「うーん。取り敢えずは、そうだな……身に覚えがないことを王宮に訴えよう」
彼が言う通り。アースガルド家から侯爵家に対して実際には何もしていないのだ。
法務官が買収でもされていない限り、勝ちは確実と言える。
「そうだ。まずは無実を証明する時間を稼いで、その間に裁判をしよう」
味方が争っても良いことなど何一つないのだ。
王宮から怒られたら、流石に兵は出さないだろう。
それは極めて常識的な判断だった。
「あの、クレイン様」
普通でまともなやり方を選んだクレインだが。
一方で執事長の顔は、青ざめている。
「心配するな。正義はこちらにあるのだから、法廷で勝訴をもぎ取ってきてやろう」
「違います、何と申し上げればいいか……」
クレインもそれなりに由緒ある家の御曹司だ。
それなりに高水準の教育を受けている。
法律知識を総動員し、王宮に訴えるための算段を考え始めた領主の横で――
執事長は、西にある山の方を指して言う。
「あれは、軍勢では?」
「は?」
一拍遅れてクレインが振り向けば、山の向こうからぞろぞろと大軍が行進してきており。
それが一直線に、街へ向かってきているのが見える。
そして、クレインたちが敵軍を視認するのとほぼ同時。
「クレイン様ぁぁああ! 大変です!」
衛兵隊長のハンスが屋敷の庭へ転がり込むように乱入し。
クレインの前へ平伏してからすぐに、悲しいお知らせを叫ぶ。
「敵軍が攻めて来ました! 既に開戦の狼煙が上がり――敵の数は三万ほどです!」
「はぁ!? さ、三万!?」
ケチな小競り合いをするつもりなど一切なし。
一族郎党まとめて滅ぼしてやろう。
という意図が透けて見えるほどの数である。
どう考えても、こんなしがない子爵家に対して投入する兵力ではない。
クレインの領地で兵を集めたとして、集まるのは三千がいいところなのだから。
「しかも奇襲戦争かよ!」
「……残念ながら」
通常であれば事前に話し合いが行われて。
戦場をどこにするか。
何日に開戦するか。
どこで手打ちにするか。
と、ある程度の台本を用意するのだ。
味方が本気で殺し合えばシャレにならないので、ほとんどは小競り合いで終わるし。
民間人を逃がす時間だってもらえるはずなのだが。
宣戦布告の手紙を受け取ってから、まだ十分も経っていない。
順当に考えれば「使者の到着が遅れた」と見るべきだが、ここまで準備万端ならば意図的だろうか。
クレインはぼんやりと、そんなことを考えていたが。
敵はもう動き出している。
「防戦は無理です! すぐにお逃げください!」
「使者は――送ったところで無駄だろうな。……ここは逃げるしかないか」
もう軍事行動を起こしているのだから、今さら平和的な話合いなど無理だ。
そう判断したクレインは、馬を繋いである厩舎へ向けて走り出した。
「冗談じゃないぞ、くそっ!」
ラグナ侯爵家は戦争の決まり事を無視しており、違法な戦争を仕掛けている。
大した理由も無く味方に軍を送るなど、場合によってはお家取り潰しになるレベルの大罪なのだが。
しかし。被害者が全員亡くなっていれば、深く追及はされないだろう。
『開戦の通知は送ったのに、相手が防衛の準備をしていなかったんです。だから勢い余ってから滅ぼしてしまいました』
そんな弁明をしたとして。
反論する相手が墓の下なら、王宮に罰金を払って終わりになるはずだ。
――死人に口なし。
その状況を作るため。
少なくともこの街の人間は、一人残らず抹殺されるだろう。
クレインにも、そんな展開は予想がついたのだが。
「そんなの……アリかよ」
呆然とする彼らの前に、雪崩のように押し寄せて来る敵軍。
それは平和な街を蹂躙して、あっという間に全てを呑み込んでいった。
王国歴503年3月30日。
この日アースガルド領は、ルール無用の奇襲戦争によって滅びた。
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絶望の幕開けではありますが。
各話の下に☆が付いていますので。
その話の出来を都度、評価していただければ幸いです。
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