グロテスクな表現が出てきます。
見なくても次につながるようにしておきますので、苦手な方は次の更新をお待ちください。
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「で、これはどういうことかな?」
「あ、あの、ええと……その……」
「ハンス、捕らえろ」
「はっ!」
そして時は会合の席へ戻り、クレインはあっさりと毒入りワインを見破った。
前回はブリュンヒルデが即座に殺してしまったが、今回はハンスを真横に置いての出席となっている。
ブリュンヒルデが下手な動きをしないように、商人たちから貰ったお土産の目録を作らせるという作業を割り振った結果。
ハンスは誰にも邪魔されずにサーガを縛り上げ、そのままクレインの屋敷へと連行していった。
「騒がせてすまない」
「い、いえ。クレイン様は被害者ですから」
「そうです。お気になさらず」
突然の暗殺未遂に目を丸くした商会長たちだが、今回は血飛沫が飛び交う修羅場となっていないため、いくらかは落ち着いていた。
事件が起きると知っていたトレックと、想定内だと言わんばかりに澄ました顔をしているヘルメスは全く動じていないところを横目に見つつ。
「場が白けてしまったな。今日はこれで解散にしよう」
クレインはハンスの後を追い、屋敷へと引き上げることにした。
帰る前に、隣の部屋でお土産の目録を作成していたブリュンヒルデと合流すると、彼女はクレインに向けて訝し気な視線を向けたのだが。
連行されていくサーガと商会長たちの顔色の悪さ。
そしてクレインが手にした変色済みの銀食器を見て、一瞬で事情を察したらしい。
「ブリュンヒルデ。どうやら暗殺されかけたよ」
「こうしたことには、不慣れかと思いましたが」
「いずれこういう時は来ると予想していたからね。銀食器はいいアイデアだった」
なるべき切れ者に見えるように気を使いながら、堂々と料理屋を退店し。
クレインは揚々と取り調べに向かう。
ただし、途中で休憩を挟み。
メイドのマリーに用意させた茶菓子と紅茶で、たっぷりとティータイムを楽しんだあとで牢屋へ向かうことにした。
◇
「吐け! 何を考えていた!」
「吐けコラ!」
「…………」
屋敷の敷地内には、犯罪者を閉じ込める牢屋がある。
目立たないような位置――というよりは、使われるのが十数年ぶりなので、普段は意識すらされないボロ屋だ。
取り調べにはまだ慣れていないのか。
ハンスたち衛兵部隊は、囲んでから大声で怒鳴る以外の尋問方法を採っていないようだった。
両手両足を縛られて床に転がされた中年が、四方を囲んだ兵士たちから一心不乱に罵声を浴びているところを見て。クレインはシュールさで笑いそうになったが。
「いやいや。こいつは俺の毒殺を企んでいたんだからな。見た目はマヌケでも、意外と油断ならない相手かもしれない」
目の間にいるのは自分を十回も殺し、クレイン殺害回数の世界記録を更新した男なのだと気を取り直す。
彼は頭を切り換えてから、黙秘を続けているサーガの前にかがみ込んだ。
「さて、サーガ商会長……いや、ドミニク。どうして俺の暗殺を企んだのか、聞いてもいいかな?」
「ワインに異物が混入されていることなど、私は知りませんでした」
「なるほど、シラを切る方できたか」
計画が露見した瞬間は大層な小物に見えたが。
生き残る道を考えついたのか、彼はいくらか落ち着きを取り戻していた。
彼が頼れるとすればヘルメス会長か。それとも東伯か。
いずれにせよ。今回の人生を短期決戦で終わらせるつもりのクレインは、後のことなど知ったことではなかった。
「どうせジャン・ヘルメスの助けでも期待しているのだろうが、あの爺さんはお前をもう切ったよ」
「なっ、何を!?」
「グルってのがバレバレだし、ヘルメスにも色々と聞いてからここに来たんだ。……まあ、あの爺さんを排斥すると経営に悪影響が出るから、司法取引といくつかの譲歩を貰う形で手を打った」
これは完全に嘘だが、サーガの顔色は急激に悪くなった。
クレインが一人ティーパーティーで無駄に時間を使ったのは、ヘルメスからも事情を聞いていた。という話に信憑性を持たせるためだ。
実際には何も話していなくとも、助けが来ないという話を伝えるだけでそれなりに効果があったらしい。
