「よし、素直に吐いたようだな」
尋問を終えたクレインは執務室へと戻り、衛兵が書いた調書に目を通していた。
恐怖の為か字が震えているそれを読み、内容を精査していく。
「主犯はやはりヘルメス。で、サーガ商会はヘルメス商会に潰されかけていて、仲良くやっていくためにお願いを聞いてほしいと言われた……ねえ?」
言い方はマイルドだが、やり方はえげつない。
クレインの拷問がどう、とかではなく、ヘルメス商会のやり方がえげつないという話だ。
「金にモノを言わせて取引先を全部奪おうとしていたのか……なんて言うんだっけ。ダンピングってやつに近いのかな」
小麦でも布でも工業品でも何でも。サーガ商会の三割増しの値段で買い取ると言われたら、それは皆そちらに流れるだろう。
名指しで完全に潰しにかかっており、もう他店対抗セールというレベルではない。
販売の方もサーガ商会の二割引きほどで、このセールがもう半年も続いているというのだから大した体力だ。
とばっちりを受けた近隣の商家も、根こそぎに近い形で死滅しているらしかった。
「そんで謎の山賊が続々と現れた上に、衛兵も騎士団も動いてくれない。しかも関所の通行料が二倍? はは……ひどいな、これは」
権力者にも手を回したようで。クレインの領地から東伯の治める地域へ向かう途中の関所では、何故かサーガ商会だけが、相場の二倍ほどの通行料を求められていた。
「仮に、商品を割安で卸すからサーガ商会を排除してくれと言われたら……まあ、俺でもそうするよ。大して恩もないんだから」
王都ナンバーワンの商会へ逆らうのはリスクが大きすぎるし、サーガ商会を助けたところで見返りなどゼロに等しい。
こんなもの、一択問題だ。
領主が善人か悪人かに関わらず、メリットの問題で切り捨てるだろう。
「御用商がこんな状態にあることを東伯が知っているとしたら、もう話が通っているのか? 見捨てられたにせよ、既に御用の立場を乗っ取られたにせよ、同情はできるな」
サーガにはもう、ヘルメスの話に乗る以外の選択肢が無かったのだろう。
暗殺に成功すれば北候とも関係を結ばせてやる。
東から北、将来的には西側までの一帯で輸送を手伝え。
という計画があったそうだ。
事実。暗殺計画の提案を受け入れた瞬間から、通行料の値上げは止まったらしい。
しかしこれはアメとムチの提案かと思いきや、よく見ればムチとムチの提案だ。
「子爵の暗殺までやらされて、見返りがヘルメスの手先……というか下請けになることか。メリットは無いし、ただデメリットを消したかったんだな、うん」
傘下に入るような形になるので、下請けというよりは隷属だろうか。
未来でラグナ家がやっていたという手口そのままであり。
被害に遭ったことのあるクレインからすれば、ドミニク・サーガの境遇に謎の親近感を覚え始めていた。
「うーん。どちらかと言えば被害者だから、どうにか助けてはやりたいが……助ける手段が無い。ここは、財産没収以外の手は無いだろうな」
仮に半年前から、サーガ商会への本格的な嫌がらせが始まったとして。
四月に戻った時点のクレインには何の力も無いのだから、助けることは物理的に不可能だ。
何となく後味が悪いものを感じながらも、クレインは現実的な未来を見ていく。
「サーガ商会がいくら弱っているとは言え、王国東部では老舗だ」
財産もかなりのものがあるだろうし、それはクレインも欲しい。
何より計画失敗で完全に潰れるであろうサーガ商会を、トレック率いるスルーズ商会に吸収させることができれば最高だ。
もっと大きく力を付けることができる――はずだった。
「とまあトレックのところに勢力拡大をさせようという計画もあったわけだが。修正を余儀なくされたな、これは」
東伯の影響下でまでヘルメス商会が好き勝手にやっているのであれば、サーガ商会がスルーズ商会に変わったところで同じように潰されるだろう。
大して旨味が無い以上、ヘルメスに恩を売る形でクギを刺しておくのが最適か。
と、思いながら、クレインは調書を机の上に投げ捨てた。
「で、分かったのは。ラグナとタッグを組んでいるであろうヘルメス商会が、思ったよりも遥かに厄介だってことだ」
