「お酒に強くないんですから、飲み方を考えてください!」
「いやぁ、ちょっと盛り上がっちゃって。周りがどんどん奢ってくれるもんだから」
「まったく、もう」
宿の入り口へ放り投げられたクレインを二階へ運び、宿の主人からもらった水を飲ませること数十分。
ようやくクレインの呂律が戻ってきた。
「いえ、まあ。クレイン様を励ますのが目的なので、合っていると言えば合っているんですが」
しかしまだフワフワしており、少しフラフラしている。
そんなぐでんぐでんのクレインを見て、マリーは呆れていた。
「何をぶつぶつ言っているんだ?」
「何でもないですー」
久しぶりに見た彼の笑顔に安心しつつ、彼女はベッドに腰かけている。
普通のメイドなら水を置き、世話をしたらすぐに下がるか。
部屋の入り口に立ち様子を見守るものだが。
彼女は遠慮なく領主が寝ている横へ座り、楽な体勢で介抱をしていた。
「まあまあ。薬は結構売れたんだし、いいじゃないか」
「その薬も、クレイン様が見栄で買ったものですよね」
「先行投資と呼んでくれ」
傷薬を買った経緯について。
マリーからすれば呼び込みたい商会にいい顔をしようとして、無駄に仕入れた不良在庫という認識だ。
確かに売れたし利益もそれなりに出た。
明日以降、トムの元へ現れる客も少し増えるだろう。
利益にはなったとして、それはそれだ。
「まあ何でもいいですよ。今後は無茶な飲み方をしないこと。マリーお姉さんとの約束です!」
「同い年だろうに」
「気分の問題ですので」
誕生日もクレインの方が早いので、お姉さん要素は欠片も無いとして。
クレインは何故か昔を思い出し。
彼女はどこか、大人ぶりたいところがあったなと笑う。
「あっ、何を笑っているんですか」
「ん。いや、お酒が入って楽しいなって」
「絶対嘘です。何を考えているのか、白状してください!」
そう言って、マリーはクレインの頭を両手で挟み込んだ。
アストリの場合は頬だったな、と思いつつ。
仮にこのまま滅亡が回避されれば、彼女と結ばれることは無い。
そう思えば、クレインは寂寥感を覚えた。
――彼も、本音を言えばアストリを迎えに行きたい。
しかし彼女と結べば東伯が攻めてくるのだ。
守り切るためには銀山を開発して、勢力を拡大する必要がある。
だが力を持てば第一王子やヘルメス商会、その他の勢力が謀略を仕掛けてくるだろう。
仮に最初から侯爵家と結んだとすれば、王子と敵対関係になるし。
その場合はブリュンヒルデが殺しに来る可能性もある。
そもそも王宮から人を送ってもらわなければ、領地を発展させられない。
その過程で王子との接触が避けられない。
と、そこまで考えて。
クレインは思索を振り払った。
「ああ、もう。やめだ」
「……何ですか? 今度は急に凹んで」
一度拡大を始めれば、もう止まれない。
全ての敵対勢力に勝つまで拡大し続けなければいけない。
考えれば考えるほどに。アストリと結ばれる未来は難易度が高過ぎた。
どうにかして彼女と結ばれる方法は無いかと考えるクレインだが。
平和だけを目指すなら、彼女と結ばれるべきではない。
彼女と縁を結ばなければ、東伯との最初の一戦が起きず。
経済圏を作らなければ、東候を刺激することもないだろう。
そう考えて。
こびりつくように纏わりつく思考を、振り払おうとしていた。
「あの、クレイン様。本当に大丈夫ですか?」
「……何でもないさ」
色々と考えることはあるが、マリーを前にして考えることでもない。
そう思った彼は、今度こそ考えを打ち切る。
「明日は朝からトム爺の手伝いだ。もう寝よう」
「うーん。……分かりました、何かあれば呼んでくださいね」
「ああ、おやすみ」
マリーは心配そうな顔のまま下がった。
足音が遠ざかり、部屋には静けさが戻る。
そうして一人になると。
また前回の人生のことや、今後のことを考えてしまう。
自分が強くなるのではなく、強い者の庇護下に入る。
それが正しい生存戦略だ。
その戦略を実行するなら、彼女を求めてはいけない。
「そうだよ。俺は領地を守るって決めたんだから」
アストリとの思い出を、それは別な世界でのことだと封印して。
そういう可能性もあったが――手が届かない存在だったと――諦めて消化できる日が、いつか訪れるかもしれない。
しかしそれは、このまま北候の傘下に入ることができればの話だ。
難癖を付けられて潰されるようなら、いずれにせよ勢力を伸ばしていくことになる。
「……まあ、今回の結果次第か」
何を犠牲にしても、誰にどう思われても。
必ず領地を守り切ると決めた結果が、前回の人生だ。
その気持ちが残っていると再確認できただけでも、やり直した価値はある。
しかし共に過ごした時間は忘れられていなかった。
だから彼は考えてしまう。
「それなら、いっそ」
平和に過ごす案が通らなければ、再び勢力を拡大することになるだろう。
そうなれば大手を振って彼女を迎えに行ける。
だから、侯爵家との話し合いが決裂して――むしろ戦乱が訪れてほしい――などという。
破滅的な考えが浮かんでしまった。
「いや、もう止めよう。そんなこと、考えることすら」
優先するべきことは領地が滅ばないこと。
そう思い直そうとしたが、思考は乱れたままだ。
自分の感情を優先して。
何千、何万もの人々の、命と生活を犠牲にはできない。
感情を優先して仇討ちをする人間たちへ、それは正しくないと拒否をした手前。
「ここで俺が……その道を選ぶわけにもいかない」
弱小領地のアースガルド子爵領が北候の配下に入り、平和な未来を拓けるか。
それを確かめることが今回の人生の目的だ。
少なくとも、今生で彼女との関係を望んではいけない。
無理やり自分を納得させたクレインは、そう締めくくると。
重く深い息を吐いた。
「……ダメだな、本当に。もう寝ないと」
ここ最近のクレインは寝つきが悪く、悪夢を見ることも多かった。
だが、今日は酒が入っているのだから、寝ようと思えば何も考えずに寝られるだろう。
そう思い、彼は徐々に暗くなる視界を閉ざす。
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