「坊ちゃん。次の道を行くと村が見えてくっから、今日はそこで泊まるべ」
旅に出てから、更に三日後。
行先に左右の分かれ道が見えて、トムは左へ進もうとしていた。
「……村? 次に着くのは街じゃないのか」
トムは当然のようにそう言ったのだが。
一方でクレインの方は、意外そうな顔をしている。
「最短経路ならそうなっけど、そっちの方が休憩箇所が多いんだぁ」
「あー、そうか。まあ道は任せるよ」
クレインが王都まで行くとき。
いつもは最短で王都に着く、右の道を選んできた。
しかしトムは急ぐ旅でもないと。
多少回り道だとしても、休憩できる場所が多いルートを選んで進もうとしている。
旅慣れていないクレインとマリーへの配慮だ。
それはクレインにも分かるとして。
むしろトムの方が分からないこともあった。
「なあ坊ちゃん。本当に、王都に寄らんでええんか?」
「ああ、それで頼む」
これは出立の直後から繰り返していたことになるのだが。
トムの方はクレインの、「王都には寄らない」という言葉に首を傾げていた。
普通の若者なら寄りたいと思うだろうし。アースガルド領から北方へ向かうのであれば、どこを通っても大して時間に差は出ない。
わざわざ「王都を通らないルートで行く」と宣言する方が奇妙だ。
しかしクレインとしては、もう王都に近寄りたくないくらいの気持ちでいる。
何にせよ。彼が道のりに関して言うことがあるとすればそれくらいだった。
そこから先には、用事が一つあるくらいだ。
「ああ、そうだ。途中で知り合いに薬を渡していきたい。多分道すがらにあると思うんだけど、一か所だけ寄ってほしい街がある」
「知り合い?」
領地の外に知り合いなどいたのか。
クレインからの返しに意外そうな顔をするトムだが、特に意見を言うこともなく。
そしてクレインが言う知り合いとは、ランドルフのことだ。
彼の妻は持病を抱えており、薬が無ければ衰弱してしまうだろう。
向こうからすれば初対面に戻っているとして。
時折見舞いにも行っており、クレインにとってみれば知らない仲でもない。
前世までに関わった人物を、できる限りで助けていく。
今回の人生で彼がやろうとしていることは、それくらいだ。
「代金は渡すから、薬はスルーズ商会から買ってくれ」
「まあ、構わんけども」
そして本来の未来ならば、トレックの商会はいずれ潰れる。
薬一つの代金など、足しにもならないだろう。
自己満足なことは分かっているとして、アースガルド領に残してきたクラウスたちにも。
何か入用なことがあればスルーズ商会を使うことは頼んであった。
「できることはそれくらいかな」
配下だった武官たちの生活も苦しくなる。
全員を満足に救済することはできない。
現状よりも、いくらかマシな状態を作り上げるのがいいところだと思っていた。
そうこうしているうちにも馬車は進み。
村まであと数時間という位置で――山賊が現れた。
規模は十名ほど。
そこそこ大きな集団だ。
「荷物を置いていきな。命までは取らねぇから」
先頭に立つ大柄な男は、ボロの剣を片手に行く手へ立ち塞がったが。
しかしトムは慣れているのか、冷静に盗賊へ尋ねる。
「ああ、こりゃいけない。お客人、通行料はいかほどで?」
「積み荷にもよるが、二割ってところか」
馬車ごと奪いでもしなければ荷物を持って帰れない。
しかし派手に動けば、その土地を治める領主からの討伐隊がやって来るだろう。
だからほどほどに絞りあげるのが、盗賊の流儀だとして。
「お、そこそこ可愛い女もいるじゃねぇか」
「誰がそこそこですか! 凄く可愛いじゃないですか!」
「……はいはい」
平常運転なマリーを見て、盗賊の頭目である男も呆れていたが。
何はともあれ。
盗賊の前に上玉が現れれば、選択肢はそう多くない。
「親分、売っぱらいますか?」
「止めとけ、足がつく」
「いい値になりそうなのに」
通行人を捕まえて奴隷にするコースも一般的だ。
