「クレイン様」
「驚いたよ、ピーターまでそちら側とはね」
「……さて?」
修羅場だというのに、彼はいつも通りだ。
余裕で軽薄で、しかし慎み深い。
そんな態度を維持している。
「そう言えば、どういう経緯で仕官したんだ?」
「クレイン様の下には妹がおりましたので」
気づかぬ間に近づき、殺された側が自覚できないほどの速さで首を落とす。
だからこそ首狩りのピーターと呼ばれていた。
クレインは目の前に立つ女性の剣技にも、神速という評価をしたことがある。
「妹って……まさか。いや、そうか」
「まあ、義理の。という枕詞は付きますが」
何を考えているのか分からない柔和な微笑みとて、同じ一族の者と言われてみれば似ている気もする。
そんなことを考えつつ、クレインは己の秘書だった女性を見つめた。
「ブリュンヒルデ。貴女の考えも、彼らと同じですかな?」
一方でピーターも、ゆっくりと彼女の方を向き。
義妹に向けて最後の確認をしている。
「…………私は」
「迷っているならそれも結構。しかし考える時間なら、いくらでもあったはず」
彼は突き放すような言い方をしてから、一歩前に出て。
ブリュンヒルデへ選択を迫る。
「今決断できないのであれば、一生惑うばかり也」
「決断の時、ですか?」
「然り。――今一度、問う。剣をどちらに向けるのか」
普段よりも硬い口調で。
不気味なほど平坦な抑揚で。
「返答や、いかに」
しかし澄んだ声色で、ピーターは言う。
対するブリュンヒルデは、戸惑うような態度で目線を逸らしている。
「私は。私は……国と、殿下のために」
「彼を討つ、と?」
「…………」
「沈黙は肯定。よろしい、来なさい」
そう言ってピーターは構えを取るが、彼は遺臣たちの方を向いている。
クレインを背後に背負い、彼は戦いを始めようとしていた。
「お、おいピーター。義理はどうした」
「それならクレイン様に話をした時点で――いえ、ここへお連れした時点で果たしておりますれば」
クレインは状況の変化に付いていけていない。
ピーターは裏切ったものだとばかり考えていたのに、彼は護衛として戦う気らしい。
そう理解するまでに少しの間があったが。クレインの視線はピーターとブリュンヒルデの間を往復している。
「それでいいのか。妹なんだろ?」
「義妹も含めて、彼らは過去しか見ておりません。――既に死人も同然。申し上げた通りの亡霊かと」
そう言われても、ピーターはただ微笑みを浮かべるだけだ。
平素と変わらぬ曖昧な笑みを、クレインに向けていた。
「クレイン様が作る未来へ思いを馳せる方が余程楽しく……ええ、楽しみですので」
柔和な表情のままクレインの前に立った男は。
底冷えするような闘気を発しながら、眼前の敵軍に向かい合う。
「何を言うか!」
「これで貴様も裏切り者だ」
「覚悟しろ!」
彼の言い様に激怒し、真っ先に斬りかかった武官が三人いた。
しかしピーターと接触する寸前。三人まとめて、別方向から血が噴き出す。
少なくとも三回は斬っているようだが、クレインの目には一太刀もまともに追えなかった。
「ここから先は亡霊退治。過去の栄光に囚われ、亡者に心を奪われた哀れな者たちを」
そして彼の口から出てきたもの。それは、何でもない宣言だ。
「ただ、鏖殺するのみ」
己の腕に絶対の自信を持つ男は、確信を持った声色でそう言った。
「鏖、殺?」
「ええ、皆殺しという意味です」
確実に敵を殲滅する。
万に一つもしくじらない。
言葉の意味を尋ねるクレインに向けて、彼はただ笑みで返した。
それを聞き、遺臣たちはいきり立つ。
「か、かかれ!」
「いくら剣聖と言っても相手は一人だ!」
「奴を殺し、子爵を討つのだ!」
アースガルド領へ出向していた者たちは、ここまできてもまだ迷っていた。
しかし、やがて覚悟を決めたのか、少し遅れて駆け出す。
敵は二十名。
味方は護衛一人。
どう考えても不利な状況だ。
敵が剣を抜き、クレインたちの元へ走り寄り。
しかし後続の四人がピーターの間合いに入るか、入らないか――
クレインがその一瞬を見極める暇もなく、誰も彼もが間合い丁度で斬り捨てられていく。
「これではただの作業ですな。さしずめ亡者の行進か」
「な、何だと貴様――ぐあっ!?」
斬り捨てては血を振り払い、納刀。
そして次の敵へ、また神速の抜刀術を見舞う。
「何の感慨も無い。貴族を斬るのは楽しいはずなのですが……ね。やはり貴殿らでは、全くもって面白くない」
不満気に言いながら、彼はただ殺戮を続けた。
ピーターは、一対一の戦いであればランドルフよりも強い。
個人戦の能力なら間違いなく最強なのだ。
