「よし、全員揃ったか」
クレインは覚えている限りで同じ道程を歩み、会合に戻って来ることができた。
完璧に同じ行動が取れたとは言い難く、果たして裏切者が出てくるか不安なところではあったが。試しに一度ノーガードで出席したところ、きっちりと人生をやり直すことになったのだ。
「……このメンツが集まるのも久しぶりだな」
どうにか同じ状況を作り出せたと確認してからの、彼の動きは早かった。
裏切者の存在を確認したあと、連続して死ぬこと十回。
一つ一つ丁寧に選択肢を削っていき、彼は既に犯人と死因をほぼ突き止めている。
前回までに諸々の確認は終わっており、今回で事件解決をするつもりで臨んでいた。
「そうですなぁ。此度も儲け話を期待しておりますぞ」
「まあまあ、そう明け透けに言うものではございませんよ」
ただし今回の会合では特定の誰かを除いたりせず、フルメンバーで開催している。
だから周囲の会話は、一番初めと全く同じ流れになっていた。
「おっと、これは失敬。登り相場に心が躍っているようですな」
「はははは。御大もまだまだ現役ということか」
犯人捜しが終わったというのもそうだが、出席者を変えたところで意味など無かったのだ。
何故なら。
――この会合を十回繰り返す過程で、全員一度ずつ除いてみてもクレインは死んだ。
トレックから胃薬を貰ったあと、急病で会食を途中退席してみれば生き残れたし。その晩に胃薬を飲んでも死ななかったので、この席で一服盛られたのは間違いない。
まあ、死ななかったせいで自ら命を絶つハメになったので、彼はげんなりとしていたのだが。
少なくとも、ここで毒を盛られたという事実は確定した。
そして、それに毒を混ぜることができたのは二人だけであり、犯人の目星もついている。
彼は最適な経路で、一部の隙も無く。真犯人に引導を渡してやるつもりでここにやって来たのだ。
「話し合いはこの辺りでいいだろう」
「そうですな、昼食にしましょう」
出資比率などの話を軽く流して、問題の食事が始まり十数分が経過した頃。
そろそろメインの肉料理という辺りで、クレインは手を打つことにした。
「……この店はヘルメス商会が運営していたな。今日のメインは肉か? 魚か?」
「ヨトゥン伯爵領から仕入れた、最上ランクのヒレ肉をお出ししますぞ」
「そうか。そこまでいい肉なら、上等な赤ワインでいただきたいところだ」
クレインが何の気なしに言えば、ジャン・ヘルメスは顔を綻ばせてドミニク・サーガの方を向いた。
「ワインならばサーガ商会から提供されたものがございましたな。北部名産の品を持ってきたのだったか」
「ええ、一番いい物を仕入れましたとも」
二人とも笑顔だ。
今の時点では、特に怪しいところはない。
「ふむ。私はワインに目が無いんだが、何を持ってきてくれたんだ?」
「シャトー・ブルドーの二十年物です」
「へぇ……それは楽しみだ」
もちろん嘘である。
クレインは酒をそこまで好んでいないし、ワインの銘柄など全く知らない。出される品を確定させておくことだけに意味があるのだ。
王手をかけつつ、クレインは同行していた秘書官のブリュンヒルデへ目配せをした。
「そうだ。贈り物への返礼というわけではないが、諸君らにプレゼントがある」
「プレゼントですか?」
「恐れ多いことです」
何が出てくるのかと笑顔の商人たちの前に運ばれてきたのは、食器だった。
このアースガルド領で特産品になるであろう、銀食器だ。
「ほう……これはいいものですな」
「南伯と私は遠い親戚なのだが。そのツテで、細工の職人なんかを招かせてもらったんだ」
「なるほど、今後は領外に向けた特産品が一つ増えるというわけですな」
南伯に無理を言って一流の職人を招いたので、試作品とはいえかなりのクオリティだ。
買えばそれなりの値段がすることもあり、商人たちもいい笑顔である。
「ああ。諸君らへのお土産は包んであるが、少し趣向を変えたくてね。今日のメイン料理にはこの食器を使おう。盃も渡すから、改めて乾杯しようじゃないか」
「いいですね!」
「ほっほ、我らの未来に。というやつですな」
クレインはそう言うなり。さりげなく、全員の反応を観察した。
トレックは喜んでいるし。御大ことへルメス会長の顔色も普通。その他の面々も、商談成功な上にお土産まで付いてくると知って、ほぼ全員が笑顔だった。
ほとんどの人間は会食を楽しんでいるが。
しかし、最弱の商会――サーガ商会の会長は少し、頬の肉を痙攣させた。
クレインはこの戦法を繰り返して、食前酒、前菜などには毒が含まれていないことを確認済みだった。
それどころか。早い段階で仕掛けると、メインの肉に合わせるワインの銘柄が変わっていたのも確認済みだ。
彼はもう、何に毒が入っているのか知っている。
これらは全て茶番である。
「シャトー・ブルドーの二十年物に、最上ランクの肉。門出を祝うにはいい品だ」
