弱小領地の生存戦略!

俺の領地が何度繰り返しても滅亡するんだけど。これ、どうしたら助かりますか?
征夷冬将軍ヤマシタ
征夷冬将軍ヤマシタ

第六章 生存戦略・改

第一話 全速前進

公開日時: 2021年10月13日(水) 00:05
文字数:4,023



「え、ええと、クレイン様。あの?」

「どうした、マリー?」

「あのー。どうしてこうなったんでしょう?」


 最初はプロポーズを冗談と思っていたマリーだが、クレインがクラウスに対し――


「一年以内に領地の収入を倍にできたら、結婚を認めてくれ」


 という冗談のような提案を大真面目にして。

 それが通ってしまったのだから、もう大変だった。


「クレイン様がやる気になられたのは喜ばしいことです、ので」

「まだ納得していなさそうだな」

「使用人と主君の結婚を、そう簡単に納得できるはずがございますまい」


 クラウスも、クレインが本気なことは分かった。

 その上で、真顔で領地の収入倍増などという条件を、彼自らが切り出してきたのだ。


 実績を見せれば周囲を納得させる自信はあったし、覚悟があるなら止めることではない。

 そんな考えで、クラウスは了承した。


「あの、当事者である私の意志は」

「なんだ、マリーは俺と付き合うのは嫌か?」

「え、えーっと。いや、それはやぶさかでないと言いますか……」


 彼女が随分前から自分に惚れていたことなど確認済みなので、クレインは強気に出て。

 強引に迫られて嬉しいのか、マリーの方は戸惑いつつも喜んでいる。


「よし、じゃあ最速でやっていかないとな」


 今回の人生では自重も遠慮もしない。

 今回の人生で失敗したことがあるなら、全てを完璧にできるまでやり直すくらいの覚悟があった。


「まずはハンスとバルガスを呼んでくれ。作戦会議だ」


 彼の中で序盤のプランは決まっていた。

 集まるまでの間で、どう説明するかだけを検討して――彼は動き出す。





    ◇





「で、何ですかい坊ちゃん。この地図は」

「ああ、この印が付いたところに銀の鉱脈がある。採掘場を作ってほしいんだ」

「……は?」

「道の整備から頼む」


 集まった面々を見て。クレインはまずバルガスに、調査すら飛ばして鉱山を作る用意を命じた。


「いや、あの。調べてからの方がいいんじゃねぇかな」

「俺が個人的に調べた。確実にある」

「お、おお」


 自信満々に言い切られては、バルガスも言葉に詰まる。

 しかし鉱山を作ろうとして、ダメでしたでは大損だ。


「領地は安定してきたから、そろそろ改革していきたいと思っていたんだ」

「でもなぁ、坊ちゃん」


 一応止めようとはしてみたが、クレインの意志は固かった。


 前々回までの人生。

 本来の予定であれば最初の動き出しは遅い。


 銀鉱床の調査にバルガスが数日かけて。クレインと共に現地を視察して、更に数日。

 そこから追加調査に、更に一週間。

 全て完了するまでは、二週間ほどだろう。


 更に、必要な機材を準備して本格的な作業を始めるのに一週間かかる。

 多少効率化しても、合計で三週間の期間が必要となる。


「この地図を信じて直に建設へこぎつければ、二週間は短縮できるんだ」

「二週間……そんなに急ぐもんかね?」


 バルガスたちから見れば、早くマリーと結婚したくて焦っているのかという印象だ。

 人生八十年のスパンで考えれば、二週間の短縮では何も変わらない。


 しかし、実のところ期限は三年しかないのだ。


 銀の収益が早期から手に入れば全ての動きが早くなる。

 多少無茶でも、クレインはここを譲る気はなかった。


「前々から用意していたプランを実行するだけだ。これで空振りなら今後は一切の無理をしないと約束するから」

「へいへい、分かりましたよっと。今回はまあ、信じますか」

「じゃあ、次」


 そこまで言うならと了承したバルガスに向けて、クレインは次の仕事を命ずる。

 手渡したものは数枚の図面――農具の設計図――と価格表だ。


「これは南伯が機密扱いにしていた農具だ。今後はこれを普及させたい」

「え? あの、坊ちゃん!?」

「お婆様が持っていた本の中に、古ぼけた設計図があった。盗んだわけじゃないんだから堂々と使おう」


 もちろん嘘だ。

 前々回の人生で大まかな設計図を暗記してあり、それを会議までの間に図面へ起こしていた。


 農具一つで開墾の効率が段違いなのだから、最初期から準備をして、いずれ降りかかる食料問題に対し、自領で賄える分を増やしておこうという算段だ。


 アストリとは何が何でも必ず結婚するくらいの構えでいる。

 だから彼の中では南伯の一門衆となることが確定しており、先払いのような気持ちで拝借していた。


「責任は俺が取る。バルガスは鉱山の建築と同時に、鍛冶師にこれを作らせてくれ」

「ええと、価格表まで付いて。……ああ、忙しくなりそうだなこりゃ」


 今稼働している鉄鉱山の生産品を、既存の農具から置き換えるだけで済む。

 だから実現可能な計画ではあるが、生産ラインを丸ごと入れ替える大仕事になる。


 当然のこと激務が待っているため、彼は少し遠い目をしていた。


 どこまで納得したかは別としても、バルガスは受け入れたのだ。

 ならばと、クレインは次の指示を出す。


「クラウスはこれ。使者になって、南伯のところに届けてくれ」

「……これは?」

「畑の借地契約書。借りられるだけ借りるつもりだけど、向こうが貸せる最大まで交渉してほしいんだ」