「ということで。お前はもう、ほぼ用済みなんだが……まあ、裏取りは必要だろ?」
ヘルメスとしても秘密を知っているであろうサーガを放置して、裏情報が流出するのは避けたいところだろう。
やはり何らかの方法で、彼を救出する算段を立てていたのかもしれない。
そうは思いつつも、余裕の表情でクレインは続けた。
「あの爺さん、ちょっと利益供与してやっただけでまあペラペラと。お前を助けるよりも、自分の商売の方が大事らしい」
「ハッタリです。あの方が、目先の利益に釣られてそんなことをするわけがない!」
強がってみたサーガだが、それは悪手でしかない。
クレインはニヤリと笑いながら、顔を近づけた。
「領主を暗殺しようとしたお前を助けて、俺から不興を買うのが利益につながると? 銀山利権よりも利益になる計画ってなんだろうな」
表面上は何のつながりも無いような素振りを見せていたのが。
今の失言ではっきりと、彼らは利害関係にあると自白してしまったのだ。
これ以上何も言うまいと口を閉ざした彼の前に、クレインはナイフを突き立てる。
「さっき厨房から取って来た。よく磨かれて、切れ味が良さそうだろ?」
「…………」
「さて、尋問は不慣れなんだ。さっさと終わらせよう」
サーガとて戦乱が続く東部で商会を営んできたのだ。
目の前に刃物をチラつかされたくらいで折れるわけがない。
本人は徹底した黙秘を決めたし。
クレインとて、脅しで何とかなるとは思っていない。
「ハンス。こいつに猿ぐつわをしろ」
「え? あ、はい」
喋らせるどころか、口を塞ぎにかかった領主を見て。
サーガに目線を戻して。
何のつもりかは分からないが、ハンスは余ったロープを口に噛ませた。
「次に小指の爪を剥いで、第一関節から先を切り落とせ」
「……へっ?」
ポカンとした顔をするハンスに向け、クレインはゆっくりと言い含める。
「口が堅そうだから、口先でいくら言っても無駄だよ。行動あるのみだ」
「ん!? んんーっ!!」
そして、小指にナイフを宛てられた彼は、先ほどの言葉を思い返す。
クレインは、「尋問には不慣れ」なのだと。
「察してくれたようで何よりだが。俺も初めてだから……加減が分からん」
「クレイン様、どういうことです?」
「第一関節を切り落としたら、止血をして。五分後に第二間接を落とせ。薬指の根本まで落としたら、尋問開始だ」
つまり、指を二本失ってからがスタートであり、それまでは下準備になる。
どれだけ泣き叫ぼうと喚こうと、そこまでは自白すら許されないのだ。
「少なくともそこまでは口を割らないだろうから、猿ぐつわを外すのは質問を始めてからでいいぞ」
「クレイン様……あの、マジでやる気ですか?」
「気分が良くないやり方だが、山賊を縛り首にするのと変わらないだろ?」
ハンスたち衛兵はもうドン引きしているのだが、それは顔を真っ青にして暴れているサーガも同じだ。
すっかり死に慣れたクレイン以外は。
これから起こる惨劇を予想して、恐怖に顔を歪ませていた。
「ヘルメスから聞いた話の裏付けが取れればいいから、別に殺しても構わん。尋問を始めてからも、証言に怪しいところがあればガンガン切り落とせ」
クレインが子どもの頃から屋敷に仕えているハンスは、目を丸くしていた。
領主の性格を知っているだけに、出てきた作戦が意外過ぎたらしい。
「ヘルメスから聞いた話と少しでも違えば、追加でもう何本か落とす」
「あ、あの、クレイン様? いっそ殺してやった方が……」
「いっそ殺せと言われてからがスタートラインだよ。ああ、自殺されないように、猿ぐつわはいつでも付けられるようにしておこうな?」
そう言って、クレインは一旦部屋を出た。
自白を聞く相手すらいなくなったのだから、拷問の手順は先ほど聞いた通りになるだろう。
「まあ、うちの領主様を殺そうとしたんだし」
「……だな。すぐにぶち殺されないだけでも、感謝してもらおうか」
「坊ちゃんなら、まあ。素直に話せば命までは取るまい。……コラ、暴れるな!」
にじり寄ってくる衛兵を前に、サーガは「今すぐに自白させてくれ」と叫んだが。
「ん、んん! んんんーッ!!」
猿ぐつわをしているため、その声が彼らに届くことはなかった。
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