「ええ、まさに」
料理に自信があるのだろうヘルメスは笑顔で答えて、食器を裏方へ運ばせていくが。
このやり取りを聞いたサーガはヘルメスの方を向いて、少し驚いた顔をしていた。
「楽しみだ。……さあ、サーガ会長。ワインを出してくれ」
「え、あの。ワインですが。その……」
ドミニク・サーガ。十中八九、コイツが黒だ。
そう判断したクレインは、圧力を強めて仕留めにかかる。
「どうした? もう料理を運んできているのだから、早く。ああ、折角だから君に注いでもらおうか」
言い淀むドミニクを追い詰めながら、クレインは銀の盃を突き出す。
きちんと用意されたソムリエのことなど無視して、ドミニクに盃を突き付ける。
犯人を暴く上で重要になる物。この銀食器こそが、クレインが用意した策だ。
ブリュンヒルデから怪しまれてまで用意したのだから、これで決着をつけてやる。と、彼は燃えていたらしい。
「で、では、その、注がせていただきます」
ドミニクが震える手でクレインの盃にワインを注ぎ込み。
クレインはゆっくりと、かなりの時間をかけてテイスティングをしていく。
丹念に、じっくりとワインをグルグル回し。
周囲が「そこまでやる必要があるのか?」と戸惑うほど長く、香りを楽しんでいる。
「ああ。いい香りのワインだな。樽も上等なようだ――が。何だ、これは?」
時間が経つと、盃は徐々に黒く変色していき。
やがてまだら模様の、毒々しい色に変わった。
「う……あの、ふ、不良品、だったかもしれません」
「私は不勉強な人間だ。寡聞にして知らないのだが。出来の悪いワインだと、こうなることもあるのかな?」
「は、はは……。そのよう、ですね。管理が甘かったのかもしれません」
ワインの保管に失敗してワインビネガーになったとして、それはただの酢だ。
当然銀食器が黒く変色することなどあり得ないし。むしろ酢なら、銀の汚れ落としに使えるくらいだ。
それはクレインも知っている。
だが、彼は完全にすっとぼけながら、変色した盃を商会長たちに見せていった。
「サーガ! 貴様!」
「クレイン様に毒を盛ろうとしたのか!?」
そう。銀というのは毒物に反応して、変色する性質を持つ。
もちろんそれが効かない種類も多いのだが、大抵のものはこれで防げるのだ。
そして今回使われたのも、ごく一般的な毒だ。銀に反応して、新品の盃はすっかり黒ずんでいる。
「こ、これは何かの間違いです! 信じてくださいクレイン様! ヘルメス会長!」
この場で最も影響力を持つ二人に、必死の命乞いをしたドミニクだが。
クレインはもちろん許さないし、御大ことジャン・ヘルメスも能面のような無表情をしていた。
「……商人にとって一番大事なものは、信用だと言うな」
「そうですな、クレイン様」
その返答に末路を悟ったドミニクは、頭を抱えて金切り声を上げる。
頭を振りかざして、目を大きく見開きながら叫んだ。
「うわぁぁあああああ――! あっ」
だが、喚き散らしていた男は一瞬にして静かになり、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
そして、彼が倒れた場所を中心に。彼の首筋から流れ出した血が、床に水たまりを作っていく。
「ふふ、上手に逝けましたね」
――クレインの横に立って微笑む女性は慈愛に満ちた表情で、倒れたサーガを見下ろしていた。
ブリュンヒルデは「苦しみから解放してあげた」とでも言わんばかりの優しい瞳をしており。
わずかに濡れた剣先を、ハンカチで拭き取りながら微笑んでいる。
「クレイン様。ご無事でしょうか?」
「あ、ああ。だが、捕らえて背後関係を洗いたかったのだが」
錯乱しかけた暗殺者よりも、むしろ自分の秘書官の方が恐ろしくなったクレインではあるものの。
「狂乱に陥った人間は、どう出るか分かりません。クレイン様の安全が第一です」
そう言ってにっこりと微笑む女性を前に、彼はもう何も言えなかった。
今は味方で部下のはずなのだが、やはり恐怖が勝つらしい。
「ま、まあ、なんだ。裏切り者は見つかった。お騒がせして済まないな、諸君」
「いえ、クレイン様が謝罪をされるようなことは、何も……」
「そうです。ひ、被害者なのですから」
この場にいるのは一流の商人たちであり、それなりの修羅場を潜っている。
一連の流れで、非は完全に床へ転がっている男にあることを確認したし。そもそもクレインとしても、この場で殺すのは想定外という発言があった。
気を取り直した一同だが、流石に殺人現場で会食を続けることはできず。
微妙な空気のまま解散することになる。
しかし当然クレインは、腹痛を訴えることもなく、毒で死ぬこともなく。
元気なままで夜を迎えることができた。
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