弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

52回目 分かれ道からやり直し

公開日時: 2021年7月31日(土) 20:39
文字数:3,044



「坊ちゃん。次の道を行くと村が見えてくっから、今日はそこで泊まるべ」


 旅に出てから、更に三日後。

 行先に左右の分かれ道が見えて、トムは左へ進もうとしていた。


「……村? 次に着くのは街じゃないのか」


 トムは当然のようにそう言ったのだが。

 一方でクレインの方は、意外そうな顔をしている。


「最短経路ならそうなっけど、そっちの方が休憩箇所が多いんだぁ」

「あー、そうか。まあ道は任せるよ」


 クレインが王都まで行くとき。

 いつもは最短で王都に着く、右の道を選んできた。


 しかしトムは急ぐ旅でもないと。

 多少回り道だとしても、休憩できる場所が多いルートを選んで進もうとしている。


 旅慣れていないクレインとマリーへの配慮だ。


 それはクレインにも分かるとして。

 むしろトムの方が分からないこともあった。


「なあ坊ちゃん。本当に、王都に寄らんでええんか?」

「ああ、それで頼む」


 これは出立の直後から繰り返していたことになるのだが。

 トムの方はクレインの、「王都には寄らない」という言葉に首を傾げていた。


 普通の若者なら寄りたいと思うだろうし。アースガルド領から北方へ向かうのであれば、どこを通っても大して時間に差は出ない。

 わざわざ「王都を通らないルートで行く」と宣言する方が奇妙だ。


 しかしクレインとしては、もう王都に近寄りたくないくらいの気持ちでいる。


 何にせよ。彼が道のりに関して言うことがあるとすればそれくらいだった。

 そこから先には、用事が一つあるくらいだ。


「ああ、そうだ。途中で知り合いに薬を渡していきたい。多分道すがらにあると思うんだけど、一か所だけ寄ってほしい街がある」

「知り合い?」


 領地の外に知り合いなどいたのか。

 クレインからの返しに意外そうな顔をするトムだが、特に意見を言うこともなく。


 そしてクレインが言う知り合いとは、ランドルフのことだ。

 彼の妻は持病を抱えており、薬が無ければ衰弱してしまうだろう。


 向こうからすれば初対面に戻っているとして。

 時折見舞いにも行っており、クレインにとってみれば知らない仲でもない。


 前世までに関わった人物を、できる限りで助けていく。

 今回の人生で彼がやろうとしていることは、それくらいだ。


「代金は渡すから、薬はスルーズ商会から買ってくれ」

「まあ、構わんけども」


 そして本来の未来ならば、トレックの商会はいずれ潰れる。

 薬一つの代金など、足しにもならないだろう。


 自己満足なことは分かっているとして、アースガルド領に残してきたクラウスたちにも。

 何か入用なことがあればスルーズ商会を使うことは頼んであった。


「できることはそれくらいかな」


 配下だった武官たちの生活も苦しくなる。

 全員を満足に救済することはできない。


 現状よりも、いくらかマシな状態を作り上げるのがいいところだと思っていた。



 そうこうしているうちにも馬車は進み。


 村まであと数時間という位置で――山賊が現れた。

 規模は十名ほど。

 そこそこ大きな集団だ。


「荷物を置いていきな。命までは取らねぇから」


 先頭に立つ大柄な男は、ボロの剣を片手に行く手へ立ち塞がったが。

 しかしトムは慣れているのか、冷静に盗賊へ尋ねる。


「ああ、こりゃいけない。お客人、通行料はいかほどで?」

「積み荷にもよるが、二割ってところか」


 馬車ごと奪いでもしなければ荷物を持って帰れない。

 しかし派手に動けば、その土地を治める領主からの討伐隊がやって来るだろう。


 だからほどほどに絞りあげるのが、盗賊の流儀だとして。


「お、そこそこ可愛い女もいるじゃねぇか」

「誰がそこそこですか! 凄く可愛いじゃないですか!」

「……はいはい」


 平常運転なマリーを見て、盗賊の頭目である男も呆れていたが。

 何はともあれ。

 盗賊の前に上玉が現れれば、選択肢はそう多くない。


「親分、売っぱらいますか?」

