「先生。次の試験ですが」
「ああ……うん。もう受けるまでもないと思うけど、ね」
クレインは到着して早々から全力だった。
侯爵家志望の文官が受ける最高レベルのテストを要求して、複数科目の全てで満点に近い成績を取っている。
私塾へは、仕官のために通う者がほとんどだ。
その試験で高得点を取ることは、イコールで仕官。
そして卒業ということになる。
「仕官の話はしてあげるから、なんなら今すぐ卒業でも構わないくらいだよ」
一度受けたことがあるテストなのだからクレインに死角は無く、望めばすぐにでもラグナ侯爵家の官僚となれるくらいの成績だ。
つまり結果として、彼は名門の私塾を一ヵ月で卒業可能という冗談のような状況に置かれている。
「……なるほど。本当に、今すぐでもいいんですか?」
「ああ。剣の稽古を中断して、一筆書いてきてもいい」
そして、いつでも許可を出せると言質を取った。
ならばそろそろ動く時期だ。
信頼関係はできる限り構築しておきたかったクレインだが、この街にいるのは最長でも、二か月と決めていたのだ。
ここで今までの道のりを振り返ったとき、初期の動きはどうだったか。
初夏までに採掘の準備を終わらせて、銀鉱山を稼働させ。
夏には商会長たちとの会合を行い、鉱山の拡張を行う。
そんな流れになっていた。
今は子爵家の力だけで拡大政策を取り、そこから一ヵ月が経過し、鉱山開発の予算は全て子爵家の財産から出して発展させている。
秋には資金が底を尽きるペースで、金庫を全開放しているのだ。
ヨトゥン伯爵領で栽培した食料を、売却できる時期には間に合わない。
その前に資金が空になり、不渡りが出る。
そんなわけで今では、クラウスたちが胃薬とお友達だ。
だからこそ、期限は最長で二か月。
商会を呼び込むのがそれより先になれば、財政破綻の方が先に来る。
しかしこれより早くて、悪いことは無い。
だから今、ここで勝負を決めようと思い。
クレインは居住まいを正してビクトールに向かい合う。
「では先生、卒業の手続きをお願いするとして。もう一つ折り入ってご相談が」
「相談?」
ビクトールは会話の流れが摑めずに不思議そうな顔をしていたが。
クレインは彼に向けて、切実な願いを言う。
「文官をありったけ紹介してください」
「ありったけ……か。それは何人くらいを想定して?」
「最低でも十名くらいです」
十名と言われただけで多少驚いたビクトールだが、クレインは続いてダメ押しをしていく。
「ですが上限は設けません。先生のツテで紹介できる方を、全員。全部お願いします」
「おっ?」
高度な教育を受けた内政官候補を、そこまでの人数集めることは不可能だ。
普通であれば、人材の確保は難しい。
しかしビクトールの協力があれば話は変わる。
「侯爵家に仕官したくて浪人している人でも、どこか適当な貴族家に仕えようとしている人でも。文官の能力があればどんな人でも構いませんので」
今回の人生で前回と違うところがあるとすれば、クレインは最初から身分を隠さずに入門して。
アースガルド子爵として彼と接していた点だ。
だから、領地経営に必要な人材を紹介してほしいと言われていること。
それはビクトールにも分かる。
「クレイン君の家で雇うのかい?」
「はい。実は銀鉱床が見つかったので、事業の拡大をしようかと」
零細領地にそんなお宝が発見されれば、急速に発展するだろう。
労働者や商人の出入りは間違いなく活発になるし、街づくりの必要もある。
中々得られない、管理側の人間を紹介してもらいたいのは当然か。
ビクトールもそう思ったが、まずはクレインを窘めていく。
「そうか。まあ、そういう話はあまり口外しない方がいいよ。怪しい詐欺師とか、見たことがない親戚とかが大量に出てくるから」
「分かりました、気を付けます」
ビクトールはクレインの入門時に、子爵家の情報を軽く調べている。
クレインの家が安定経営と言える状況だとは知っていた。
「どれくらいが適切かは悩みどころだが……二十人は多過ぎるとしても、十名くらいになら渡りを付けてもいいかな」
そう判断して、ビクトールは順番に卒業生の顔を思い浮かべていった。
「誰がいいか……」
住み慣れた地域から離れた、地方領主の子爵家へ仕官するという条件。
それを当てはめれば、中々難しそうかと渋い顔をする。
「エメット君にチャールズ君だろ? オズマ君に……うーん。適当に人選しても、扱い切れるかは微妙な子ばかりだな。やはり五、六人がいいところかもしれない」
子爵家に仕えることを承諾しそうで、かつ有能な者は数が少ない。
能力が高くても、伯爵家の三男など。
ビクトールからすれば、クレインの身分では扱いにくい者が多いように思えた。
その意見にはクレインも頷く。
「ええ、俺の力ではそうだと思います。なので彼らに言うことを聞かせられる人間。まとめ役も一緒に雇いたいんです」
クレインもそんなことは知っていたので。
人材の取りまとめをする人間もセットで募集するつもりだった。
「……まとめ役、ね」
だが、話を聞いたビクトールが考えてみても、そんな人間はすぐ思いつかない。
彼はお手上げのポーズを取り。
おどけながら、紹介が難しいことを告げようとした。
「そこまで都合のいい人材はいないかな――」
「いるじゃないですか」
名家のご令息たちが一目置き。
尊敬し。
ゆったりとした、謎のカリスマ性を持った男。
多少の問題児を雇っても。
問題なくコントロールすることができる、先生が一人。
「伯爵家の当主が。うちの息子に勉強を教えてくれと、頼みこむくらいの逸材が」
「あー、はは。そういうことか」
私塾の卒業生であれば、ビクトールに頭が上がるわけがない。
だから、卒業生二十名だろうが三十名だろうが。
相手の身分が多少高かろうが何だろうが、彼さえいればどうとでもなる。
つまりビクトールという指揮官ごと、まとめて採用するために北へ赴いたのだ。
過去のアースガルド領では文官不足で内政が機能不全に陥ることもあったので、北候の領地で燻っている、それなりに有能な人材たちを、まとめて引き抜く気でクレインは来た。
しかし前世のように長い親交があるわけではなく、出会って一ヵ月ほどだ。
まだ信頼関係を作り終わったとは言えない時期で、ビクトールがどう返事をするかによっては今後の方向性が変わる。
だからクレインは、久しぶりに緊張しながら言葉を待った。
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