この頭目はまだ理性的ではあるものの、しかし盗賊は盗賊。
「よし、積み荷の二割と。そこのお嬢ちゃんが一晩相手をすること」
「へへっ、話が分かるぜ」
「俺が一番にやりてぇな」
「うええ!?」
身体を要求されたマリーはズザザと音が立ちそうなほど後ずさり。
その様子を見ていたクレインはと言えば、力の新しい特性を試そうとしていた。
「……検証には丁度いいか」
今分かっているやり直しの特性は三つだ。
頭の中で「いつ」に戻りたいかを念じれば、過去へ帰れること。
思考ではなく、発言でもいいこと。
最後に思い浮かべたもの、または最後の言葉が有効になること。
前回の人生のように、日ごろから「二週間前」へ戻りたいと思っていたとして。
心のどこかで別な時期のことを考えれば、恐らくそれは上書きされる。
「そう言えば、何の気なしに使っていたけど。この力のことを確かめるのは久しぶりだな」
死んだら過去に戻る。
今まで50回に及ぶ人生で、それ以外の使い道をロクに考えたことが無かった。
これが自分が使える唯一の切り札なのだ。
最初の方で、もう少し詳細を調べておいてもよかっただろうに。
しっかり理解ができていれば、こんな失敗はしなかった。
内心でそう自嘲しながら。
彼は一つの仮説を明らかにしようとしていた。
「平和だった頃に、という環境――状況が指定できるんだ。それなら、できないことはなさそうか」
漠然と「平和な時期」と口に出しても、過去へ跳んだ。
それなら何月何日という形ではなく。
何かの出来事があった瞬間にも戻れるのではないか。
そう推測した彼は。
この状況を回避するためには、どうしたらいいのかを考え。
「最短経路で行けば、こうはならなかっただろうな」
「お、どうした坊主。剣なんか抜いて」
「やる気か? ヒャハハ!」
十人の盗賊の前で剣を構えると、それをそのまま自分の首筋に宛て。
「分かれ道からやり直しだ」
躊躇わずに、己の首を切り裂いた。
◇
「坊ちゃん。次の道を行くと、村が見えてくっから」
トムが何気なく言った一言。
これが運命の分かれ目だった。
「……できた、か」
瞬きのあとすぐに意識を取り戻したクレインは。
ベッドの上ではなく、馬車の荷台で意識を取り戻した。
しかし分かれ道に差し掛かったときは確かに起きていたので。
リスタートのタイミングは別に、寝起きでなくとも構わないらしい。
日付を指定すれば、その日起床したところから。
状況を指定すれば、その直前から唐突に意識が目覚めるようだ。
それを確認してから、クレインは御者台に座るトムに向けて言う。
「トム爺、俺は平気だから近道で行ってくれ」
普通なら山賊に財貨を奪われた上でマリーが酷い目に遭うとしても。
それを知っているなら、左の道は選ばない。
「へ? でも、そうすっと。今日は馬車で寝泊まりになるけども」
「構わない。一度やってみかったんだ」
「ああ、なるほど。そういうことかぁ」
坊ちゃんが馬車で旅をするなど、初めてのことだ。
折角行商についてきているのだから、商人の生活を知るのもいいだろう。
なるほど、視察という目的には合っている。
そんな風にトムも納得して、何を言うこともなく進路は決まった。
「最初から飛ばしますね、クレイン様」
「マリーだって、この方が旅の気分を味わえていいだろ?」
「そうですね、まあ、たまにはいいと思います」
そんな会話のあと、トムは右の道を選び。
山賊のいない道を、一行の馬車はのんびりと進む。
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新技「日付ではなく、状況を指定して戻る」を取得しました。
例えば。その日の午後に起きた事件を解決するなら、数時間ほど時間を短縮できます。
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