サーガ商会に対する状況の把握が終われば、次はもう少し広い視野での話になる。
クレインが勢力図を考えたとき――想定よりも状況が悪いと痛感した。
まず、領地的には王国の北西から北東までの大部分を支配しているラグナ侯爵家。
彼らは名門だけあって、資金力、軍事力、生産力などが凄まじい。
そしてヘルメス商会。
ラグナ家の支配地域で好き勝手にできるということは、王国の北西から東北までは彼らの庭であるということだ。
そして東部でも、老舗の御用商を気分次第で滅ぼせるくらいの影響力を持っている。
「南伯のところから最上級の肉を入手できるとも言っていたな。……どこまで手が伸びているのか」
一見さんでは、特別な価値のある特産品は譲ってもらえないだろう。
継続して商売をしている、お得意さんくらいの地位は獲得していると見ていい。
転生する度に、南伯との間にビジネス的なつながりを構築してきたものの。
南方面への影響力ですら、クレインよりヘルメス商会の方が強そうだと溜息を吐く。
「北、東はダメ。南も怪しい。西はどうだか分からんが……ラグナに食い込まれている上に、味方だったとして遠すぎる」
例えば西候や西伯が王子側についたとしてだ。
王都を挟んだ反対側にいるクレインのところまで援軍を出したら、到着までにどれくらいの時間がかかるだろうか。
それ以前に、すぐ近くにいるラグナ侯爵家の方との決戦に忙しく。軍隊を派遣する余裕などないのではなかろうか。
そんな試算を終わらせていき、クレインは唸る。
「ぬぅ……これは、厳しいな」
アースガルド領は王都から見れば、東部への玄関口だ。
南部と東部の境目くらいに位置しており。中央から東へ向かおうとすれば、アースガルド領を通行するのが最短距離になる。
仮にヘルメス商会の暗躍を足掛かりにして、ラグナ家が東へ手を伸ばしていくなら。いつかは必ずぶつかることになる。
「南側の大森林には道なんて無いし、北側にも山道が続いている。軍隊が通行できるのは王都側、東伯側、南伯側の三方向だ」
クレインが援軍を呼ぶとしても、候補はこの三方向を抜けた先からになる。
いや、候補はもう一つあるのだが、選択肢からは真っ先に切られていた。
「北の小貴族たちの方から続く道も、一応、あると言えばあるが……あそこは血で血を洗う修羅の土地だからな」
北への道はあまり整備されてもいないし。そもそもどこかと関係を結べば別な勢力から横槍が入るだろうことは想像に難くないので、援軍を頼む上での選択肢には上がらなかった。
しかも、呼べたとして千や二千がいいところであり、根本的な解決にはならない。
「で、南伯とこれ以上仲良くなれば、お嬢様とのお見合いという即死カードが飛んでくる」
本来は一年以上先の話だが、アースガルド領の隆盛ぶりを見て早めに打診が来るかもしれないのだ。
メリットとデメリットを考えれば、あまり深入りはしたくないところだった。
「……今のところは因縁がないし。対ラグナだけを見るなら東伯を味方に付けるべきかとも思ったんだが……」
再び今回の事件を思い出せば、それも難しい。
東伯はヘルメス商会とズブズブになりつつあり、ヘルメス商会はラグナ家とも懇意とすれば。
間接的に両者がつながるため、大雑把なグループ分けをすると敵方になる。
「……ヘルメス商会が邪魔過ぎるんだよなぁ」
現時点で敵味方を分けるなら。
敵は北候。潜在的な敵として東伯。
それ以外は立場が分からず、少なくとも明確な味方はいない。という絶望的な状況だった。
「これ、ラグナ家の王国制覇に乗った方が早いんじゃ……?」
毒殺回避には成功したし、各勢力の裏事情もおおよそ把握ができた。
が、調べれば調べるほど、知りたくない情報が出てきたのである。
「何も知らない方が幸せだってことも、あるよな」
真相に近づくにつれて、厄介なものがどんどん見えてきたのだ。
深淵を覗いてしまったクレインは、一人頭を悩ませていた。
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