも立った。
全てが順調に進んでいる。
未来は既に見えてきているのだ。
クレインが最初に死んだ、王国歴503年3月。
そこを越えることを見越した計画まで、具体的に進んできている。
このままいけば、平穏な未来を勝ち取れる。
しかし、明るい表情で帰っていく出席者たちを見送りながら。
クレインは一人、苦い顔をしていた。
「あんなに開放されたかったのに。ふとしたことで、思い出すんだもんな……」
そうは考えつつも、彼の気持ちは中々晴れない。
隣に居た秘書のことを忘れようと思っても。そこだけは、中々難しかった。
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作りは複雑でもないので、コピーされた製品なら探せばあります。
しかし普及していないのは、農村の保守性もそうですが。オーダーメイド品にすると結構高価になるためです。
また、南方は気候と土壌が優れているから生産量が多いのであり。たかが農具一つで変わるわけがないと、これらの道具に目を向ける貴族はほぼいませんでした。
というか、一応機密扱いなので。そんなものを大っぴらに製造している家があれば粛清対象です。
どれだけ使えるかも分からない道具をマネして、南伯や南候から敵対される可能性が大という危ない橋。
それを渡る人間は流石にいなかったようです。
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