「クレイン様、こいつは酷いですね」
ほどなくして、王宮から正式に領地加増の知らせが来た。
これによりアースガルド領は、更に勢力を拡大したことになる。
事件から一か月ほどが経ち、領地の接収も大半が終わった頃。
新たに加わった地域の情報を持ってきたトレックは――難しい顔をしていた。
「やはり食料が足りていないか?」
「彼らは冷害へ無策のようでしたから、あちこち物乞いだらけですよ」
食料を買い上げてアースガルド領に配っていたのが、今度は貧民に食料を配ることになってしまったのだ。
農村はまだやっていけていたそうだが、都市部は酷いことになっているらしい。
ただでさえアースガルド領では食料の問題があったのに、ここに来て更なる大問題が――色々と起きていた。
「何とか用意できないか?」
「ううむ……これ以上は南伯のところからも難しいというか。根本的に解決しないといけないのでは?」
新しい領地を加えると、アースガルド領の広さは大体二倍に跳ね上がった。
ただし大半が湿地帯で、開墾には不向き。
そんな難しい地域の開発に責任を持つからこそ、小貴族たちが貴族になれたのだ。
そして領地の人口を合算すれば、八家合わせて二万四千ほどだ。
単純に考えれば、男の数は一万二千人になる。
その中で更に分けると、戦争に出かけられるような男性は一万ほどになり。
「全力で総出撃してきたんだから……大損害だな」
「はは……まあ、仕方ないとは思いますが」
武勇に任せて徹底的にぶっ叩いたので、目も当てられない被害が起きていた。
結果としては自分の兵に、自分のものになる領地を攻撃させたようなものだ。
敵方の戦死者は約千五百名。
怪我人は二千名で、そのうち五百名は働けないレベルの後遺症が残るらしい。
つまり新たな領地は、男性の二割近くを失ってから統治がスタートする。
それだけ殺してしまったのだから、民からクレインへの印象は最悪である。
しかも働き盛りの男の半分は戦争に参加していたので、当然その間の経済活動は、ほぼストップしている。
手酷い敗戦をしたこともあり、新領地は物凄い不景気になっていた。
「こうなると知っていれば、もっと敵の指揮官だけを狙い撃つように言ったんだが。まあ過ぎたことを言っても仕方がないから、今後の参考にしよう」
「今後も同じことが起きるとは、考えたくありませんけどね」
クレインの言う今後とは。
次回の人生ではその辺を考慮しようという意味であり。
トレックの言う今後とは。
これからも難癖をつけられて戦争になるという意味だ。
両者の認識は微妙に異なっているのだが、何はともあれ再建を急ぐ必要があった。
「せめて自給自足はできてもらわないと困るからな。新しい領地では農業を推奨していくとして……トレックならどういう政策を打つ?」
「民の心を掴むためにも、減税ですかね。私ならそれが一番嬉しいです」
民が貧困で苦しんでいた割りに、各家が集めていた財産はそれなりにあった。
接収はまだ終わっていないが、三年ほど無税にしてもお釣りが来るレベルの収支にはなるだろう。
それは試算するまでもなく、現実的に可能な政策だった。
「そうだな……クラウスと役人たちに減税案をまとめさせるか」
恨みを薄めるためにも減税は必要だ。
この点ではクレインにも異議はなかった。
「しかしどうするか。小貴族領地の北端は、北侯の勢力圏に食い込んできそうだ」
「上手く付き合うしかありませんよ。次は北候と戦争とか言い出さないでくださいね」
「好きでやってるわけじゃないんだが……」
北に進んだ分ラグナ侯爵家の勢力とも近づいてきたので、これでアースガルド領は東伯と南伯の他に、本格的な北候対策が必要になってきた。
迂闊に触ると爆発する危険があるので、ここは慎重に行こうと思うクレインだが。
「何にせよ視察だ。一度、領地の状況は見てみないと」
「それがいいと思いますよ。水利権とかで揉めたら大変ですし」
「……だな」
何はともあれ新領地の様子を見に行くことを決めて、話し合いはお開きになった。
◇
「叔父さんの仇!」
「従兄弟の恨みだ!」
視察に出掛ければ、今度は組織だった野盗。
というか小貴族の親戚たちから攻撃を受けることになった。
毎日のように散発的な攻撃が繰り返されているのだが、新生されたクレインの護衛たちは嬉々として迎撃を繰り返している。
「ナメてんじゃねぇぞザコが! 子爵には指一本触れさせねぇぞコラ!」