そんな彼を前に、武官も文官も次々と斬り伏せられ。
斬られた味方を盾にして、ブリュンヒルデが下段から斬りかかった。
「――お覚悟を」
クレインでは、遠目でも視認するのがやっとの剣速だ。
それでもピーターからすれば。
義妹にして弟子の一撃は、合格点とは程遠い出来だったと判断された。
「未熟」
剣先がブレている。
太刀筋が荒い。
遅い。
剣に迷いがある。
その全てを、彼は未熟という評価で斬り捨てた。
「貴女の覚悟は、その程度でしたか」
交差した刹那。ブリュンヒルデの左半身が切り裂かれ、彼女は地に伏す。
明らかな致命傷を負い、地面が赤く染まっていく。
その様を見て何を思ったのか。
ピーターは一度、動きを止める。
「……しかし。あれほど楽しかった人斬りが、こうも淡泊に感じるとは」
「き、貴様! シグルーン卿は縁者だろうに!」
「今はただの敵。ただ、それだけのこと」
そう呟いてから。
彼は敵から目線を外して、空を見上げた。
「あの男が死んで、なお操り人形のままならば。いっそ死なせてやるのが慈悲というもの」
「あの男とは、殿下のことではあるまいな」
「さて? 詰まらぬ男に洗脳されたものだな、という感想があるのみですが」
一国の王子を「あの男」呼ばわりし、敬意の欠片もない口調で吐き捨てれば。
死後も仕えようとする忠臣たちは、憤怒の形相をしていた。
「まあ、某は止める立場にあらず。彼女に拒否権もありませんでしたが、ね」
独り呟くピーターは、動きを止めている。
それを好機と見て、斬りかかってきた人間は――やはり一瞬で斬り捨てられた。
「さりとて配下も見事に質が悪い。主君も配下も、数を頼みにするしかない有様とは。――そんな腕であれば見栄や面子など捨て、弓兵でも増やすべきでしたな」
近寄る者は斬り殺す。
及び腰になった者も殺す。
様子を見ようとした敵へも、大きく踏み込んで殺していく。
「ぐえっ!」
「ごはっ!?」
「ぎゃぁああぁあ!? う、腕が、がっ!?」
破れかぶれで掛かってきた者は、胴を一薙ぎ。
遠巻きにしていた者へは、落ちていた剣を放り投げて殺す。
彼はやって来る者から順番に。
当然の如く、皆殺しにしていった。
「ふふっ、しかし。戦場で斬るのとは、また違った趣があるか」
「ひぃ!? た、助けてくれぇ!」
敵はもう数名しか残っていない。
東伯と和解させてやる、と偉そうに宣言していた騎士は、もう逃げ出そうとしていた。
だが、逃げ惑う者も平等に。ピーターは追い縋り殺し続ける。
顔には柔和な笑みを浮かべているものの、一見して分かるほどの作り笑いだ。
そこにブリュンヒルデのような、慈悲の感情は一欠片すら入っていない。
斬った。死んだ。次の獲物を斬りに行く。
ただそれだけを繰り返していた。
誰も障害にはなり得ず、人数差を物ともしない一方的な虐殺が繰り広げられているのだ。
その光景を間近で見ていたクレインも、現実離れした戦闘力に呆然としている。
「……ここまで、強かったのか」
クレインは、ピーターが直接戦っている場面を間近で見たことがなかった。
圧倒的な迫力を持つランドルフやグレアムから比べれば頼りなく。
どちらかと言えば文官寄りで見ていたのだ。
しかし、戦場で近くにいれば分かる。
人を殺す技。
ただその一芸だけに特化した鬼神の如き男であり、間違い無く歴戦の兵だ。
柔和な微笑みや、知性の高さ。時折見せる完璧な礼儀作法などは、化け物と見破られないための偽装か。
彼の姿を見て、クレインはそんなことを思った。
今の彼は、詰まらないと繰り返しつつも。殺しを楽しんでいるようにすら見える。
「いや。そんなこと、今はどうでもいいんだ」
ピーターは最後の一人まで殺す気だ。
しかし敵も、ここまでくれば相打ちで構わないと思っていたのだろう。
「う、うらぎり、もの、が」
「おのれ、おの、れぇ……!」
致命傷を負い、一歩も動けないはずの者でさえ。
地を這い、血反吐を吐きながら前へ進もうとしている。
彼らを。主君を裏切った者を。
裏切者のクレイン・フォン・アースガルドを、殺すために。
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次回、第四章エピローグ「狂気と怨嗟の地獄」
その次から五章「真相解明編」に入ります。
非常に重い展開で、グロテスクな場面も出てきますが。
今までに出てきた疑問のほとんどは次章で明らかになりますので。お付き合いいただければ幸いです。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!