「止めとけ、足がつく」

「いい値になりそうなのに」


 通行人を捕まえて奴隷にするコースも一般的だ。

 この頭目はまだ理性的ではあるものの、しかし盗賊は盗賊。


「よし、積み荷の二割と。そこのお嬢ちゃんが一晩相手をすること」

「へへっ、話が分かるぜ」

「俺が一番にやりてぇな」

「うええ!?」


 身体を要求されたマリーはズザザと音が立ちそうなほど後ずさり。

 その様子を見ていたクレインはと言えば、力の新しい特性を試そうとしていた。


「……検証には丁度いいか」


 今分かっているやり直しの特性は三つだ。


 頭の中で「いつ」に戻りたいかを念じれば、過去へ帰れること。

 思考ではなく、発言でもいいこと。

 最後に思い浮かべたもの、または最後の言葉が有効になること。


 前回の人生のように、日ごろから「二週間前」へ戻りたいと思っていたとして。

 心のどこかで別な時期のことを考えれば、恐らくそれは上書きされる。


「そう言えば、何の気なしに使っていたけど。この力のことを確かめるのは久しぶりだな」


 死んだら過去に戻る。

 今まで50回に及ぶ人生で、それ以外の使い道をロクに考えたことが無かった。


 これが自分が使える唯一の切り札なのだ。

 最初の方で、もう少し詳細を調べておいてもよかっただろうに。


 しっかり理解ができていれば、こんな失敗はしなかった。


 内心でそう自嘲しながら。

 彼は一つの仮説を明らかにしようとしていた。


「平和だった頃に、という環境――状況が指定できるんだ。それなら、できないことはなさそうか」


 漠然と「平和な時期」と口に出しても、過去へ跳んだ。


 それなら何月何日という形ではなく。

 何かの出来事があった瞬間にも戻れるのではないか。


 そう推測した彼は。

 この状況を回避するためには、どうしたらいいのかを考え。


「最短経路で行けば、こうはならなかっただろうな」

「お、どうした坊主。剣なんか抜いて」

「やる気か? ヒャハハ!」


 十人の盗賊の前で剣を構えると、それをそのまま自分の首筋に宛て。



「分かれ道からやり直しだ」



 躊躇わずに、己の首を切り裂いた。





    ◇





「坊ちゃん。次の道を行くと、村が見えてくっから」


 トムが何気なく言った一言。

 これが運命の分かれ目だった。


「……できた、か」


 瞬きのあとすぐに意識を取り戻したクレインは。

 ベッドの上ではなく、馬車の荷台で意識を取り戻した。


 しかし分かれ道に差し掛かったときは確かに起きていたので。

 リスタートのタイミングは別に、寝起きでなくとも構わないらしい。


 日付を指定すれば、その日起床したところから。

 状況を指定すれば、その直前から唐突に意識が目覚めるようだ。


 それを確認してから、クレインは御者台に座るトムに向けて言う。


「トム爺、俺は平気だから近道で行ってくれ」


 普通なら山賊に財貨を奪われた上でマリーが酷い目に遭うとしても。

 それを知っているなら、左の道は選ばない。


「へ? でも、そうすっと。今日は馬車で寝泊まりになるけども」

「構わない。一度やってみかったんだ」

「ああ、なるほど。そういうことかぁ」


 坊ちゃんが馬車で旅をするなど、初めてのことだ。

 折角行商についてきているのだから、商人の生活を知るのもいいだろう。


 なるほど、視察という目的には合っている。

 そんな風にトムも納得して、何を言うこともなく進路は決まった。


「最初から飛ばしますね、クレイン様」

「マリーだって、この方が旅の気分を味わえていいだろ?」

「そうですね、まあ、たまにはいいと思います」


 そんな会話のあと、トムは右の道を選び。

 山賊のいない道を、一行の馬車はのんびりと進む。




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 新技「日付ではなく、状況を指定して戻る」を取得しました。


 例えば。その日の午後に起きた事件を解決するなら、数時間ほど時間を短縮できます。



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