ソフトモヒカンという特徴的な髪形をした、目つきと態度の悪いチンピラ風の男。
彼が敵の真ん中に特攻して戦斧を振り回せば、粗末な盾ごと敵を粉砕されていき。
「隙だらけなのですが、攻撃しても良いのですかな?」
「なんだと! 当家に代々伝わる伝統的な剣――がっは!?」
「ご無礼」
老人のような口調の、線が細い糸目の護衛。
紳士風の男が剣を躍らせて、襲ってくる敵をカウンターの抜刀術で一刀両断していく。
周囲の護衛たちは、文字通り百人力くらいの力があるのだ。
戦闘力の差は歴然であり。
襲撃が五回目になっても、未だに怪我人一人出ていなかった。
「護衛たちが頼もしすぎるな」
「ええ、彼らは一流ですよ。閣下」
前者は過去の武闘トーナメントで準優勝をしていた男で、名前はグレアムと言う。
ランドルフよりも少し体格が劣るが、戦闘力では遜色ない。
先の戦いでは最前線で戦い、最も目立っていた男の一人でもある。
後者は新しく仕えてきた名門道場の師範。
別名は首狩りのピーターだ。
先の戦いでは指揮官を狙い撃ち、二つ名が付くほどの首級を挙げてきた猛者であり。
護衛へ配置換えされたばかりの初仕事がこれだった。
ちなみにランドルフの二つ名は自称だったのだが、先日の戦いで名が売れたようだ。
これで名実共に「剛槍のランドルフ」だと喜んでいたのだが、それはさておき。
「この痴れ犬どもぐぁぁあああッ!! クレイン様に手出しはさせんぞぉぉおおおあああああッッ!!」
「うぎゃあ!?」
「ぐえっ!?」
ランドルフはもちろん大暴れしており、朱槍を一度振るうごとに四、五人がまとめて吹き飛んでいく。
槍で殴られただけで鎧が凹み、口から泡を吹いて倒れる者が続出したのだから――大して数のいない残党が全滅するのに、時間はかからなかった。
「しかし予想を遥かに超えて面倒くさいな、これ」
「内情は酷いものですね」
後方でハンスとブリュンヒルデに守られたクレインは、戦いを見ながら呆れる。
内輪だけで色々と回してきた小貴族領地は、地主や地元の商会などに貴族の親戚が大勢いたのだ。
プチ有力者たちは利権を守ろうとして。
国が下した命令にも従わずに、次々と襲ってくる有様だった。
「仮に俺を殺したとして裁定が覆るわけでもないし、利益があるわけでもないだろうに」
「彼らはここしか知らないので、それが分からないのですよ」
小貴族が国王、彼らは貴族のような認識で生きてきたのだろうか。
一介の平民や貴族の庶子にしては、プライドが高そうな人物が多そうだ。
というのがクレインの印象だった。
「まあ、いい。俺の統治で飢えることが無くなれば、こういった輩に手を貸す奴らも減るだろうしな」
「ええ、閣下。――失礼」
「えっ?」
突然ブリュンヒルデが剣を振りぬき、クレインへ向けたのだが。
刹那、キィンという甲高い音が響く。
「狙撃主がいるようですね。片付けてきます」
「あ、ああ。助かる」
彼女は飛んできた矢を空中で払うと、そのまま納刀して茂みの方へ駆けていった。
ハンスとクレインは反応できなかったのだが、彼女は本職だけあって暗殺者の気配に気づいたようだ。
「終わりました」
茂みの中から何度か短い悲鳴が上がったかと思えば、ブリュンヒルデは返り血一つも無い状態で帰ってきた。
殺人の直後だと言うのに相変わらず優しい微笑みを浮かべている。
クレインの脳裏には過去に暗殺された記憶が蘇る――が、頭を振ってそのイメージを振り払い。
小声で自分を落ち着かせていく。
「だ、大丈夫だ、俺。あれは味方なんだから」
それに今は、ランドルフやグレアム、ピーターもいるのだ。
無暗に殺されることは無いだろうと思い直し。
再び前を向いて思う。
治安を悪化させる残党を片付ける過程で、状況は思ったよりも悪いと確認した。
それでも、民の数だけは大幅に増えたのだ。
「そうだよ、結果として人口は増えたんだし……順調、順調」
色々ありはしたが。
クレインはいつも通り、この状況を前向きに考えることにしたらしい。
――――――――――――――――――――――
人口38000→60000
兵数5000→7000
激突で兵が減ったので、兵数はそれほど増えません。
増えた民も難民だらけです。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!