「今日が王国歴500年の4月ってことは……三年前に戻っているのか」
クレインは一度、自分が死んで領地が滅んだこと。
それを現実として考えてみた。
そうして新聞を見れば。
今日の一面記事には、王都で起きたとある大事件の後始末が終わったと書かれている。
「そうか。そう言えば今は、初めの粛清が終わった頃だ」
クレインの領地もド田舎というわけではないが、そこまで都会ではない。
中途半端な位置にあるため、中央の情報は少し遅れて伝わってきている。
新聞ですら最新情報ではない。
だから実際の日付と若干のタイムラグがあるのだが。
しかし正確な日付が分からないとしても、騒動そのものは覚えていた。
今日から一ヵ月ほど前に、第二王子と第一王女。
その他、国王の親族が数名、毒殺される事件があったのだ。
「ああ、知ってるよ。粛清が無事に終わりました――と思いきや、もうひと波乱あるんだろ? 具体的に何があったかは知らないけど」
都の方で上へ下への大騒ぎしていたとしても、アースガルド領は平和なものだった。
今のクレインもそうだが、特に変わらない日々を過ごしている。
なんにせよ、この事件を知った当時のクレインがやったことと言えば、治安の引き締めを命じたくらいだ。
『遠いところで、雲の上の人たちが争っているなぁ』
それくらいの感覚で、過去のクレインは気にも留めなかった事件だった。
だから詳細は分からないとして。
しかしこれがアースガルド領の滅亡に関係してくることを、今の彼は知っている。
これが現実だとするならば、まずは現状の整理からだろう。
そう思い、クレインは筆を執る。
「確か粛清された家が持つ土地や利権を、いくつかの家が吸収して。一年くらい経ってから問題が再燃するはずだ」
この頃の王宮では、誰を次代の王にするかでドロドロの争いが続いていた。
暗殺の計画など日常茶飯事だったらしい。
そんな事実を口に出しながら、クレインは情報を整理していく。
「第一王子派から第二王子への攻撃かと思いきや、第一王子も毒を食らい、一時期は危篤になっていたらしい、っと。無差別テロってやつかな」
あわや王子たちが全滅という事態だが。
第一王子が回復したため、跡目争いは終わりを告げた。
しかしこの後にも問題が起きる。
次代の王を巡る権力争いに決着がついたため。
王族暗殺事件の主犯と思しき連中から、財産を没収したついでに。
――元、第二王子派閥に所属していた家の財産まで奪い取ってしまったのだ。
そのせいで。規模は大きくないものの、内乱にまで発展した。
それがクレインが未来で見聞きした話だ。
「で、反乱の計画がバレて、第二回の粛清が起きて。いくつかの家が更に勢力を伸ばすと――最後にはあの日につながっていく」
今から一ヵ月前の事件。
そして次回の粛清。
ラグナ侯爵家はどちらでも、大幅に勢力を伸ばしている。
彼らの敵対勢力が没落して、手放した利権や領地を丸ごと呑み込んでいったのだ。
ラグナ家の他にも、粛清や内乱で明らかに得をしている家がいくつかあり。
政治に詳しくないクレインでも分かるくらいに、陰謀の臭いがプンプンしていたのだが。
それに首を突っ込んでどうこうする気は、彼にはさらさらなかった。
大事なのは自分の領地のことだけだ。
「王都のことに興味はないとして。基本方針は、そうだな……」
ペンを取り、クレインは考えを書き出していき。
数分して、方針が決まる。
「一、俺は死なない。二、領民の皆殺しを防ぐ。三、領地を滅亡させない。かな」
四、ラグナ侯爵をボコる。と書き加えようとしたが。
現時点でも総兵力に数十倍の差があるし、三年後にはもっと広がっている。
領地の生産力にもそれくらいの差があるので、仕返しは現実的に難しいという結論に達した。
だから大まかには。
誰も死なずに済む、幸せな未来を掴もう。
という方針を立てたのだが。
「いや、しかしこれ。もう詰んでないか……?」
子爵家と侯爵家では、地力の差があり過ぎる。
クレインが多少内政を頑張ったところで。
ラグナ侯爵家に勝てる未来はおろか、足止めできる未来すら見えなかった。
商業でも農業でも、兵力でも身分でも。勝てるところなど何一つ思い浮かばない。
かと言って何もしなければ、滅亡待ったなしの状況ではある。
「うーん、どうしたものか」
打開策が見えずに、ひとしきり悩んだクレインだが。
数十分ほど机の前でああだこうだと唸ってみても、一向に名案は浮かばず。
そろそろ昼時という時刻になり、考えが詰まって窓の外を見てみれば。
表ではマリーの他、数名のメイドが庭で洗濯をしていた。
「ちょ、ちょっとトムさーん! 止めてくださいよー!」
「ははは、マリーは懐かれとるなぁ」
「わ、笑いごとじゃ……あー! やめてぇ!」
行商人のトム爺さんが、メイドの一人と世間話をしている隙に。
彼の馬が、マリーの頭を鼻でつついて遊んでいたらしい。
小柄なマリーは鼻先で押される度に、身体を大きく揺らして困っていた。
「……平和だなぁ」
王都の貴族なら、この光景を見れば使用人のクビを切りそうなものだが。
領土の南側を未踏の大森林で囲まれた、田舎の雰囲気に溢れるアースガルド領では普通の光景だ。
歴代の領主からしてのんびり屋が多かったそうなので。
使用人ともフレンドリーで気安い貴族が治めるお土地柄だった。
「そういやマリー。またつまみ食いで怒られたとか」
「な、なんのことでしょう? つまみ食いなんてしてませんよぁ」
「はぁ……ほどほどにせんと太るぞ」
「失礼な! あれくらいじゃ太りません!」
表から聞こえて来る会話も、流れている空気も平和そのものだった。
三年後に領地が滅ぼされることなど。
誰も、夢にも思っていないだろう。
何かしらの手を打てるのはクレインだけだ。
それを再確認してから彼は大きく伸びをして、もう一度机に向かった。
「何とかしなきゃな。……さーて、どうすっか」
突然の戦争に巻き込まれて、記憶が飛び飛びになるほどショックな光景を見てきたクレインも。
庭先のやり取りでほっこりしつつ。
ようやく本当の意味で落ち着いてきたらしい。
「これが夢なら夢でもいいさ。アレが現実なら、夢の中でくらい幸せになってもいいだろ」
雑念が抜けて頭がすっきりしたからか、先ほどよりもアイデアは出るようになっていた。
そして数分して。
クレインは名案を思い付いたとばかりに手を打つ。
「そうだ、結婚しよ」
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