 続いて出てきたのは。毎回、やり直す度に結んできた契約書だ。

 南伯の領地にある畑を一括で借りて、今夏にある冷害に強い北方種の穀物などを育てる計画であるが。


 規模は今までの三倍。

 全部が実れば、現在のアースガルド領では絶対に消費しきれないほどの量となっている。


「く、クレイン様……」

「一つでも失策をすれば。今後。何があろうと。絶対に無茶をしない」

「そ……そこまで、仰るなら」


 子爵家当主が断固として決定するのだから、最終的にはその判断が尊重される。


 それにしても大暴れだった。


 あるかも分からない資源の採掘体制を、いきなり整えにいき。

 南の覇権を握る家の機密道具を、堂々と大量生産し。

 その家が管理する畑を、根こそぎ貸してもらえるように交渉をして。


 しかもまだ何かやる気らしい。

 まだ何も言われていないハンスは、もう戦々恐々としていた。


「あ、あの。クレイン様。私は何を?」

「ハンスには移民と大工の管理をしてもらう」

「移民を呼ぶのは、まあ、分かりますが……大工?」


 アースガルド領での数少ない職業軍人筆頭。

 そのハンスが大工の管理をさせられると聞いて、唖然とした顔をしていた。


 が、クレインの説明おいうちは止まらない。


「ああ、衛兵隊は一時的に解体する。ハンスは指揮をしながら、大工の親方仕事を覚えてくれ」

「ほあっ!?」


 どうせ領地に人が増えるまでは、大した事件も起きない。

 であればもっと有効活用する道があるはずだ。

 そう考えた結果がこれだった。


「衛兵隊の中で戦いに向かなさそうな者には、大工仕事を覚えさせるんだ」

「え、いや。クレイン様」

「畑仕事も減らして、とにかく家を……長屋を大量に増やしていこう」


 出稼ぎ労働者が住む場所の確保は急務となる。


 大商会が不動産事業に力を入れてからは、混雑も緩和されたとはいえ。

 移民受け入れの当初は、鉱山の詰め所で雑魚寝させるレベルで住居が足りない。


 そこが解決されれば労働者の不満が減り、治安は良くなるのだ。


 このままいけば後々住宅不足で悩むことになるので。これはやらない理由が無い。

 少なくともクレインの中では。


「最終的には工兵でも目指してもらおうかな」

「何に使うんですか、そんな兵科……」

「まあいずれ必要になるよ」


 現状では不要だが、将来的には砦の建築も待っている。


 だからアースガルド領に元からいる衛兵たち。

 気性が穏やかで戦いに向かない半分農家のような兵士は、工兵として育てようとしていた。


 これだけでも度肝を抜かれていた家臣たちへ。

 クレインは更なる説明ついげきに打って出る。


「で、俺はその間に北部へ行ってくる。それが終わったら王都に寄るから二ヵ月くらいは留守になるな」

「これだけ命じて、どちらへ!?」

「人材獲得の旅」


 鉱山の調査や整備を完全にバルガスへ任せれば、初期の準備は今までと一ヵ月半ほどのズレで済むだろう。

 多少時期が前後しようと、全く問題は無いと判断していた。


「ということで。俺が不在の間は特に、全力で頑張ってほしい」

「どういうことですか……」


 ハンスに振られた仕事は特に意味が分からないとしても、それらは全て重要なことだ。

 しかし配下たちからすれば、意味不明なことには違いない。


「む」

「なぁ……」

「いや……」


 クラウス、バルガス、ハンスの三名はしきりにアイコンタクトを交わしている。


 クレインは正気なのか。

 そんな共通の疑いが生まれたが――残念ながら彼は、どう見ても正気だった。


「じゃあ、マリーは連れて行くから」

「お待ちくださいクレイン様。マリーはまだ……!」

「結婚は先というのは分かっているよ。北で暮らすなら従者が必要だろ? そうだ、アイテール男爵に紹介状を書いてくれ」


 止めようとしたところで更なる仕事が振られ、クラウスも絶句した。

 クレインは異論を挟む余地が無いほど自信満々に仕事を振ったものだから、彼も思わず頷いてしまったくらいだ。


 戸惑う側近たちを前にしたクレインは、しかしそれを一顧だにせず。

 手を挙げて堂々と言い放つ。


「なりふり構っていられない。さあ、全速前進だ!」


 何をそんなに生き急いでいるのか。

 何か悪いものでも食べたのか。


 色々と異論は挟みたい家臣たちであったが、そこはもう勢いだ。

 説得力に欠ける政策を、クレインは勢いだけで強引に承諾させた。


「よし、じゃあ旅支度だな」

「あの……まさか」

「ああ。まだ日は出ているし、一時間後に出立する」

「ええっ!?」


 つまり一時間以内にクレインの旅支度を整え、馬車の手配をし。

 その間にアイテール男爵への紹介状を書くのがクラウスの仕事だ。


「さあボヤボヤするな。やると決めたら全力だ」


 その言葉は、己に言い聞かせる面もあった。

 しかし何はともあれ、彼は今までの人生で積み上げてきた全てを利用する。

 そう決めたのだ。


 今回の人生は最初から、全速前進の全力全開。

 全てのことで最高の結果を出すべく、クレインは進撃を開始した。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 採掘体制が整うまで

 三週間 → 一週間


 畑で育てる寒冷地品種

 生産量三倍


 衛兵隊

 解体。ハンスは大工へ。


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