「ここまでで一ヵ月ですか。こんな長旅は初めてですよ」
旅を始めてからいくらかが経った頃。
彼らはそろそろ、北候の領地が近くなってきたという位置に来ていた。
「マリーも領地の外に出るのは久しぶりだろ? お小遣いを渡すから、ここでは楽しんでくるといい」
「やった! じゃあ遠慮なく!」
そろそろ異文化が目立つようになってきた頃だ。
真新しいものも増えてきており。店先の小物を見るマリーがソワソワしていた頃でもある。
旅に付き合わせるボーナス代わりとして、銀貨の入った袋を渡せば。
彼女は満面の笑みを浮かべて、周囲に花の背景でも見えるほどご機嫌になった。
「そこまで喜んでもらえると、渡す甲斐もあるな」
「えへへ。私の笑顔で癒されるなら、もっとお給金を弾んでくれてもいいんですよ? それなら私はいつでもニコニコです」
そんな軽口を叩きつつ、クレインは一人旅を楽しみたいと言い残して街へ出た。
トムは荷馬車を宿に止めており、用意が終われば軽く商売をするそうだ。
マリーは買い物を楽しむだろう。
普通の貴族は従者に自由行動などさせないとして。
クレインはその辺りが適当だった。
さて、単独行動を選んだ彼は大きめの革袋を持ち。
結構な重さのあるゴツゴツした中身を背負いながら、見知らぬ街を散策し始める。
時刻は夕暮れ。
目当ての人物を探しながらフラフラし続け。
そうして歩くこと数十分。
二件目の酒場に入るや否や、目当ての人物が見つかった。
「俺の腕を見れば、雇いたいと思う貴族の三人や四人。どこかにいるはずだ!」
割れない程度に力強く、ジョッキをテーブルに叩きつける大男の姿が。
彼は目立つので、酒場を見て回ればすぐに姿を見つけられたらしい。
「バカ言ってんじゃねぇよ」
「腕っぷしがあっても、バカを雇うお貴族様はいねぇやな」
酒場のテーブル。その一角では大男が酒を煽り、現状を嘆いていた。
周囲の仲間は茶化しているが、彼は本気だ。
「敵の五十や百なら蹴散らしてやるのに……どこも門前払いとは」
「いい加減諦めたらどうだ?」
「そうだよ。お前なら工事現場で大活躍なんだし、監督を目指した方が割りがいいんじゃねぇかな。……現実的に考えて」
仕官先を求めていくつかの小領主の元へ押しかけてみても。
話を聞いてくれる人物すら稀だったらしい。
どこからも相手にしてもらえていないランドルフは、酒場で燻っていた。
「だが、男として生まれたからには。この力を生かしたい」
「武将に憧れるのは構わねぇけど、奥さんどうすんだよ」
「うっ」
彼は工事作業で大活躍し、三人前の給料をもらっている。
その金で武具や身なりを少し整えて、旅費の足しにして。
数年に渡り就職活動を続けてみたものの、全て空振りしていた。
「……分かっている。そろそろ潮時ということは」
その金があれば妻に薬を買ってやれたかもしれないと思い。
後ろめたいところがあったのか、彼は言葉に詰まる。
「まあ頑張れや。次は大物狙いで行くんだったか」
「ああ、北候か北伯に談判しに行く。それでダメなら、もう諦めようか」
そんな話をしている彼らに近づき。
クレインは場にそぐわない、明るめの笑顔で声をかけた。
「面白そうな話をしているね」
「なんだ、坊主?」
「その歳で酒場になんて来るもんじゃないぞ」
強面で暑苦しい者ばかりだが、友人たちも悪人ではない。
まだ酒が飲めるようになったばかりにしか見えないクレインを見て、家に帰そうとしたのだが。
「ここに、見本品で仕入れた木材が何枚かある」
「え? あ、おう」
「そこそこ頑丈で、建築資材に使われるそうなんだけど」
彼らに構わず、クレインは背負っていた袋から木の板を数枚取り出した。
厚さは一枚1センチほど。
それを四枚重ねて、ランドルフの前に差し出す。
「力自慢と言うなら、これを叩き割ってみてもらえないかな?」
「は? な、何故」
「大男が殴って割れないなら、強度はお墨付きだと思って」
なるほど。彼らも現場仕事で見る種類の木材だが、これはそれなりに頑丈だ。
しかし突然の提案である。
意味が分からず、ランドルフは唖然としていたのだが。
「割れなくても特にペナルティはなし。割れたら景品を出すよ。酒の余興にどうかな」
木の板を破壊するだけで景品が出る。
チャレンジにかかる時間は数秒。
品物にもよるが、別に悪い話ではないだろう。
しかしヤケ酒中のランドルフには、その提案に乗る気が起きなかったらしい。
「少年。遊びなら他でやってくれ」
「どうしようかな。例えば、こんなものを出してもいいんだけど」
「こんなもの? ……むっ、おい、それは!」
クレインが追加で袋から出したのは、瓶詰めされた薬だった。
ランドルフがいつか、仕官が成功したら妻に買おうと思っていたものの一つ。
薬効が広く、数種の病に効果があるとされているものだ。
「結構高値だったけど、まあ、これくらい真剣な遊びの方が面白いかなって」
そこそこいい身なりをした少年。
遊びで高価な薬を出す。
なるほど、彼は恐らく大商人のボンボンだろう。
そう判断した彼らは。上流階級の人間から遊ばれているのかと、少しむっとしたが。
「それを割ればいいんだな。……四枚か、枚数はそれで全部か?」
勝負の景品がそうと知り、ランドルフは目の色が変わった。
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