ヨトゥン家との使者は動静に気を配り。
時期を見てお嬢様を連れてくると言い残して去った。
関係強化の挨拶に来ただけで、今後の具体的な動きは話さないままだ。
そして領地に赴任していた王国の役人――裁判官を王都に送り、東伯との件を中央で裁いてもらうように要請を出した。
彼が行ったことはそれくらいだ。
「だが……本当に王子が討ち取られたというなら、後回しだろうな」
中央の騒乱を処理することで手一杯になり。
東の動向に構っている時間は無い、という回答になる公算が高い。
元々、東伯の行為がはっきりと違法だからこそ、身分差や自力の差があっても法廷で争うことができるという算段だった。
しかし根回しの時間を取られたら、王都の法務省が日和見をする可能性もある。
「後ろ盾を失い、敵を攻撃する機会も失い、か」
このタイミングでの第一王子暗殺。
東伯にとっては最高のタイミングだが、彼はこの動きを知っていたのだろうかと。クレインはぼんやり考えた。
しかし、すぐにその考えを打ち消す。
「あり得ない。中央の情報を、俺たちよりも早く東伯が知ることはできないはずだ」
東伯軍から見れば、アースガルド領を挟んだ反対側に王都がある。
いくら戦いで混乱しているとはいえ、間者、スパイが堂々と通行できるわけがないのだし。
そもそも敵軍の人間が来る道は封鎖していた。
それ以前にクレインとて王子とのつながりはあったのだから、何かあれば報せが飛んできたはずでもある。
「……前提から整理しよう」
根本的な話をすると、今の時期に王都で問題が起きることは無い。
無いはずだった。
クレインが見てきた未来で、大きな事件が起きる時期は二つだ。
王国歴500年2月の王族暗殺事件と、それに絡む粛清。
王国歴503年の夏に行われた、ラグナ侯爵家の進撃に象徴される、二度目の粛清。
地方では不作が原因での小競り合いが相次いだが、その二つを除けば王都は平和なものだったはずだ。
「未来が変わった以上、ここから先の出来事――その知識がどこまで通用するか」
その意味では、情報は全て集め直しになる。
アテになるのは大まかな天候くらいだ。
本来の歴史だと、直近で重要人物が死亡する予定は無い。
だが。
死んでいるはずの人間が生きて、生きるはずの人間が死んでいる部分もある。
「例えば周辺での餓死者の少なさを見れば、生き残る民は増えている。スルーズ商会が健在なところを見れば、トレックも無事に生きていると言えるな」
本来の歴史ならもうスルーズ商会は謀略で消えているはずだが、今もアースガルド領で御用商の地位に収まっている。
王家との関係も良好らしく、没落する気配はない。
そして単純な生き死にで見ても。
特にアースガルド領北部では、死亡率が大幅に改善されている。
「反対に、小貴族たちは根絶やしにした。戦闘で亡くなった兵士たちと――東伯側も精鋭を大勢失ったことが、これからどう影響するか」
最悪の場合は核を失った東伯軍が異民族に敗北して、王国が攻め込まれる未来もあり得そうだが。
そこは身から出た錆と割り切って、全力で防衛してもらうしかない。
「というか、南伯とうちが接近したことからして本来と違う。版図も関係も、何もかも違うんだ」
日々に追われて、忘れていたことだが。
クレインは自分で設定した目標と、現在の状況はかけ離れていると気づく。
「当初の目的を思い出せば、兵を増やして北侯の進軍を防ぐことが目標だった。もっと言えば虐殺さえ防げれば良かったんだ」
勢力を拡大するうちに北から目を付けられて戦い。
南と縁を結んで東と戦うことになった。
西の王都を考えても本来とは違う。
第一王子と手を組み、王都から大量の人材を呼び寄せていた。
人材を呼ぶ前に初期目標を立てているので、根本から変わっている。
東西南北どこを見ても、目標を考えた初期からは乖離しているのだ。
旗印を失ったこともあり、目標の修正を迫られるのは確実だった。
「それでも最終目標は変わらない。アースガルド領を守り抜くことだ」
クレインが死なずに、領地が滅びず、民が殺されない。
その三本柱は変わらず、手段が変わるだけだと確認した。
そうすれば少しは整理がつく。
「敵と味方がはっきりしてきたな。南は味方、北と東は敵」
更に言えば貴族家以外にも、商会の敵味方が判別できている。
と言っても、主な敵はヘルメス商会だけだ。
「分からないのは西だな。……西候や西伯もそうだが、まずは王都だ」
王都の貴族たちはどう動くのか、国王は何を考えているか。
そして、王子たちは、何故殺されたのか。
「……情報が足りない。ここは、調べるしかない」
調べ方をどうするかが問題だった。
ここでクレインが直接動いても、第一王子勢力の残党として狩られる未来しか見えない。
かと言って、密偵の報告を待っている間に事態が動くかもしれない。
最も確実な情報源は南伯だが、これも遅い。
王都から十日をかけてヨトゥン家に情報が入り。
数日をかけて精査されてから、更に十日をかけてアースガルドに着くだろう。
「この情勢で一ヵ月は待っていられないな」
ならばここは、あり得ない一手を打つしかない。
クレインが呼び鈴を鳴らせば、廊下を警備していた衛兵がやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「マリウスとランドルフ、それからピーターを呼んでくれ」
「畏まりました」
兵士がそそくさと去っていくのを尻目に、クレインはクローゼットを開く。
「そうだ。俺だけ前提条件が違うんだからな。ここは持久戦でいこう」
そう呟きながら、彼は旅支度を始める。
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